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お待たせしました。
「いくらなんでも鉢植えが落ちてくるのはおかしいぞ! 街路じゃないんだ、校舎の窓辺に鉢植えが置いてあるもんかっ」
鉢植え落下時に居合わせたザッツは、苛立たしげに教卓をたたいた。
その日の講義を終了したマリルルカたちは、適当な空き教室を占拠した。五限目移動時の椿事について皆で検証するためだ。
「最近、マリー目がけて物が飛んで来すぎるね」
「ボールだけなら偶然で済んだ話なんですけど……確かに、おかしいですよ」
リューンとカノンは沈鬱に眉をひそめる。
双子とカノンは、どの場面にも遭遇していた。球の軌跡を捉えていれば、それがマリルルカを狙ったものだと見当がつく。生彩を欠いた表情のカロニカが、マリルルカの手をぎゅっと握った。
ザッツが両手を教卓に置いて上半身を乗りだした。
「マリー。犯人に心当たりはないのか。酷い嫌がらせだ。犯人を捕まえないと、怪我どころじゃすまなくなるかもしれないぞ」
さっとマリルルカの顔から血の気が引いた。
心当たりなら大きいのがひとつある。マリルルカの命を狙う暗殺者だ。
しかし、警護体勢厳重な学園内に侵入したうえ潜んでいられるものだろうか。
マリルルカは確認の意図をこめて、隣に控えるセーラを見る。
セーラは小さく首をふって、その可能性を否定した。
同意を得て、マリルルカは多少安心する。
だからといって、問題が解決したわけではない。凶手以外の候補となると、思い当たる節がなかった。 マリルルカは頭をふる。
「心当たりはないわ。……セーラは?」
「……。……ありません」
取りまき構成図を熟知しているセーラが思いつかないなら、単純に恨みを買ったという線から犯人を割りだすことはできない。それがわかっているザッツはうなる。
「逆恨み、か。……あるいは、嫌な想像だが、無作為に標的を絞って嫌がらせすることで相手の反応を楽しむ変質者か。そうなると、こちらから犯人を割りだすのは難しいな」
「……学園に相談して、マリーに警護兵をつけてもらうわけにはいかないの?」
カロニカがおずおずと小さな声で提案した。
リューンがマリルルカに視線を寄こす。
「おそらく二人、護衛をつけてくれるだろうね。四六時中連れ歩くことになるけれど」
屈強な兵士ふたりが一日中くっついている光景を思い浮かべたマリルルカは、頭を抱える。それは勘弁してほしい。
だが、ザッツがもっと怖ろしい予想を挙げる。
「警護兵がすぐに犯人を捕まえられたらいいが……。学園側が長期化すると見通しをたてたら、下手をすれば幽閉されるぞ。最悪、家へ強制送還という手段に出るかもな」
生徒の安全を最優先するのが、フリッヒドルン学園の理念のひとつである。その体面に傷がつけば、生徒数減少に通じかねない。被害者の方が、さらに大きな不利益を学園側から要求される場合もあると十分に考えられた。
マリルルカは愕然とする。
十六歳の誕生日まで、残すところ一ヶ月――それは、マリルルカが爵位を継ぐ日だ。帰路に一週間かかるのを考えれば、学園生活は長くても三週間しか残っていない。
少なくとも、この三週間は学園生として過ごしたかった。暗殺の脅威によって幸運にも復学することが適ったが、本来ならすでに退学していただろう学園である。爵位を継げば、二度と戻ることはできないだろう。それなのに幽閉、あまつさえ帰還が早まるかもしれないなんて、嫌だった。絶対に、嫌だ。
「……お願い、学園には告げないで!」
望みが、思わず口をついてでた。悲痛に響いた声が、皆の注目を集める。
「あと少しで、学園を辞めることになるかもしれないの……。お願い、最後まで……」
ここにいさせて、とマリルルカはつづけられなかった。とんでもないわがままだ。嫌がらせがマリルルカ一人を狙ったものであっても、周囲が巻きこまれない保証はない。こうして集まって心配してくれる友人たちに、怪我をさせるかもしれないのだ。
マリルルカは、すぐさま失言を取り消そうとした。それに先んじて、カロニカが茫然としながらつぶやいた。
「マリー……それは本当?」
潤んだ大きな瞳が、マリルルカを覗きこむ。
無垢で純粋な双眸に捉えられれば、冗談だったとごまかして前言撤回はできなくなる。マリルルカは素直にうなずいてしまった。
「そんな……っ」
カロニカは両手でマリルルカの手を包んだ。苦しげに目をふせると、そこに額を当ててじっとする。突然の悲しみをこらえているようだった。
痛ましい空気が流れ、皆が暗い表情でうつむく中、しょげかえっているかに見えたカノンがふいに顔をあげた。
「鉢植え、遠くに落ちましたよね」
「……はあっ?」
空気を読め、この眼鏡! と言わんばかりに、ザッツがカノンを睨めつける。
自分の考えに没頭してその様子が目に入ってないのか、カノンは平然とつづけた。
「マリーさんが三、四歩も通りすぎた後に落下したんですよ」
「何が言いたいんだ」
「犯人は少なくとも、大怪我をさせるつもりはないんじゃないかなって。怪我させる気なら、もっとちゃんと狙いをつけますよね」
カノンは皆の頭に言葉が入ったのを確認してから、マリルルカをまっすぐ見つめた。
「ザッツさんが言ったように、犯人は相手を怖がらせて楽しんでる、それだけかもしれません。だから、マリーさんがこの嫌がらせに短期間だけ耐える気があるなら、僕は黙っていようと思います」
眼差しが、マリルルカの意向を問いかけてくる。
マリルルカはうなずきたい衝動に駆られたが、必死にこらえた。けれど、拒むこともできない。
気持ちの揺れを察した双子が、次々にうなずいてみせる。
「僕も沈黙を誓う」
「……マリーが真実望む通りにして」
「あ――、もうっ!」
ザッツが盛大に頭をかいた。きっちり撫でつけられている髪が常になく乱れた。
「わかった! 僕も口をつぐもう。ただし、カノンが言ったことは、あくまでも推測にしかすぎないぞ。万が一のために護衛は必要だ。おい、言い出しっぺ! 僕とおまえでマリーを守るぞ。まさか、否やはないだろうなっ」
「はいっ! 僕、がんばります!」
両手をこぶしにして勢いよく了承する。
その気勢に乗じて、双子もつづいた。
「ふたりだけじゃ心許ないよ。僕ももちろん手伝う」
「私だって」
「駄目だ」
「駄目です」
珍しく息が合ったザッツとカノンに、双子の申し出は即却下された。不服そうなふたりを、ザッツが諭す。
「こんなことは言いたくないが、君たちがもし巻きこまれて怪我でもすれば、学園創始以来の大問題に発展する。嫌がらせを隠していた僕たちも厳罰を免れ得ない。被害者であるマリーさえもだ」
暗にスフィア王国の王族であることを指摘されて、シュビットラン双生児の顔色がさっと変わる。
カノンが訳知り顔で同意した。
「校則があるので、お二人とも、これ以上言わせないでくださいね。本当はマリーさんと距離をとってほしいんですが……それじゃあ、沈黙した意味がなくなりますもんね」
マリルルカの残り少ない学園生活を守るためなのに、仲のよい友人を遠ざけてはその意義が半減する。
ザッツも不承不承ながら、それを認めた。
「……まあ、そうだな。屋外や移動中は適切な距離をとっていれば、なんとかなるかもしれない。もし何かあったとき、頼むから君たちは絶対に避けてくれよ」
言外に、間違ってもマリルルカを庇うなという意味がこめられていた。
双子は異論があるようだったが、結局はザッツの言葉を了承する。そうすることがマリルルカを、そして友人たちを守る一番の良策と納得せざるを得なかったようだ。
「セーラさんも、協力してもらえますか」
「はい。よろしくお願いします」
最後の砦であるセーラに承諾をもらうと、カノンは再びマリルルカに視線を戻した。
「皆、こう言ってますけど、どうします?」
固唾をのんで成りゆきを見守っていたマリルルカは、くしゃりと顔をゆがめて笑った。
「……ありがとう。耐える方を、選ぶわ」
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次は、怒涛の展開! で、進行します。




