第104話 昨日より増えた麦
領主の手紙には、『三日以内に返事』とあった。『三日以内に解決』ではない。
僕たちは会社へ戻り、まず依頼の条件を並べた。
領内の穀倉は五か所。最も遠い所まで馬車で二日。食料そのものはあり、配給停止もない。調べたいのは、日々変わる報告数字の理由と、領都で同じ意味に読める報告方法だった。
交通、宿泊、作業報酬は領主府が負担。最初の調査は七日。延長する場合は、予定と費用を改めて相談する。僕とリゼ、ルカが先に行き、薬草の保管があればミナへ聞く。
「発酵箱の点検は?」
バルド社長が尋ねた。
「約束した来週の日に行きます。領地へ出るのは、その翌日です」
領主印の依頼でも、すでに決めた顧客との約束を押しのけない。返事にその日程を書いて送ると、領主府からは『食料は逃げない。準備して来てほしい』と返った。
発酵箱はフィンと点検し、革の張り方を彼が覚えた。僕が次の休日を断った仕事は、予定通り終わった。
領都の中央穀倉で僕たちを迎えたのは、ドーガという倉庫長だった。
熊のように大きな体で、声も笑い声も大きい。
「心配はいらん! 麦なら山ほどある!」
彼は両腕を広げた。高い石壁の内側に、麻袋が何段も積まれている。虫食いも水濡れも見当たらず、通路は人が通れる幅に保たれていた。
「数え方が分からないだけだ!」
「そこを心配して呼ばれたんですね」
「そうとも言う!」
ドーガは豪快だが、仕事が雑なわけではなかった。袋の列には入荷日、農家、麦の種類が大きく書かれている。古い袋を手前へ動かし、床との間には湿気を避ける木枠がある。
「数字が変だからといって、倉庫へ来た人がまず泥棒を疑う。それで部下が眠れなくなった」
彼は声を少し落とした。
「俺は、袋があることを毎朝見ている。だから足りると笑っている。だが、領主府が数字を使えないのも分かる」
人を守るために大丈夫だと言い続け、外からは問題を軽く扱っているように見えたらしい。僕たちは、最初の報告へ『盗難の形跡なし』『現物保管は良好』『集計数字のみ要確認』と分けて書いた。
一つの不具合で、倉庫全体の仕事まで悪いことにしない。
困っていることを隠す人ではなかった。ただ、食料が目の前にあるので、数字の違いを急ぐ理由が分からないらしい。
五つの倉庫から、毎朝二種類の報告が届く。
袋の数と、測定石で量った総重量。
中央倉庫は二千五百袋。北は二千百。東は二千四百。南は二千八百。西は二千二百。袋数を足せば一万二千袋で、前日から出荷した五十袋を引いた数と合う。
ところが総重量を『標準袋一袋分』で割り戻すと、一万二千三百袋分になる。
「三百袋は、どこから来たんですか」
「来ていない」
「では、報告を書き間違えた倉庫は?」
「全員、書き直しても同じだった」
ドーガは五枚の原本を見せた。倉庫ごとに責任者の印があり、入荷と出荷も別に記録されている。数字を隠した形跡はない。
翌日の報告も、その次の日も足した。
袋数は、入出荷の分だけ素直に変わる。重量から換算した袋数だけが、百から四百の範囲で増減する。雨の日は西が増え、朝が寒い日は北が減る。中央では、当番が替わった日に大きく変わった。
「報告する時刻は同じですか」
中央は日の出、北は朝食後、西は霧が晴れてからだった。領都へ届く締切は同じでも、量る時刻は違う。
「標準袋一袋分、という値は誰が決めました?」
十年前、中央倉庫の測定石で一度量り、それを全倉庫へ通知したという。その後、測定石は二度交換され、袋の布も変わったが、換算値は同じままだった。
過去に正しかった数字が、今も正しいとは限らない。
僕たちは一枚の報告ができるまでを歩いた。
朝番が袋の列を数える。測定台へ十袋ずつ載せる。石へ魔力を入れる。小計を木札へ書く。倉庫の書記が足す。伝書係が領都へ運び、領都の担当者が五枚をもう一度足す。
同じ数を三度足しているが、元の測定値が違えば正確な合計にはならない。逆に、足し算の間違いだけなら原本へ戻せる。
試しに前日の一枚を、ルカが別に計算した。合計は合っていた。ドーガも自分で計算し、同じだった。
「書記の計算は正しい。測る前か、測る時ですね」
調べる範囲が少し狭くなった。
「食料が消えていないなら、袋数だけ使えばよいのでは?」
ルカが尋ねた。
袋の大きさが全て同じなら、それでもよい。しかし農家ごとに袋が違い、半分だけ入った袋もある。出荷時には重量が必要になる。
「今の数字で配給を決めると、どんなことが起きますか」
領主府の担当者へ聞いた。
少なく報告された倉庫には余分な食料を送り、多く報告された倉庫からは多めに出す。実物が足りている間は困らなくても、冬の終わりには偏りが出る。
今すぐ人が飢える問題ではない。今のうちに直せば、冬に慌てずに済む問題だった。
僕たちは、数字を書いた人を集めて問い詰めなかった。まず一つの袋が、倉庫の中でどう測られ、どの紙を通り、領都の合計になるかを歩くことにした。
ドーガは全当番をすぐ領都へ呼ぼうとしたが、僕たちは止めた。五倉庫の人を集めれば、その間の測定を別の人が行い、条件がまた変わる。まず普段通りの現場をこちらが訪ねる。
当番へは、『間違えた人を探す調査ではない』『いつも通り量ってほしい』と先に伝えた。特別に慎重な測り方をされると、日常の差が見えなくなる。
ドーガも各倉庫へ、自分の言葉で短い札を送った。
『袋はある。仕事もできている。石の癖を見に行く。隠すな、飾るな、朝飯は食え』
最後の一文は測定と関係なさそうだったが、空腹で魔力が変わるかもしれないので、そのまま残した。
その日の夕方、共同学び場から転送された小さな手紙が届いた。
西倉庫で働く母親を持つ子が、学校の『試す人』の授業を聞いて送ったものだった。紙には、同じ麦袋を二人の大人が測る絵がある。
一つ目の測定石は、袋を十六と示す。隣の石は、同じ袋を十八と示していた。
絵の下に、子どもの字で書かれている。
『同じ袋なのに、石が違うのは、どっちが本当ですか』




