4
リーチェドの背中が温室から見えなくなるのを待って、セーラが四阿へ入ってくる。
茶器を片づけようとした手を制して、マリルルカはティーカップを持ち上げた。そして、はしたないが、冷めたお茶をぐいっと一気飲みした。
「マリー様……」
少しとがめる調子で呼びかけられたが、マリルルカは礼儀作法にかまっていられる心境ではなかった。冷めてもおいしい香草茶で、平静を取り戻そうとしたのだ。
しかし、それは失敗に終わる。ティーカップを卓に置いた途端、急激に頬が熱くなった。
「………………。どういう、つもりかしら」
「ほぼ、求婚では」
冷静な切り返しに、マリルルカはいたたまれなくなって卓に突っ伏した。
「でも、セーラ。テッドは、はっきりとは言ってないわ。……求婚なら、返事をしやすいような申しこみをするんじゃないかしら」
リーチェドの言葉は、直前に父の話をしていただけに、本当の兄のように思ってほしいという意味にもとれる気がする。
突っ伏したままもごもごと話すマリルルカの横で、セーラは手際よく茶器をトレーにのせ、茶請けの菓子を箱に仕舞い直す。そうしながらも、考え深げに答える。
「場の空気というものがあります。雰囲気から察すれば、求婚の意志がこめられていたように見受けられました。……けれど、そうですね。リーチェド様ははっきり申しこまれませんでした。ですから、これに関してはお返事に悩む必要はございません」
「えっ、どうして」
「貴族間の婚姻は、一般的に家から家へ申し入れるものです。リーチェド様に求婚の意志があられるのなら、いずれカラヴェイン家に申しこまれるでしょう。お返事するのは、それからでも遅くありません」
抑揚のない口調で現実を語られて、マリルルカは少し冷静になる。
マリルルカはもう商人の娘ではない。自由恋愛で結婚して、慎ましい家庭を築けるわけではないのだ。貴族の結婚は、さまざまな思惑の上に成り立っている。リーチェドが伯爵家に婚姻を申し入れたら、そうした観点から結婚を考えなければならなくなるだろう。
だが、マリルルカは六年前まで商家の子どもだった。だから、簡単に家と家との婚姻と割りきることも、愛情を抜きにして結婚を考えることも、そうそうできない。
ふいに、マリルルカは卓から顔をあげた。さっきまで自分のことで手一杯だったが、頬の熱が下がるにつれ、昨夜のセーラのことが脳裏に浮かびあがってきた。
――セーラは、テッドの言葉をどう思ったんだろう。
卓上に置いていた両手で、ぎゅっと握り拳をつくる。拳の力を抜いて両手をひざの上にそろえると、思いきって切りだした。
「セーラは、……テッド従兄さまのことを、どう思ってる?」
ティーカップを水で拭いにいこうと背を向けかけていたセーラは、きちんとマリルルカに向かいあった。
「リーチェド様もマリー様と同じ伯爵位を持つお家のご子息です。家格はつり合いますし、三男であられるので、婿養子としても問題はございません。問題があるとすれば、姑がアシュレー様の二番目の姉上シジュキア様だということぐらいでしょうか」
嫁姑問題があることを指摘されて、マリルルカは思わず頭を抱えそうになる。だがしかし、いま話題にしているのはそういう話ではない。マリルルカはめげずに続ける。
「そうじゃなくて、テッド本人のことを……」
「マリー様をよくわかっていらっしゃると思います。ふだんは良家のご子息の手本のような方ですが、先ほどはマリー様のことを慮って、あえて先にお帰りになったのでしょう」
確かに、リーチェドに紳士らしく寮まで送り届けられたりしたら、どんな醜態を晒したかわからない。ろれつが回らず、蹌踉とした足どりでは、まるで酔っぱらいだ。冷静になれるよう距離を取ってくれたのだろう。
マリルルカは内心、頭を抱える。ある意味、正しい答えは返ってくるが、悲しいかな、まったく主旨が通じていない。このまま聞かずにいようかと、怖じ気づきそうになる。だが、聞かなければ、セーラの気持ちを蔑ろにしてしまう気がした。
マリルルカは、まだピンとこない恋愛感情よりも、友情に重きを置いていたから、大切なセーラを知らずに悲しませるようなことはしたくなかったのだ。
マリルルカはしっかりとセーラの目を見据えた。
「テッドのことを、どう思っているの」
真剣な眼差しに、セーラは一瞬虚を突かれたような表情になる。聡いセーラなら、マリルルカの聞きたいことに気がついたはずだ。彼女には珍しく、迷うように瞳がゆれる。
はぐらかさないで、と訴える眼差しから、セーラはうつむいて逃れた。
「……。申しあげることは、できません」
セーラはうつむいたまま頭を下げると、マリルルカに背を向けた。
* * *
「獲物を確認、――と」
朝靄に白く霞む木立のなかで、人影が大樹にもたれていた。
小さな紙片に裁縫針で穴をあけている。それを終えると細く巻き、小指の先より小さな筒に詰め、きちんと封をする。
――ピュ――――イ!
靄を切り裂くように、鋭く高い指笛が鳴る。
騒がしい羽音が大樹の下に舞い降りてきた。人影が差しだした腕に躊躇なく留まったのは、ねずみ色のどこにでもいるような鳩だ。大樹の迫り出してきている根っこの上に下ろすと、いっしょにしゃがんだ人影は慣れた手つきで筒を鳩の足にくくりつけた。
鳩を両手でつかんで、立ち上がる。次の瞬間、鳩は勢いよく放り上げられ、大空を羽ばたいていった。
靄にまぎれて消えた鳩を見送りながら、人影はうんざりした様子で舌打ちする。
「……まったく。よもや盗人の真似事をさせられることになるとはな」
〝神の箱庭〟に獲物があろうとも過たず射る〝赤月の矢〟という、暗殺組織の売り文句が泣く事態である。
あってはならない失態があったとはいえ、盗みの依頼(しかも別口)を請けるなど前代未聞だ。仲介人に暗殺者としてのプロ意識を持てというのは無理だろうが、せめて玄人の誇りは慮ってほしい。窃盗など、貧民街の子供でもやっていることなのだ。
明らかに、盗みの仕事については熱を欠く。
「とはいっても、助かったといえば助かった、か?」
暗殺の依頼者は、とにかく早く片付けてくれと急かしてきたので、下調べが十分にできないまま決行となってしまった。そのせいで、標的が強力な護符を身につけている情報を得られず、暗殺を失敗してしまったといえる。
(あんな高価な石を常に身につけているなんて、お貴族さまの無造作にはほとほと感服するがな。石の性質上は正しいんだろうが、――いや、しかし、アレの正統な持ち主じゃないということだった。命の危険には反応したようだが、石が失われても呼び戻すことはできないはずだと。標的の警護は守り手が主体、か。……まあ、あの守り手一人ぐらいなら、どうとでも料理できる。とにかく、まずは指輪をうまく手に入れる策を考えるか。護符さえなければ、いつでも殺れる)
考えを巡らせながら、人影は踵を返す。
「フン、専門外の依頼がきたおかげで、重要な情報が簡単に知れた訳だからな。宝探しなんて軟弱なことまでさせられた身としては、本意ではないが、ね」
口中でつぶやかれた愚痴は、大気を震わせることはない。冷たい靄とともに、しっとりと森の土に沈んだ。
加筆修正が追っつかないため、更新を少しゆっくりにしようと
思います。
これからは、一週間内で一章(3~4話)分を、
数日にかけてUPする予定です。
次回の5章は、来週の更新となります。
もし毎日更新を楽しみにしてくださっていたら、
すみません。
……まだ今一つ、やる気が足りないorz




