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証の花  作者: 夏和白
10 最後の夜
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お待たせしました。


「〝秘密を分かちたいの〟」

「わたしも〝秘密を分かち、そして秘密を誓う〟わ」


 カロニカの小さな声の申し出を、マリルルカは真摯な表情で受けいれた。

 場所は、マリルルカの寮の部屋である。カロニカとマリルルカの二人きりだ。二人はマリルルカのベッドの上で横座りし、向かい合っていた。

 明朝、マリルルカは学園を去る。おそらく戻ってくることはないだろう。それを知っているカロニカが、夜に訪ねてきてくれたのだ。

 これから先、カロニカとこうして話す機会はきっとない。マリルルカは最後だからと校則違反には目をつぶって、セーラとカロニカに部屋を入れ替わってもらった。

 お互いにやや緊張した面持ちで、少しの間見つめ合う。先に口火を切ったのは、秘密の共有を申し入れてきたカロニカだった。

「私の真実の名は、カルオニカレン・ユーマニ・スフィアーダ。姓が示すとおり、スフィア王の娘。第五王女なの」

 噂で知っていたとはいえ、本人からその身分を打ち明けられるとやはり驚愕せずにはいられない。マリルルカは真実を呑みこむために、しばし時間を要した。

「マリー?」

 真顔で固まっているマリルルカを、カロニカが不安げにのぞきこむ。

 マリルルカはまぶたを閉じて息をつくと、目を開けてまっすぐにカロニカを見つめた。

「私は、マリルルカ・エヴィン・カラヴェイン。カラヴェイン家は、ストリア王国で伯爵位を授けられているわ。今はまだ伯爵令嬢だけど、十六歳の誕生日を迎えると同時に爵位を継ぎ、当主になるの……父が亡くなったから」

「……ああ、マリー。じゃあ、前の休学はお父様が……。ごめんなさい、私、マリーが戻ってきてくれたことばかりを喜んで、マリーの哀しみに気づかなかった。何か悩んでいるようだとはわかっていたのに」

「ありがとう。でも復学したばかりの頃は、父の死を哀しんでいなかったの。父のことを、誤解していたから」

 マリルルカは静かな表情で、声量を落として語りはじめた。両親のこと、祖父母の許で育ったこと、薔薇男爵と称されるカラヴェイン家のこと。指輪が失われるまでに見た夢々が、父アシュレーへの誤解をすっかり解いてくれていた。だから、穏やかに話せる。

 父は母を捨てたのではない。

 母が懐妊したとき、父には親族たちに抗する力がなかった。薔薇男爵の重圧から遠ざかるため留学していたアシュレーには、伯爵家での実権がなにひとつなかったからだ。

 唯一できたのは、妊娠が発覚する前に母を実家に帰すこと。知れてしまえば、アシュレーの父母も姉妹も中絶を迫り、身一つでエリカを邸から追い出すだろう。それを強硬に拒めば、エリカとお腹の子を害そうとするかもしれなかった。だから、アシュレーは姉エイミリカの手を借りて恋人を逃がした。二人の仲を知り激怒した姉に、エリカと我が子の安全を保証してくれるなら薔薇男爵に叙されてみせると宣言して、約束させたのだ。家格にふさわしい妻を娶ることも約束させられてしまいはしたが──。

 力の足りなかった父を責めようとは思わない。多くの美しい薔薇を生みだした父でさえ、若き日には薔薇男爵という爵位に重圧を感じていたのだ。それは遠いと感じていた父に親近感を覚えさせてくれた。

 もっと話せばよかったと思う。伯爵家に引き取られた当初、マリルルカは父が話しかけてくれてもつっけんどんな返答しかしなかった。あれでは、会話を弾ませるどころか続けることもできなかっただろう。父の態度は、マリルルカ側にも非があったのだ。

「私、勝手に父のことを決めつけて、自分から知ろうと努力しなかった。母は父に対する恨み言なんて言わなかったし、いつも優しい笑顔で幸せそうにしてたのに」

 視線を落として己を責めていると、ふわりと抱きしめられる。

「マリー、よかった。お父様と仲直りできて。……遅かったと悔いているのでしょうけれど、それでも遅すぎたということはないと思うの。あなたはこれからお父様の遺してくれたものを継ぐ。だから、お母様がマリーにしてくださったように、伯爵家を愛していくことができるでしょう。お父様は、きっと喜んでくださってるわ」

 マリルルカの胸に熱いものがせりあがってくる。そうだろうか。父は娘と和解できたと思ってくれているだろうか。薔薇男爵という重圧はあるけれど、それに囚われず自分らしく伯爵家を受け継いでいこうと思う心を喜んでくれるだろうか。

 まるで、その思いを肯定するように、カロニカの手がやわらかく背をたたく。

 あふれだしそうになった涙を、マリルルカはぐっとこらえた。あまりに優しい抱擁は、父への思いだけではなく、心の奥に押しこめていたリーチェドやザッツに対する悲嘆まで引きずり出そうとする。けれど、大泣きしてカロニカを心配させたくなかった。親友との学園最後の思い出なら、泣き顔より笑顔がいいに決まっている。

「ありがとう、カロニカ。そう思うことにするわ」

 微笑んでカロニカと視線を合わせ、次にぎゅっと親友を抱きしめる。

 驚いて小さな悲鳴をあげたカロニカも、すぐに抱きしめ返してくれた。

「ふふ、カロニカと抱きあうなんて初めてね。初めて会ったときは、人見知りする子猫そのものだったのに。流れた月日を感じるわ」

 腕をほどくと、カロニカが頬を染めた。

「……あの頃は、人慣れしていなかったの……。マリーは変わらない、昔から」

「成長していないって言うの?」

「いいえ。真っ直ぐで強くて、だけど頼ってくる人を見捨てない優しさが変わらない」

「……そんな立派な人じゃないわよ」

「そういう人なの。あのときだって……」

 カロニカが過去の逸話を引っぱり出してきたことで、思い出話に花が咲く。一年生の時から順番にたどっていって四年生の現在に至ると、マリルルカは最近気がついたもののバタバタしていて突っこめずにいたことを訊いた。

「……リューンって、カロニカと似た性格だとずっと思ってたんだけど…………」

「えっ、と、その……。本当は、とてもしっかりしてる子なの。でも、その、おとなしげにしている方が、面倒ごとが少なくていいからって。小さいときから、そうなの」

 腹黒そうだとは評せずに、マリルルカは微妙な笑顔で曖昧に相づちを打った。

「…………まあ、眼鏡君の変貌ぶりに比べればかわいいものよね」

「生徒のカノンは、演技だから……」

 おずおずとながらも庇う様子に、マリルルカは思わず身を乗りだした。

「あ、あのね、カロニカ。そのぅ、カノンのこと……す、好きなの?」

 カロニカの顔が真っ赤になる。返事を待たずとも答えが知れたようなものだ。うつむいたカロニカは口を開きかけては閉じ、三度目にしてようやく消え入りそうな声で答えた。

「……好き……。…………マリーは?」

 まさか尋ねかえされるとは思っていなかった。マリルルカは言葉に詰まって、目を逸らす。「嫌い!」と即答できなかったのは、脳裏をディグナが過ぎったからだ。

「────私が好きなのは、ディグナだったんだもの」

「ディグナ?」

「〝北の塔の君〟のふりまでしてたの、カノンは。そのときに名乗った名前よ」

 マリルルカは、カロニカにディグナとの間にあったことをかいつまんで話す。

 あれが炎剣の演技だと思い知ったのに、彼のことを考えるといまだに胸が締めつけられた。頬が怒りのせいではなく紅潮し、全身がカアーッと熱くなる。腹立ちまぎれの声は次第に弱くなり、双眸が濡れたように淡い光を浮かべた。それでも、振りきるように言い終える。

「──という訳で、カノンに騙したおされたのよ。味方だったとはいえ、ひどすぎるわ!」

「…………少し、見てみたかったかも、ディグナを」

 ぽそりと呟かれた台詞に、マリルルカが目を剝く。

 さすがにあんまりな呟きだったとあわてたカロニカは、急いで言葉を続けた。

「あの、だけど、少し安心した。マリーにとって、カノンはまだ特別ではないのね。私、マリーと競うなんて……。それでなくても、恋敵は姉妹だけで六人もいるのに」

 マリルルカはその言葉に仰け反った。

「六人!? しかも姉妹っ? なにそれっ、どうなってるの!」

「確認できているのが、身内だけなの……。マリー、他にも大勢いたら、どうしたらいいのかしら。私、彼と話したのは、学園での会話がほぼ初めてなの」

「他っ!? いったい何人誑しこんでるのよー!! 」

 マリルルカの疑問は、カロニカの微妙に外れた回答で、さらなる混乱に踏みこんでしまう。

 少女たちの密談は恋愛相談に収束するのか、はたまた混迷の度合いを深めるのか。それを知る者もまた少女たちしかいない。

 終わるきざしの見えない話題を置いてけぼりに、夜が更けていった。


あ、危なかった……。

たいていはストックがあるのですが、今回は油断して、まったくのゼロでした。

前日に修正して予約投稿です、焦った!


あわわ、次の修正も早くしなくては……。


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