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証の花  作者: 夏和白
9 〝赤月の矢〟
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31/39

お待たせしました。

9章は微妙なところで話が切れております。

すみません。上手く文字数などとの兼ね合いが取れませんでしたorz


 特別棟の西に広がる森へ連れて来られたリーチェドは、隣のコルピィを見た。

 顔を背けたコルピィは、憮然としてつぶやく。

「バレたんだ……」

 そこで待ちかまえていたのはセーラ、リューンにカノン、そして中央にはマリルルカが陣どっていた。皆、一様に冷淡な表情だ。

 リーチェドは青くなる。とんだ事態になったことに気づかざるを得ない。

 マリルルカが一歩前へ出た。

「テッド従兄さまが指示なさったのですってね。確かに、そちらのコルピィ先輩とテッドがいっしょに食事をしているのを何度か見かけたことがあるわ。そのご友人に伺ったのだけれど、私を危険な目に遭わせて不安をあおり、あなたに泣きつかせようとしていたんですって。間違いないかしら」

 眼差しはきつく光り、表情は冷ややかに厳しい。女王の威厳さながらでリーチェドを萎縮させる。

「ご、誤解だよ、マリー。僕はただ、本当に頼れるのが誰か知ってもらおうと……」

「ええ。はっきりわかったわ。テッドは、目的のためには私の友人が巻きこまれて怪我をしようがかまわないのね。幻滅したわ。もう、兄のようにも思えない」

「違う、違うんだっ」

「先に断っておくわね。求婚の申し込みはするだけ無駄よ。門前払いにするわ」

 リーチェドはなんとかマリルルカの気を変えようと口を挟むが、ばっさり切られて接ぎ穂がさせない。焦れば焦るだけ思考が空転し、うろたえきった彼は墓穴を掘った。

「頼むよ、マリー。君が求婚を受けてくれないと、エイミリカ伯母上は僕を養子にしてくださらないんだ。僕は没落した家と心中したくないし、あんな無能な両親とは縁を切りたい。どうせならエイミリカ伯母上を母上と呼びたいんだ」

「そう。求婚はエイミリカ叔母様の差し金だったのね。テッドは叔母様が昔から大好きだったものね」

「い、いや、伯母上に直接指示をされたという訳では……。ただ、薔薇男爵の名を負うほどの気概があるなら、僕を養子にしてもいいと、仰られたことがあったから……」

「どうすればいいかと考えた結果、私に求婚するに至ったと。で、それが何? 叔母様が恋しいから、どんなことをしてもいいと? ねえテッド、他に真っ先に言うべき事があるでしょう」

 促されて、リーチェドはようやく失言を覆す光明を見出した気がした。

「え、あ、ああ! もちろんマリーが好きだから求婚したんだよ」

「……バカね」

 ふっと息をついて柔らかく笑んだマリルルカが、リーチェドの前に立つ。許してくれるのだとゆるみかけたリーチェドの頬に、痛烈な平手がみまわれた。

「私が要求したのは謝罪よ! 特に、私の友人に対するね。でも無駄だったわ。その顔を二度と私の目の前に出さないで。次は平手じゃすまないわよ」

 マリルルカが酷薄に微笑む。

 リーチェドはは平手の衝撃によろめきながら、コルピィとふたりで逃げ帰ることしかできなかった。



 顛末を見届けた友人のひとりが、尻上がりの口笛を吹く。

「さっすがマリーさん。これぞ女王の風格、ってものですねー」

「……。これでいいのね? 本当に学園に報告しなくても大丈夫なのね」

 女王の呼び方が精霊史精霊魔法探求研究同好会のそれと酷似していることに青筋を立てながら、マリルルカは瓶底眼鏡の少年を振りかえった。

「はい。お坊ちゃん育ちの彼じゃ、しばらく立ち直れませんよ。万が一、報復を考えても、コルピィ先輩が死に物狂いで阻止してくれますからー」

 ちなみに死に物狂いになってくれる理由は、リューンがけしかけた風の精霊のおかげであるらしい。そこら辺で遊んでいた風霊たちを、輪郭がわかる程度の透けた姿でコルピィにまとわりつかせたのだそうだ。魔法学に造詣のないコルピィからすれば、無数の悪霊にとり憑かれたのと大差なかっただろう。

 マリルルカは重い吐息をついた。

 カノンの演技指導どおり毅然とした態度を貫き通したが、本当は納得しがたいことだらけだ。嫌がらせの主犯がリーチェドで、眼前で馬脚を露わし、愚かな動機や求婚の本意を知ったが、まだ事実を受けいれきれてない。それはあまりにも短時間の間に真相が暴かれたからであり、また兄妹のように過ごした思い出のためでもあった。リーチェドの心の奥底がどうであったにしろ、従兄弟で優しくしてくれたのは彼ただひとりなのだ。

 それでも、リーチェドに告げた言葉を撤回する気はない。裏切られた悲しみはもちろんあるが、それよりも彼が友人たちに謝罪することを思いつきすらしなかった様子だったのが許せない。無関係の人間を巻きこむ危険性を考えなかったのか。それとも、それすら計略の内だったのか。たかがマリルルカを泣きつかせるためだけに、負傷者をだしたのだ。

 報復の心配は無用とカノンは言うが、放っておいて友人たちがまた危険な目にあうことになったらと思うと、いてもたってもいられない。学園に報告して、相応に処罰してもらった方が安全ではないだろうか。

 思いつめるマリルルカの気持ちを、カノンが察して釘をさす。

「お願いですから、少しの間、沈黙してください。決着がついたら、煮るなり焼くなり好きにしてかまいませんので」

 にこーっと呑気に笑う。

 これがかの炎剣カノンとはとても信じられない。マリルルカは思わず毒気を抜かれた。

 炎剣カノン――傭兵カノファーン・ディレイスは、マリルルカの後見ギルバード・ヴィオーダ将軍の邸に食客として滞在していたところ、ストリア国に出向いた将軍からマリルルカの護衛を水盤で依頼されたという。

 伯爵邸より安全と判断された学園だが、このところ密かに黒い噂が流れていた。曰く、フリッヒドルン学園に暗殺組織の子飼いが巣くっていると。

 その子飼いが学園内で暗殺をすることはないが、かわりに有力な貴族や富裕な商人の子息と繋がりを持ち、彼らを未来の顧客とするらしい。さらには標的が学生などとして在籍するなら、その情報を入手して組織に渡し、時には標的が学園の外で死亡するよう細工して毒物を仕込むといった方法をとることもあるそうだ。

 子飼いが学園内で暗殺を行わないのは、せっかく張りめぐらせた人脈という糸が切れるのを防ぐ意味合いが強いだろう。しかし、入学、就職に関し徹底して身元を洗い出す学園に毒蜘蛛を紛れこませられるような組織だ。それゆえ、彼らは依頼を受けるときは誇らしげに「城塞と名高い〝神の箱庭〟でありましても、我らが矢は過たず標的を仕留めますゆえ」という決まり文句を唱える。

 この〝赤月の矢〟と名のる暗殺組織を調べるために、カノンは嫌がらせの件に沈黙を求めたのだ。学園に潜む子飼いを捜し、その存在を突きとめたなら捕縛する。それがカノンの急な入学を学園側に認めさせる取引材料だった。

 その取引の成立がヴィオーダ将軍のごり押しだったせいもあり、一定の成果をあげないと都合が悪いらしい。時間制限はマリルルカが学園を去るまでなので厳しいが、カノンにはどうやら光明が見えているようだ。

 だからこそ、嫌がらせの犯人を告発することで、子飼いの警戒を煽って取り逃がすような失態は回避したい。五限目をサボってリーチェドらを待つ間に、カノンはそう説明した。


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