4
ふたりが水中に没する。
そう見えたとき、大剣が一閃し水柱を切り裂いた。
「バカなっ!? 上級魔法だぞ!」
{火の精霊第四位のオレが、中位の水霊ごときに飲まれるかよ}
炎霊ヴィルヒトが、男の言葉を冷然と切って捨てる。
炎の剣で薙がれた水霊たちは一瞬でちりぢりになり、濃霧となって彼らの間にもうもうとたちこめた。
高熱の蒸気を吸ってむせかけたマリルルカの頬骨に、やわらかな感触が触れてささやきを残す。すると、目や皮膚を焼くかと思えた熱が感じられなくなった。
「じっとしてろよ。たゆたう水霊たち、案内してくれ」
まぶたを開けると、そばにカノンがいない。
霧の中へ切りこんでいったカノンは、視界が利かないのに乗じて逃走を図ろうとしていた凶手ふたりを追う。まるで見えているかのように的確に追いつめ、炎の剣をふるう。
白い帳に目隠しされているような状態で、マリルルカは鈍い音を聞いた。すぐその後に、悶絶のうめき声にかぶさって涼しげな声が響く。
「風霊たち、適当に霧を散らしてくれ」
突風が霧をさらって吹きぬける。
霧が晴れると、マリルルカは腰砕けになって座りこんでしまった。
倒れふす凶手に冷徹な眼差しを向ける美貌の少年は、ディグナそのものに見えながら、まったくの別人だった。繊細さが目立ったディグナと違い、目の前に立つ少年は少女に間違えられることはないだろう。鋼の意志と凄腕の戦士が持つ威風が、その厳しい横顔からうかがえた。
帰省が迫るにつれ、もうディグナと会うことは叶わないかと失望していたが、違う理由で二度と会えない事実を突きつけられてしまった。
マリルルカは茫然自失して、彼の後ろ姿をただ凝視していた。
視界が開けたのを見計らって、セーラを先頭にして数名が木立の合間から出てくる。
「片がついたようですね。こちらもふたり捕らえました。……なるほど、満月の夜に私の追跡を振り切ったのが、炎剣だったのならうなずけます。ディグナ様?」
セーラが引きつれてきた警邏兵に凶手を引き渡すと、カノンはきまり悪げに吐息した。
「あのときは悪かった、セーラ。守り手がどれほどの実力か知りたかったんだ。まあ、だけど、これでご主人様の百年の恋も冷めただろ。それで勘弁して、意地悪はやめてくれ」
わざとディグナと呼びかけたセーラに、カノンは首をすくめてみせる。セーラは答えずマリルルカの許へ駆け寄っていく。
警邏兵に続いて現れたリューンが、眩しげに目を細めて微笑んだ。
「やあ、懐かしい姿ですね」
「来るなっつったのに。自覚がないな」
リューンは首を横にふる。
「兄上のご命令だよ、陽の英雄を見かけたらへばりつけってね。カロニカを置いてくる自覚程度はあるので許してください。僕自身、あなたが学園内でどうやって魔法を使うのか興味があったんだ」
「あー、アレ助かった。感謝する」
「ああ、コレの魔法構成ですか。初級魔法程度で恩を売れるのなら安いものですよ」
警邏兵がザッツたちを運び去るのを痛ましそうに見送ったリューンが、懐からおもむろにコインを取りだす。それは入門魔法学で使用される結界中和のコインそっくりだ。
カノンは半眼になって視線を逸らせる。
「あんたのことだから、そういうのを絶対ふたつや三つ作成してると思ってたよ……おもしろがって」
「ふふ、いやだな、人聞きの悪い。もしものときの保険ですよ。それにしても、呼びかけだけで周囲の元素粒を動かしてしまうとは思わなかったな」
リューンがコルピィに風霊をけしかけることができたのは、中和のコインを持っていたからだ。元素粒は精霊の一番単純な形とされているが、魔力を使わずに行使するには、よほど精霊たちに愛されていないとできない。
とても召喚者を愛しているとは言えなさそうな炎霊に、リューンは丁寧に挨拶する。
「こんばんは、炎帝の力強き刃たるお方。お会いできて光栄です」
{これこれこれ――――! これだよ、おまえに欠けてるのはっ。ちっとは見習え!!}
「……あれ? まだいたのか、ヴィル? ありがとな、もう帰っていいぞ。じゃあな」
{忘れてたのかよっ。って、待て、勝手に送還するな……くそおおお! 次は絶対に来てやらないからな、おぼえてろ――…}
召喚者の意志により、あっさり帰された炎霊の捨て台詞の余韻が微妙に残る。
「……ひどい扱いだね」
「歓待したらしたで面倒なヤツなんだ……泣くから」
「ああ……、愛情が重そうだ。――今の彼を召喚したときは、コインの魔法構成を用いた魔法石を使ってましたが、他にも中級以上の魔法を使用したでしょう? どうやったんですか」
魔法石は護符名目で、カノンが学園に持ちこんだものだ。それにコイン同様の効果を与え、さらに珠同士を共鳴させる術式を組み込むことで力場を安定させ、すべての精霊を凌駕する光神魔法を行使した。光神魔法は初級の無効化だったこともあり、高位の炎霊召喚により一発で結界を無効化する効力が消えてしまったのである。
〈水柱牢〉を斬った場面までは確認できたが、濃霧が発生してから行使された魔法は、視界が利かなかったので気配だけしか伝わらなかったのだ。
カノンは淡々とそれに答える。
「口づけて、直接対象に魔法をかけた」
リューンが目を瞠る。学園の結界について、よく理解していると舌を巻いたためだ。
ここの結界は魔法の効果を消すのではなく、魔法を使う時に体外へ発する魔力を散らす。だから呪文を唱えても、呪文に魔力が乗らずに効力を発揮しないのだ。
人に作用する結界ではあるが、人の持つ魔力自体を封じこめるわけでない。そんなことをすれば魔力の髙い者ほど、体外に発散されず内に押しこめられた魔力で、自家中毒に陥ってしまうからだ。
体外に放出される魔力を霧散させるため、結界の効果が及ぶ前に対象に魔法をかければ効果が出るということになる。つまり体内と認識される口内で魔法を練り上げ、すでに構築された魔法を口づけという手段で、結界に散らされる前に対象へ使用した、ということがカノンの言葉から推測できた。
といっても、誰もができるような技ではない。よほど甚大な魔力の持ち主か手練れでないと無理な話だ。
「さすが陽の英雄ですね。感服しました」
胸に手をあて、ちょっとお辞儀する。
敬意を示すリューンにやめろと手をふりながら、カノンは髪をかきあげた。
「……まだ一働きしなきゃだな」
つぶやくカノンの背後から、おどろおどろしい空気が漂ってくる。気づいたカノンはそーっと振りむきかけ――突如怒鳴りつけられた。
「……信っじられない! よくも、よくもっ騙したおしてくれたわね。あんたなんて最低最低、最っ低――――――いっ!!」
「あ――…ごめんなさい……」
とりあえず、炎剣はマリルルカに謝罪した。
これにて、9章は終わりです。
10章は、また来週~。
そして、お気に入り登録をありがとうございます!
ささやかな登録数なためか地味ーに増減するので、
お礼を言うタイミングが意外に難しいですね(^^;
では、また来週もよろしくです。




