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「カノンさん。彼らは、紛失の件には本当に関わりないのですね?」
いつもはでしゃばらないセーラが、リーチェドたちの関与について、強く念を押して確認を取る。
マリルルカにとって大切な品だ。主を一番に思うセーラは、わずかな疑念も確実に払拭しておきたいのだろう。
ちなみに、カノンを指輪の窃盗犯だと誤解した事については、丁重に謝罪済みだ。
誤解に至った原因は、こうである。
ひとつは、事件が連続して起きた短時間に、指輪を紛失した可能性が強いことによる。盗難であるならば、事件のとき、ごく身近にいて接触した者が怪しい。
またもうひとつ、硝子片からマリルルカを守ったとっさの判断力や胆力、また階段転落時に情緒不安定に陥っていたマリルルカのそばから離れたことが、普段のカノンの印象から外れていた。
ふたつの条件と、つきあいの短さも相まって、疑惑の目で見ることとなった訳だ。「最初から正体を明かしておけばよかったのに」とはマリルルカの言である。カノンは返して「敵を欺くためには、まず味方から」と笑った。
その強力な味方であるカノンが、セーラへ視線を寄こす。
「僕たちがマリーさんの護衛を始めただけで、攻めあぐねて嫌がらせが止んでいたくらい素人ですからね。盗みまでする余力はないですよ。しかもマリーさんの感覚を信じれば、特別棟を出てから治療室までの間になくなったわけだから、彼らが盗むのは難しいでしょうねー。一人は背中を押しただけの接触の後、僕に追いかけられてたし、もう一人は東校舎の方で真面目に講義に出席してたんで」
コルピィは野次馬の後ろで転落したマリルルカの状態を窺っていたところ、カノンが野次馬を見上げたので反射的に逃げだしたのだ。それでカノンが勘づいて追跡し、途中で合流したリューンとともに、コルピィをこの森で捕らえた。そのとき脅しつけて悪事を洗いざらい白状させたが、指輪の件はなかった。
また状況を鑑みても、背を軽く押しただけの接触では、素人に盗難は不可能だろう。
カノンが諭すと、セーラはさらに問い返した。
「ですが、あなたは何かつかんでいるのでは? 髪ゴムを紛失したとき、マリー様に忠告してくださいました、意味深に」
「……。セーラさんの僕が犯人だという説は、当たらずとも遠からずじゃないかと思いますよ。犯人はその短い間に、マリーさんのごくそばにいた。そして混乱に乗じて、形見を盗んだ。……だが、そうか。もし、本当に盗まれたとすれば、あるいはすぐに……」
「何が仰りたいんですか」
セーラが表情を険しくする。
対してカノンは、意味ありげに小首を傾げた。
「今日の二件の嫌がらせ、実は一件は彼らの仕業じゃないんですよ」
「そういえば、コルピィは窓硝子が割れた一件は知らないと言っていたね」
カノンの意味深長な言葉を、悪事を白状させるのに一役買ったリューンが肯定する。
「じゃあ、誰が硝子を割ったというの?」
驚くマリルルカを、カノンが正面から捉えた。
「指輪が盗まれたと仮定するなら、硝子を割ったのは、おそらく窃盗犯です。あの時間、僕たちふたりがあの場所を通ると知っていたんでしょう。怪我をさせて混乱しているうちに掏ろうとしたのかな。紛失騒ぎは、指輪盗難を紛失と思わせる事前工作でしょうね。――マリーさん。盗まれた指輪には、あなたの両親の形見だという理由とはまったく別の重要な意味があります。薔薇水晶の薔薇は伯爵家に生まれた子どもに贈られる最初の財産。その薔薇に発生する利権はすべて贈られた子どものものとなります。指輪は権利証と同義なんです。嫡男として生を受けた故カラヴェイン伯爵の薔薇は、当主に見合う莫大な利益をもたらす花でした。それだけでも盗む価値は十分でしょうが。セーラさん。形見の指輪をマリーさんが持っていることは、伯爵家では知れ渡ってるんですか」
「いいえ。マリー様は人目につかないようにしていましたし、旦那様は誰にも仰りませんでした。ですが、テッド様は指輪のことを知っています。きっと、旦那様のものであることにも気づいていらしたでしょう。……もしかしたら、テッド様がご両親などに話しているかもしれません」
「うーん、しまったなあ。さっき絞りあげとけばよかったかなー。あ、じゃあ、伯爵邸で襲われたとき、部屋が物色された形跡はありました?」
「いいえ、ありませんでした。暗殺者といえども隣室で家探しをしていたなら、私ももっと早くに侵入者を察知できたでしょうし」
マリルルカは知らなかったが、セーラは侍女というだけでなく専門の訓練を受けた守り手でもあったのだ。暗殺者と対峙して軽い切り傷で済んだのは幸運だけではなく、多分に彼女の実力を含んでいたのである。
カノンは「じゃあ、違うかな。でもなー」と再びうなると、改めて話を続ける。
「もし、暗殺を依頼した者がこの盗みも頼んだのなら、さらに大きな企みがあったと推測できるんですよ。ストリア国の家督相続では、当主死亡時に後継者が定められていなければ、財産は国家に没収、爵位も返還しなければならない。ですが、当主死亡に次いで後継者が爵位を継ぐ前に死亡した場合は、該当家の血を引く三親等内の肉親が家督を継げるんです。故当主の指輪を生前に託されていたとでも言えば、貴族庁は信任厚いという理由でその人物を相続人に指名するでしょう。とすると、窃盗犯は連携の点から推測すれば暗殺者の一味で、学園内に足がかりがある〝赤月の矢〟の可能性が高くなるんですよね」
よどみなく展開されていく暗殺の動機を聞いていたマリルルカが、顔色を変える。
「それは……私を殺そうとしているのが、叔母様方の誰かだということなのね」
後継者と定める遺言状が公表されてから、命を狙われ始めた。だから、動機が相続に関してだと察していたが、それでも血縁から暗殺者を差し向けられたとは信じたくなかった。互いに嫌いあっていたとしてもだ。
蒼白になったマリルルカを、カノンはあえて慰めず厳しい表情で現実を諭す。
「ここまで来て、次期当主がそれを知らないでいるわけにはいきませんよ。懸案だった指輪を奪取したと仮定するなら、暗殺者がいつ命を獲りにくるかしれません。通例なら学園内での暗殺はないんですが、今回ばかりはどう出るか。帰省の護衛が僕だと知っている可能性が高い。敵が炎剣の名に多大な警戒を抱けば、ここで仕掛けてくるのも有りえます」
暗殺者にも、マリルルカが爵位を継承するまでという時間制限があるはずだからだ。
カノンは厳しさをやわらげて微笑む。
「けれど、あなたを傷つけさせはしません。形見の指輪も取り戻しましょう。そのために、皆さんに協力してもらいたい。耳を貸してもらえますか」
その場にいた皆が、表情を引き締めてうなずく。
額を寄せあった彼らに、凶手をおびきだす作戦をカノンが伝受した。




