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お待たせしました。
説明回(いろいろ?)です。
ふと思いついて、マリルルカは隣に座るカロニカに話しかけた。
「魔法が禁じられているこの学園内で、カロニカなら魔法を使うことができるかしら」
寮での夕食後のことだ。マリルルカは、いつもの顔ぶれで大広間のソファに腰をおろしていた。
寮の食堂棟は各寮棟の中心にあり、渡り廊下ですべて繋がっている。二階建てで一階は食堂、二階は大広間だ。大広間では季節の折々に、四棟ある学生寮合同の催しが開かれ、寮間の交流に一役買っていた。また、催事以外のときは、学生に解放されている。
寮は男女二棟ずつに別れていて、他寮に立ち入ることは原則禁止である。同室のセーラは言わずもがな、カロニカもマリルルカと同じ寮だが、当然ながら他の顔ぶれ――リューン、ザッツ、カノンは男子寮なので、寮に戻れば顔を会わすのは容易ではない。
だから、大広間の解放時間は、男女間の交友でもにぎわっている。
マリルルカの問いに、談笑していた男子たちの視線が集まった。
カロニカは口許に指先を添え、半ば目をふせる。しばし沈黙したが、マリルルカはそれが彼女が考えこんだときの癖だと知っていたので、急かさず待つ。
やがて、カロニカは手をおろして慎重に切りだした。
「結界を中和する魔道具を持つのが、一番易しいわ。マリルルカも、入門魔法学でコインの話を聞いたんじゃないかしら? でも、コインは初級魔法しか使えないの。私やリューンは大学の講義で腕輪をはめるわ。腕輪は上級魔法まで使えるようになっているけれど、自由度は低いのよ。教練用だから、厳密に使用できる魔法が定められているの。先生方は有事にそなえて、中和作用のみの魔道具を携帯なさってるということだけど……魔道具なしでというなら……」
口をつぐんだカロニカは双子の弟を見やる。
リューンは穏やかな表情のなかに、おもしろがるような微笑を閃かせた。
「不可能、ということになっているね。学園側も警護面に関することだから、結界の詳しい構造については洩らさない。だけど、結界の情報があれば、多少の魔法ぐらいは使えるかもしれないかな」
「そうね、ほんの初級魔法ぐらいなら」
双子は互いにうなずきあう。
マリルルカは難しい顔になった。答えは理解できるが、魔法学の知識がほぼないため、本当に知りたいところまで理解が及ばない。だから、思いきって核心に踏みこむ。
「じゃあ、……精錬銀、というの? その銀を、調整することはできるのかしら」
双子がぴたりと動きを止め、同時にマリルルカを見る。尋ねるような視線を双方から受けたが、マリルルカが平静を装って黙っていると、リューンが語りだした。
「精錬銀の持ち主であれば、造作もないことだよ。持ち主は魔法力で調整してるわけじゃないからね。それから、精錬銀の製作者は自らの魔法力が織りこまれた魔道具だから、調整だけなら初級魔法程度の難易度でできるそうだよ」
リューンの後を受けて、カロニカが言葉を継いだ。
「精錬石を作るということには、素質が大きく関係するそうよ。何度精錬しても組成の変わらない金や銀は比較的易しいという話だけど、宝石類は屑石に変質しやすいそうだから。銀にはそうした不安定さはないけれど、他人が手がけた精錬銀を調整するには、精錬の素質を持った高等魔法士以上の腕と魔法力が必要でしょう」
「必然的に結界の影響下では、たとえ初級魔法が使えたとしても、調整は無理だろうね」
再びリューンが話を締める。ただし今度は、互いに何か言いたげな表情で双子は向きあっていた。目と目で会話が成立したのか、すぐにそれぞれ好きな方へ向いてしまったが。
カロニカはマリルルカを見、それから視線を胸元まで落とした。
視線の意味するところを察したマリルルカは、指輪の存在を意識して頬をそめる。
(そうだった。男子どもには見せたことがないけど、カロニカは指輪のことを知っていたんだった……!)
運動や護身術の講義を、カロニカも一年のときから選択している。着替えで、ペンダントに通した指輪をしょっちゅう見られていた。一度、素敵な指輪だと誉めてくれたこともある。突っこんだ話をしたことはないが、カロニカほどの魔法使いなら一目でどういった魔法の品か想像がついていたのだろう。
カロニカはマリルルカの頬に顔を近づけ、小声で訊いた。
「……指輪、どうかしたの?」
こんなふうに顔を覗きこまれてまともに視線があうたびに、林での出来事を思い出してしまう。あの後カノンとはどうなったのか、いつから好きなのか、などなど質問責めにしたい欲求を今回もなんとか抑えこんだ。
本当は、カロニカの大胆な振るまいに今は多いに共感できるので、互いの恋について思う存分語りあいたい。
だが、まさか「覗き見してました」とは白状できないし、カノンに好意を寄せられているっぽい自分が質問できる話題とは言いがたい。無神経すぎる。
マリルルカは焦って首を横にふり、何事もないとごまかす。
カロニカは心配そうに眉をひそめていたが、納得したのか安心した笑顔になった。
「……よかった。最近、マリー、様子がおかしかったから。それで精錬銀なんて言い出すから、指輪に何かあったのかしらって。最近、失せ物も多いし、気をつけてね」
紛失騒ぎは細々と続いている。セーラが汚名返上をかけて普段以上に気を張ってくれているので、飾りゴム紛失から四日が経ったが他になくなったものはない。
四日――ディグナと再会してからも四日が過ぎている。昨日まで、マリルルカはすっかり平常心を失っていた。夜の逢瀬を思い出し、キャ――! と胸中で叫びつつ赤面すること数十回。なんだか顔がにやけている気がして両手で覆ってうつむいたことだって、反対にやっぱりディグナにあきれ果てられたんじゃ軽蔑されたんじゃとどんより暗い気配を周りに漂わせたことだって、数えきれないぐらいした。これで心配されないはずがない。
頬に熱を感じたマリルルカは、少し落ちつこうといつもの癖で胸に手をあてる。しかし、これは逆効果だった。服の上から指輪をさわればよけいに意識してしまい、逢瀬を鮮明に思い出してしまう。特に、ディグナがマリルルカに指輪をはめてからのことを。
あのとき、よく自分は冷静でいられたものだと不思議である。月光の下、まるで婚約の儀式をふたりだけで執り行っているみたいだった。そのうえに、手へのキスだ。ディグナにしてみれば指輪に口づけただけなのかもしれないが、指に触れた唇の感触と熱い吐息は今も刻印されたように残っている。それが中指で残念と思わないでもなかったが、もし薬指だったなら――。
平常心を取り戻したはずのマリルルカの顔が一瞬で赤くなった。カロニカが目を瞠る。
「マリー? 顔が真っ赤よ。セーラ……」
カロニカは助けを求めて、ソファの後ろに控えるセーラをふりかえる。セーラがマリルルカのそばに来て腰をかがめる。
慌てて、マリルルカはふたりを押しとどめた。
「だ、大丈夫! なんでもないわ」
(平常心、平常心。――そう、そうだわ。指輪の調整って、要するに難しいってことよね。通常考えられる限りでは、学園内でできそうにないことだわ。ディグナは、どうして簡単にできたのかしら。やっぱり、ゼア・ドゥーン聖王国の王族だという噂が真実だから? でも、スフィア王家の双子たちでも無理だと断言したのに)
思考をずらすことになんとか成功したマリルルカは、取り澄ましてソファに座り直した。
もの問いたげな表情をするカロニカに耐えて話題転換を考えていると、ちょうど学園の事務員がマリルルカを訪ねて大広間にやってきた。
これ幸いと席を立ち、こちらに向かってくる事務員の青年を迎えにいく。
「カートンさん。お手紙ですよ」
「まあ、わざわざ持ってきてくださったんですか」
手紙は、基本的に七日分をまとめて夕食時に生徒へ配られる。それ以外でも、事務室で自分宛の手紙がないか問い合わせられ、その場で受け取ることもできた。
だが、このような事務の就業時間外に、生徒個人を探して届けられることは稀だ。多くは急を要する内容なのだが、今回は事情が違うようだ。若い事務員に急いた様子はまったくなかった。
「ええ、はい。水盤便だったので、一応急いでお渡しした方がいいかと思いまして」
水盤便とは、魔法の水盤を使って文字をやりとりする方法だ。遠隔地であっても水盤さえあれば、学園の水盤にすぐに情報を伝えられる。これは文字だけでなく、声や相手の顔まで映しだすことまでできた。しかし、情報量が増えると消費する魔力も大きくなるので、原則、生徒が使用することは許可されていない。専ら、実家側から急ぎの用件だけ文章で取り次ぐのに活躍している。
水盤から書き写したのであろう手紙を受け取り、マリルルカは事務員に丁寧に礼を言った。事務員は「帰宅のついででしたので、お気遣いなく」と来た道を引き返していった。
一応と注釈をつけるあたり、やはり火急の用ではないようだ。
水盤便といえば、父アシュレーの危篤の知らせを受け取った経験があるマリルルカは、明らかに事態が違うと判断がつく。そのときは、あわただしく水盤の前まで連れていかれ、執事と声のやりとりをしたものだ。
それもあり、周囲に人もいなかったので、マリルルカは封筒の封を開いた。
「…………。なにコレ?」
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