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(ああもうっ人助けなんかしてる場合じゃないってのに!)
マリルルカは寮へつづく道すがら、うっかり視界に入ってしまった光景に心中で舌打ちする。
暗く細い路地で、フリッヒドルン学園中等部の制服を着た男子たちが、同じ制服を着た眼鏡の少年を壁際に追いつめていた。少年は囲まれて声も出ないのか、壁に背をぴったりくっつけて立ちすくんでいる。
(いっそ悲鳴のひとつでもあげたら、警邏兵が飛んでくるものを)
「マリー様」
立ち止まって向かいの路地をにらんでいると、一歩下がって付き従うセーラが意向を伺うように呼びかけた。マリルルカはうんざりしながら、鮮やかな赤銅色の髪をかきあげる。
「……寄り道しなきゃよかったわ」
この三日間、マリルルカとセーラは休学のせいで遅れた勉強を取り戻すため、昼と夕の二食お弁当持ちこみで補習と試験を受けていた。
それを無事終えたこの日は学園から直接寮へ帰らず、羽根を伸ばしに街へ繰りだしたのだ。といっても、雑貨屋やお菓子屋を少し覗いて買い物をしただけで、門限よりも早くに帰寮できるよう引きあげてきたところだった。
「面倒くさいこと、このうえないわね」
言葉とは裏腹に足は路地を目指す。セーラは慣れたもので、先陣を切って乗りこもうとするマリルルカの前へすばやく立ち位置を移す。
路地の入り口で立ちはだかったマリルルカは、服の中に身につけているペンダントをブラウス越しに一度だけふれると、すうっと息を吸いこんだ。
「あなたたち! 学園領内での暴力行為がどんな結果を招くか、もちろん解ってて弱い者いじめなんて馬鹿な真似をしてるんでしょうね?」
マリルルカの緑柱石のような瞳が、男子学生たちを鋭く射抜く。
多勢に無勢の中、腰に手をあててツンとあごをあげる彼女の振る舞いは不遜で恐い者知らずだ。だが高くよく通る声が糾弾した途端、少年たちはギョッとなって一目散に路地の奥へ逃げていく。
同年代の少女の一声にそれだけの威力があるのは、ここがヴェスハ王国内でも特殊な学園都市だからだった。マリルルカが予想したとおり、彼女の声に呼び寄せられてすぐさまフリッヒドルン学園の警邏兵が駆けつけてくる。
マリルルカはそれを横目で確かめ、壁に貼りついたままの少年に一瞥を投げた。
「今度から、変なのに絡まれたら格好悪くても悲鳴をあげることね。警邏兵への説明ぐらいは自分でしなさい。それじゃあ、ごきげんよう」
これ以上面倒事につきあう気もなく、さっさと踵をかえす。
ところが、それまでぽかんとしていた少年が、マリルルカの背にすがった。
「あ……あ、あのっ、助けていただいてありがとうございます。ぼ、僕、編入してきたばかりで、まだ学園のこと、よくわからなくって……。あの、その、だから、そのぅ……」
マリルルカはものすごく嫌な予感がした。
一方、もじもじしていた少年は、急に勢いよく顔をあげる。
「僕と友だちになってください!」
一大告白をしたかのような達成感が彼の瞳に光り、さらにはそれを照れているのか頬を赤く染めている。
そんな分厚い黒縁眼鏡の軟弱少年を前にして、マリルルカの脳裡で何かがプツッと切れる音がした。
(自分が命狙われてるときに、他人の面倒なんか見てられるか――――っ)
いっそ魂の叫びそのままに怒鳴りつけてやりたい、この鈍くさそうな眼鏡君を! と、マリルルカは切実に望んだ。




