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そして、前回・前々回の話が長めだったので、今回は短いです。
半分強の文章量……。
「どういうこと? きりきり白状しなさい!」
カノンが発した意味深な言葉を、マリルルカは廊下を急ぎ足で行きながら追求する。小走りについてくるカノンは思案するように「えーとぉ…」と呟いてから答えた。
「会長さんの言葉の端々に、なんだか僕が入部すれば正規倶楽部への昇格が決定するみたいな確信があったじゃないですか。だから、そんなことができる誰かと取り引きしたのかな、って。……デノン先生とか」
肩を落としながら老教師の名を挙げる。マリルルカは得心してうなずいた。
「そういえば確かに。だいたい正規倶楽部でもないのに、結界のはられた学園内であんな人体実験ができるはずがないもの。昇格を見越しての言葉だったんだわ。だけど、デノン先生も魔法学系倶楽部の顧問をしているんじゃないかしら。ご自身の倶楽部に誘えばいいことなのに」
すると、カノンは砂を噛んだような顔をした。
「いえ、すでに誘われて断ってたんですよぅ。一昨日から正規はふたつ、非正規は六つほど勧誘されました。あんなに強引なのは他ではなかったですけど……」
転入間もなくから、なかなか壮絶な学園生活である。マリルルカがちらりと視線をやると、カノンは疲労困憊のため息をついていた。
だが、息を吐ききると気を持ち直したのか、今度はカノンが興味津々で質問してきた。
「さっきの、〝北の塔の君〟って誰ですか。なんか皆さん、変な様子でしたよね」
「あぁ……幽霊生徒のこと」
「ゆ、幽霊? 学園七不思議とかですかっ」
「そっちの意味じゃないわよ。入学してからずっと講義に出席していない生徒がいるの。その彼は、教職員寮の北の塔で生活してるんですって。だから、〝北の塔の君〟。何か、病弱だとか、そういう理由で共同生活に支障があるから、学生寮は止したみたいね。……まあ、不思議といえばそうかもしれないわ。生徒は誰も彼と会ったことがないから」
そこで、ちょっと言葉を切る。
視線をやると、眼鏡君はすわ怪談かと怯えたり安堵したりで、忙しそうだ。
マリルルカはふと眉をしかめた。
こんな説明だけでは不十分だ。ということは、やはり自分があの約束事を教えなければならないことになる。
なんで私がこんなことまでと嘆きながら、マリルルカは人気がないことを確認した。
「カノン。〝秘密を誓う〟と言いなさい」
カノンは一瞬キョトンとしたが、マリルルカの真剣さが伝わったのか、素直に復唱した。
「秘密を誓います」
「〝秘密を分かつ〟わ」
それは生徒間だけで通じる合い言葉だ。自分の秘密を教えるとき、あるいは禁忌とされる物事を語るとき、誓いを立てる。原則、親密な間柄で交わされるが、マリルルカがこれからしようとするような噂話にも適用された。
「この誓いは、規則違反をするときの規律よ。校則を犯す言動をとるとき、無法に走りすぎないよう自らを律する機能を果たしていると思うの。だから、私はそれに則る。いずれあなたにも親しい友人ができたら、本当に純粋な意味での誓いを立てることになるわ」
そう結んで、マリルルカは声をひそめた。
「〝北の塔の君〟はゼア・ドゥーン聖王国の出身らしいわ。王族か、血の近い大貴族だとも噂されているのよ。……あくまで噂の域をでないけれどね」
いきなり誓わされ、いわゆる学園生のお約束を一方的に語られ、話を飲みこめていなかったカノンは、マリルルカが校則違反をするに至って、ようやく合点がいったようだ。
学園側が生徒の素性に関して神経質なほど気を配っていても、裏ではこうして密かに伝わっていく。憶測であれ、自ら明かすのであれ――。
そして、幽霊生徒の正体を聞いたカノンは、光神の守護と精霊王を従えるという王を戴く魔法使いたちの国で、王家かそれに連なる濃い血脈の人間を、マリルルカが引きあいに出したのだと知った。
「……うっ、わぁ。ふっかけましたねー、マリーさん」
神の守護を受けた一族である大魔法使いを敵にまわせ、と唆しているようなものだ。魔法にうといからこその不遜な台詞だったともいえる。
「会長さんたちが『女王サマ』呼ばわりした気持ち、ちょっと理解できたかも……」
逆鱗にふれないよう、正直な感想は口の中だけで呟かれる。カノンはほとんど尊敬の眼差しをマリルルカの背に送っていたが、突如相好を崩した。
「彼らの動揺の意味が、よっくわかりました。それにしても嬉しいです、マリーさんが僕のことをもうそんなに親しい仲だと思ってくれてるなんて!」
「は? ちょっとなんであの説明で、その結論に達するの?」
「僕にはちゃんと通じてます。そんなに照れなくてもいいですよー」
「通じてないから! どうなってるの、あなたの頭はっ」
そこからはけんか腰の移動となったが、歩く速度を落とさなかったマリルルカは遅刻することなく五限目の講義室に到着した。
ぴったり後をくっついてきた眼鏡君を見て、またか、とうんざりした調子で確認する。
「あなたも、中世文学Ⅱを選択しているの」
「僕はヴェスハ国史ですー」
一拍の沈黙後、マリルルカは廊下をびしっと指さした。
「さっさと自分の講義室へ行きなさい!」
「え? あ! そうでした、僕二階の第三講義室に行かないと! あああああ遅刻だあ」
転びそうになりながら、眼鏡君は一階の第一講義室を飛びだしていく。
マリルルカはやっとお荷物から解放されたと、心底から安堵して机に突っ伏した。
その頃、特別棟の一室では精霊史精霊魔法探求研究同好会が床掃除に精を出していた。
「――…やっぱり、女王サマだったな」
「……女王サマだったね」
ささやきは水面の波紋のように、皆の心に広がる。
会長が、モップを震える両手で握りしめた。
「女王サマ。素敵だ……っ」
うるんだ瞳に星が光る。
マリルルカ当人は知らないまま、変な信奉者が増えた瞬間だった。




