表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証の花  作者: 夏和白
4 薔薇水晶
PR
15/39



「――あのとき、テッド従兄弟さまが助けてくださらなかったらと思うと、今でもぞっとするわ。本当に、ありがとう」

「姫君を守るのは男の務めだよ。それを彼らは放棄するどころか、あまつさえ君を傷つけようとしたんだ。拳骨一発ですんで僥倖だったろう」

 喧嘩に割って入ったテッドは、まずは無言で三人の従兄弟の頭に拳を見舞った。そして、救い出したマリルルカの怪我の有無を調べた。膝小僧の擦り傷を見つけると、マリルルカの肩を抱いて邸に連れ帰り、メイドに手当てを頼んだ。その間、ずっとそばにいて、労るように頭を撫でつづけてくれた。

 リーチェドが楽しげに思い出し笑いをする。

「それにしても、マリーはすごいね。あのときは、マリーの手当てが優先だったから喧嘩の詳細まで聞かなかったけれど、男三人を相手に一矢どころか二矢も三矢も酬いている。初対面で、伯母上方を手玉に取ったそうだしね。応接間での出来事をエイミリカ伯母上から伺ったときは、さすがカラヴェイン家の女性だと感じ入ったよ」

「テッド。誉め言葉に聞こえないわ。貶しているの?」

 きまり悪げにうつむく。頬が赤く染まった。

 リーチェドはくすくす笑いながら、胸に手をあて気どった礼をする。

「もちろん、我が従妹姫に賞賛は惜しみません。カラヴェイン伯爵家といったら薔薇の花だからね。美しいゆえに棘を持つ、薔薇そのものだと誉めたんだけどな」

 その手がマリルルカに伸ばされ、指先が頬をなで赤銅色の髪を絡めとる。薔薇の花を楽しむように、やわらかくあえかな触れ方で髪を梳いて、マリルルカの細い首に手をそえた。

「……昔のように、ここに身につけているんだね」

「…………」

 マリルルカは呼吸を忘れて、テッドを凝視する。

 首に触れたリーチェドの小指の先が、わずかに襟元に忍びこんでいた。そこから外気の冷たさとあたたかな指先の体温を感じる。人さし指がそっとマリルルカの輪郭をたどった。

「――失礼いたします。お茶をどうぞ」

 セーラが、ティーカップを音もたてず丁寧に卓上へ置いた。リーチェドが持ってきたお菓子は皿に移され、茶請けとして供される。お茶の準備をすませたセーラは、何事もなかったように四阿の外まで退いて、いつでも用を聞ける、けれど目立たない場所に立った。

 リーチェドもマリルルカも、しばし気抜けした表情で沈黙する。ふと、仕方がないといった風に、リーチェドが苦笑した。マリルルカに伸ばしていた手を下ろす。

「わざわざ食堂まで行って、お茶を煎れてきてくれたんだね。ありがとう」

 セーラは無言で軽くお辞儀する。

 マリルルカはここにきて、心臓がバクバクし始めた。なんだか突然汗が噴き出てくる。

(た、助かったあぁ。セーラ、ありがと~)

 テッドに触れられていた間、心臓が止まるかと思った。呼吸は確実に止まっていた。あのままいけば、遠からず気を失ったかもしれない。今だって、椅子から転げ落ちそうなぐらい脱力してしまっている。マリルルカはいいところを邪魔されたとは微塵も思いもせず、ほとんど命の恩人のようにセーラへ感謝を捧げた。

 心底ホッとしているマリルルカの頭を、テッドがぐしゃぐしゃにかきまぜる。マリルルカは非難の悲鳴をあげる。

「テッド!」

「ごめんごめん。つい、ね」

「もう……。でも、よく憶えているのね。あのときしか見せたことがないのに」

 場の空気が変わり、マリルルカは安心して話を続けた。制服の下に隠した鎖に指をかけ、外へ引っぱり出す。

 現れたのは、銀の鎖のペンダントだ。指先から落ちる鎖には、指輪がひとつ通されている。銀製の台座に水晶玉があしらわれた品だ。

 水晶玉をじっと見つめていたリーチェドが、感嘆の吐息を洩らした。

「昔見せてもらったときも素晴らしいと思ったけれど、今でも、いや成長した今だからこそ、価値がよくわかるよ」

 一般的に石が水晶ならば高価な指輪ではないが、マリルルカの水晶は特別だった。薔薇水晶――石色が薔薇色のものではなく、透明な水晶のなかに薔薇の花が咲いている細工物だ。その薔薇は瑞々しく生気に満ちて、香気さえほのかに漂ってきそうだった。

 それもそのはずで、大きさこそ違うが、それは本物の薔薇なのだそうだ。水晶を魔力で結晶化させる魔法があり、薔薇を取りこんで結晶化させ小さく凝縮したものが、マリルルカの水晶なのである。

「それ、昔はぶかぶかだったね。今はどう?」

 リーチェドが、指輪をはめてあげようと手を差しだす。

 思わずその場面を想像してしまったマリルルカは頬を染め、しかし、首を横にふった。

「これは、お母さまのものだから……」

 指輪を手のひらにのせて、複雑な表情で視線を落とす。懐かしさだけではない、苦さをも含んだ眼差しだ。

 嫌悪ともとれる苦さを見てとったリーチェドは、ためらいをふりきるようにして口を開いた。

「あのときは、母上の形見だと聞いたけれど……、その指輪は……」

 マリルルカは、指輪をぎゅっと握りしめた。

「ええ、わかっているわ。これはきっと、伯爵家のものだったのでしょうね。昔は知らなかったけれど、魔法石というのは宝石よりも高価な石だもの。そのうえ、この石は魔法石でも珍しい細工物。いくら裕福でも、母には買えない品だったと思うわ」

 薔薇の細工が物語っている。この指輪を母エリカに贈ったのが、伯爵家当主でありながら薔薇男爵という称号で呼び慕われていた、アシュレーだったことを。

 幼い頃は指輪の素性など考えが及ばず、無邪気に母の遺してくれた宝物として肌身離さずにいた。けれども、もとの持ち主があの父だと思うと、捨ててしまいたい衝動に駆られる。だが、母がとても大切にしていた指輪だ。すでに自分の一部のように馴染んでもいる。捨てることも、宝石箱に入れて遠ざけることもできなかった。

 リーチェドがちょっと驚いたように目を瞠った。

「……君は、指輪の……ぁ、いや。……伯父上は、マリーの母上のことをとても愛していらっしゃったんだね」

「どうかしら」

 マリルルカは指を開き、薄紅色の花弁が美しい薔薇水晶を見つめた。

 結局は、母を捨てた人だ。それでも、これを贈ったときのアシュレーはエリカに愛情を持っていたのではないかと、一縷の希望を手放せないでもいる。水晶に咲く薔薇は、やわらかに幾重にも重なる花弁が華やかでありながら優しく、母を彷彿とさせたからだ。

 都合のいい空想だと、マリルルカはふっと自嘲した。

「マリー……。伯父上が、嫌いかい?」

 気遣わしげに、リーチェドが問いかけてくる。

 マリルルカはただ沈黙した。

「……伯父上は、君をすごく大事にしていた。マリーはそうは思えない?」

「ちゃんと話したことがない人のことは、わからないわ」

 淡々とした答えに、リーチェドは諦めたように吐息をつく。その気持ちを切り換えるように軽く首をふると、リーチェドは席を立った。

「じゃあ、僕はちゃんとわかってもらえるように、言葉を惜しまないようにしよう」

 そう言ってマリルルカの傍らにひざをつくと、彼女の手を指輪ごと両手で包みこむ。

「辛いこと、悲しいことがあるなら、話してごらん。マリーの話なら喜んで聞く。君を、支えたい。そしていつか、僕がそばにいることが幸せだと語ってくれると嬉しい」

「テッド従兄さま……?」

 真剣な眼差しを受けて、鼓動がトクンと鳴る。言葉の意味をよく吟味できないうちに、リーチェドが包みこんだ両手に口づけを落とした。鼓動が大きく跳ねる。マリルルカの手にふれたわけではないのに、やわらかな唇の感触を知ったような気がする。

 マリルルカを見上げたリーチェドは優しく微笑んで、両手をほどいた。

「そろそろ、お開きにした方がいいね。……先にいくよ」

 暗くなってきた空を眺めたリーチェドは、立ち上がるとセーラにも一声かけてから、温室を後にした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ