第105話 リゼが量ると一番重い
測定石は、袋を台へ載せ、手のひらから少量の魔力を入れて使う。
石は台の沈み方を魔力の光へ変え、表面に数字を浮かべる。秤の針に近いが、ばねの代わりに魔法の輪が動く仕組みだった。
「どのくらい魔力を入れますか」
僕が聞くと、中央倉庫の測定当番は笑った。
「石が光るまでだ」
取扱い札にも、『十分に光るまで魔力を入れる』としか書かれていない。十分の意味は、明るさなのか、数字が出るまでなのか、揺れが止まるまでなのか。作った職人には当たり前でも、使う人ごとに答えが違った。
当番へ、普段どう教わったか聞いた。
一人は先輩の手を見て覚えた。一人は『力みすぎるな』と言われた。一人は、数字が薄いと報告を読み間違えるため、強く光らせるよう教わった。
誰も手順を守っていないのではない。手順に書かれていない部分を、それぞれ現場で補っていた。
彼は慣れた手つきで強く魔力を入れた。標準袋を載せると、数字は百二と出る。
別の当番へ替わると、九十九。
ドーガが量ると、百五。
「ほら、だいたい百だ!」
「五つ違うと、二千袋で百袋分違います」
「山ほどあると、小さく見えるな」
一袋では誤差に見える違いが、倉庫全体では大きくなる。
リゼが測定石を分解せず、表面の魔法陣を調べた。
「魔力は、数字を表示するだけではなく、台の沈み方を増幅するのにも使われています。強く入れるほど、少し大きく出る設計ね」
リゼは、水桶を使って仕組みを説明した。
測定台の沈み方が、小さな水滴だとする。魔力は、その水滴を見やすく広げる皿だ。皿が大きいほど水は広く見える。重さそのものは同じでも、表示に使う魔力が違えば数字の広がり方が変わる。
「では、石が嘘をついている?」
ドーガが聞いた。
「いいえ。入れた魔力を含めた結果を正しく出しています。私たちが、魔力の条件を書かずに数字だけ比べていたんです」
道具を悪者にしない説明をすると、当番たちの表情も和らいだ。自分の魔力が強すぎる、弱すぎると責められる心配をしていたらしい。
作られた当時は、各倉庫の熟練当番が自分の石を使った。毎日同じ人が同じ力で量れば、増減を見るには困らなかったらしい。
今は当番が交替し、五つの倉庫の数字を一つへ足す。元の使い方が変わったのに、測定石は同じだった。
「壊れてはいないんですね」
「ええ。違う条件で使っているだけ」
僕たちは、一つの標準袋を馬車へ積み、五つの倉庫を巡った。
中央で百二。北で九十七。東で百一。南で百四。西で百八。
次に、同じ測定石を同じ場所で三人が使う。
北倉庫では、当番一人目が九十七、二人目が百、三人目が九十八。石の違いと、人の違いが両方ある。
「弱く入れれば、同じになりますか」
ルカが試した。弱すぎると数字が途中で消える。光らせる最低量も、人によって感覚が違った。
僕も測った。
九十八。
体力と同じで魔力も強くない僕は、少し低めに出るらしい。
最後にリゼが手を置いた。
測定石が明るく光り、数字は百十一になった。
ドーガが、思わず袋の口を確かめた。中へ誰かが石を入れたのではないかと思ったらしい。ルカは袋を下ろし、魔法を使わない市場の天秤でも量った。重りは先ほどと同じ位置で釣り合う。
「実物は変わっていません」
次に、リゼが石へ魔力だけ入れ、袋を載せなかった。ゼロの表示は動かない。強い魔力が、何もない重さを作るわけではない。台が沈んだ時の幅だけを大きくしている。
袋へ半分だけ麦を移すと、差も半分ほどになった。仕組みの癖が数字と対応していることを、当番たちと一緒に確かめた。
「リゼの時が、一番重いですね」
「袋が私を怖がったわけではない」
彼女は不満そうに魔力を弱めたが、今度は百六。さらに弱めると百二。狙えば近づけられるが、毎朝全員が同じ強さを狙うのは難しい。
各倉庫では、量る人の癖も違った。
北の当番は、冬の手袋をしたまま魔力を入れる。東は素手。南は急いで一度だけ、西は数字が揺れなくなるまで長く待つ。
台へ袋を置く位置も、中央、端、二袋重ね。袋の口をほどくかどうかも違う。
僕たちは、正しい人を選ぶのではなく、条件を一枚へ並べた。
石の番号。量った人。手袋。袋の位置。魔力を入れた時間。天気。倉庫の湿り気。
一日だけ全てを同じにして試すと、人による差は小さくなった。それでも石ごとの差は残る。
「全員を中央倉庫へ呼んで、同じ入れ方を訓練しますか」
ドーガが言った。
訓練すれば近づくだろう。でも、新しい当番が入るたび訓練が要り、疲れた日には変わる。リゼほど魔力の強い人へ、毎回弱く調整してもらうのも難しい。
実際、同じ当番に朝、昼、夕の三回測ってもらうと、朝は百一、昼は百、荷運びを終えた夕方は九十八だった。
「夕方は魔力が減っている自覚があります」
「人を責めるなら、毎日同じ体調で働けということになります」
休み、食事、寒さ、手袋。人の状態を完全に固定できない。上手な人の感覚へ全員を合わせるより、変わる人が使っても最初に差を合わせられるほうがよい。
ドーガは、自分が毎朝全倉庫を測る案を自分から取り下げた。
「俺が風邪を引いた日に、領内の麦が分からなくなるな」
「それに、五倉庫を回る前に昼になります」
一人の熟練者へ集めると、数字は一時そろっても、仕事は続かなかった。
「人を石へ合わせるより、毎朝石の目盛りを合わせる方法を考えたいです」
「魔力を一定にする装置なら作れます」
リゼが図を描いた。正確だが、五倉庫分で金貨が何枚も要る。部品の交換には専門家が必要になる。
その図の横へ、ルカが子どもの手紙を置いた。
高価な装置を買わなくても、『同じ袋なのに違う』と毎朝気づける基準があればよいかもしれなかった。
子どもの手紙へ、今分かったことを絵で返した。同じ石でも人で変わる。違う石ならさらに変わる。だから、誰か一人を本当と決めず、最初に同じ物を量る。
『どっちが本当ですか』への答えは、『今のままでは、どちらもその人の条件では本当』だった。次の手紙では、皆が比べられる本当を一緒に作ると書いた。




