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証の花  作者: 夏和白
4 薔薇水晶
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14/39

いじめ描写があります(特に後半、手が出てる)。

苦手な方は、お気を付けください。


 互いに沈黙し思いに耽る時間が、夕闇に覆われていく。

 リーチェドが組んだ両手から少しだけ額を上げた。海色の双眸は細められ、手に隠れた口許は微笑んでいるかのようだ。

 その眼差しがまっすぐ見つめている先に気づき、マリルルカはドキッとする。

 マリルルカが物思いから覚めたのを知ったテッドは、小さく笑った。

「叔父上のことを思い出していたら、あのときのことも思い出したよ。君と初めて会った日のことをね」

「ああ、叔母様方に私がお披露目された時ね。……あの日は本当にさんざんな日だったわ」


 カラヴェイン伯爵がマリルルカを引き取ってから一年が過ぎたころ、伯爵の姉妹が一堂に会した邸の応接間で実の娘だと紹介された。

 伯爵の姉妹は四人おり、姉が三人で妹がひとりだ。いずれも貴族に嫁いでいた。しかし家を出たにも関わらず、たびたび実家のことにうるさく口を出していたらしい。

 それゆえか、伯爵はマリルルカを引き取ることを、姉妹には一切告げなかった。事実が発覚してからは、伯爵邸への出入りさえ禁じた。

 その措置に、叔母たちは一致団結して抗議したそうだ。曰く、身分の低い女が生んだ娘が伯爵家にふさわしいか、見極めるための場を設けろと。彼女たちの夫や舅姑を始め、友人知人も伯爵の説得に巻きこんで、外出中は四六時中まとわりついていたという。それでも半年以上も要求に応えなかったのだから、さすがは伯爵家の主というべきだろうか。

 この期間中に、マリルルカは淑女のふるまいを作法の先生に叩き込まれた。町中をどろんこになって走り回っていたマリルルカにとって、行儀作法はまどろっこしい言動に満ち満ちていた。だが、血と汗と涙の苦行が、叔母たちと会うのに必要最低条件だったのだ。

『アシュレー。この貧相な子が我が伯爵家の令嬢だというの?』

『あらまあ、本当に痩せっぽちだこと! それにその赤い髪の品がないことったら』

『ちっとも似ていないわ。貴方の子だと騙ってるんじゃなくて? 素性はきちんと調べたのでしょうね。卑しい者は、嘘をさも真のようにふるまうのが巧いと聞くわよ』

 マリルルカを前にして、挨拶をする隙すら与えず、叔母たちは開口一番まくし立てた。ちなみに、台詞は長女シェンドルカ、四女アンゼリカ、次女シジュキアの順である。

 そんな姉妹を制して、伯爵は娘に挨拶させた。

 ドレスをつまみ、片足を引いて腰を軽く落とし、お辞儀する。努力の結果、叔母たちは目を瞠り、息をのんだ。

『初めまして、叔母さま方。マリルルカでございます』

 声音は高く、小鳥が囀るように可愛らしく響く。顔をあげると、叔母たちの罵詈雑言など聞こえなかった風におっとりと微笑んでみせた。

 叔母たちは一瞬怯む。そんな己にムッとしてか、すぐに皮肉げな表情をして口を開きかけたが、マリルルカが先んずる。

『叔母さま方のお話はかねがね伺っておりました。皆さま、立派なお家に嫁し、よく家政を取り仕切っていらっしゃるそうですね。淑女の鑑として、ぜひ叔母さま方に学ばせていただきたいわ。これから、どうぞよろしくお願いいたします』

 相対する叔母たちはぐっと言葉に詰まった。淑女の模範と評されたその後に、安易な嫌味など言おうものなら自らを貶めることになる。悔しげに睨めつけてくる叔母たちの中で、ひとりおとなしかった三女エイミリカだけが静かにうなずいた。

『……よろしく、薔薇の子のマリルルカ』

『お姉さま? 薔薇の子だなんて、下女が生んだ子を名誉あるカラヴェイン伯爵家の娘だとお認めになるのっ?』

 三女は肯定も否定もしなかった。なんの感情も浮かべていない双眸を、ただマリルルカに向けていた。姉ふたりは苦虫を噛みつぶしたような顔で、目くばせしあっている。

 マリルルカは内心で、薔薇の子という言葉にちょっと首をかしげた。だが、すぐに納得する。伯爵家が薔薇の栽培や新品種の作出に長けていることは有名なので、それにかけての言葉なのだろうと。

 叔母たちの沈黙に乗じて、マリルルカはさらに淑女らしく話題を提供する。

『叔母様方には、お子さまが何人もいらっしゃるとか。私、従兄弟がたくさんできて、嬉しゅうございますわ』

 品よく弾んだ声で言うと、伯爵が『では、挨拶してきなさい』と退出をうながした。

 叔母たちは子どもを連れてきていたらしい。臍を噛んだが、伯爵の命令に叔母の前で逆らうわけにはいかない。笑顔で辞去を申し出て、応接間を後にした。マリルルカが扉を閉め切る前から、叔母たちは伯爵に詰め寄って口々に文句を言い立てていた。


 さて、一難去ってまた一難だ。高慢ちきな叔母さま方の情報はセーラに教えてもらっていたから対策を立てて臨めたが、従兄弟たちの話は仕入れていない。あの叔母が母なのだからおおかた想像はつくが、子どもである分、口先で弄することは難しい。

 マリルルカもまた十歳の子どもだったから、同年代の少年がいかに幼く手が早いか、身に滲みてわかっていた。祖父母宅にいた頃は、近所の男の子とよくやりあったのだ。

 平民でも貴族でも、男の子であるならば、そう変わらないだろう。さもすれば、甘やかされて成長した貴族の子弟の方が質が悪いかもしれなかった。

 案の定、庭で遊んでいた従兄弟たちは、挨拶するマリルルカを白けた目で見下した。

『女王陛下の覚えめでたい伯爵家が、本当に商人風情の娘を認めていると思ってるのか』

『大きな顔ができると思うなよ!』

 ドンッと加減なく肩を押される。マリルルカは、小さく悲鳴をあげて尻餅をついた。

 やはり貴族のお坊ちゃんも手が早かった。三人の従兄弟たちは皆そろって剣呑な雰囲気だ。下手に出るか徹底抗戦するか、マリルルカはしばし悩む。

『エイミリカ伯母上が、薔薇の子だと言ってくれたからって図に乗るな。おまえは伯父上の気まぐれで引き取られたのさ。どうせ飽きたら捨てられる。身の程をわきまえておけ』

 応接間にいなかった彼らが知るはずのないことを、堂々と言い放った。覗き見していたのをばらしたも同然の台詞に、マリルルカは鼻白む。高貴な生まれを誇っているにしては、やることがずいぶん品位にかけている。

 あきれかえり、マリルルカは第三の選択肢を採りあげた。無視である。すでに挨拶はしたのだから、義務は果たした。これ以上つきあってあげる義理はない。そう結論を下し、マリルルカは立ち上がると何事もなかったかのように踵を返した。

 その行動に呆気にとられていた従兄弟たちは、我にかえると侮られたといきりたった。従兄弟のひとりが追いかけてきて、マリルルカの肩をつかむ。

『生意気だぞっ、卑しい腹から生まれた分際で!』

 乱暴に振り向かされたマリルルカの瞳に鋭い光が過ぎる。第三の選択は脳裡から吹っ飛び、頭に血が駆け上る。

 繊手が一閃した。

 従兄弟が悲鳴をあげる。平手をまともに喰らったのだ。

『この……っ、よくもやってくれたな!』

 つかみかかってきた手を、マリルルカは返す手で勢いよく払った。ばちん、と弾けるように打擲の音が響き、従兄弟の手の甲が真っ赤になった。

『痛い!』

『なっ……おまえ、レスターの家は子爵家だぞ、おまえごときが軽々しく触ることも許されないのに』

『女のくせに、僕たちに逆らうな!』

 マリルルカの思わぬ反撃に、詰め寄りかけていた従兄弟たちは怯んで二の足を踏んでいた。しかし、怒りは倍増したようで、顔を赤黒く染めている。

 だが、彼らの怒りは、マリルルカのそれに比するべくもなかった。

『女のくせに? 私から言わせてもらえば、男のくせに女の子ひとりを締めあげるのに数が三人も必要なあんたたちの方がよっぽど情けないし、貴族を鼻にかけているわりには上品じゃないと思うけど?』

『なんだと――!』

『へらず口を叩けないようにしてやるっ』

 口では敵わないと覗き見でわかっていた彼らは、再び突進してくる。

 マリルルカは横に避けるとレスターの足を引っかけた。よろけた彼の背を突きとばす。次に、レスターに気をとられた従兄弟に飛びつくようにして体当たりをかけた。転ばせるには体重が足りなかったので、従兄弟が体勢を崩している隙に、しゃがんで彼の片足を抱えて持ち上げる。完全に平衡を失った従兄弟は、もう一人を巻きこんで倒れた。

『卑怯で馬鹿なあんたたちに、私のお母さまを悪く言う資格なんてないわ!』

 そう怒鳴ると、マリルルカは身体を翻して一目散に逃げた。うまく奇襲は成功したが、男の子三人を相手に殴り合いの喧嘩で勝てるわけがない。悔しいが、逃げるが勝ちだ。

 脱兎のごとく走りだしたマリルルカを、よろよろと起きあがった従兄弟たちが追う。最初、女の子に転ばされたショックからか出足の鈍かった彼らは、徐々に速度をあげてきた。

 マリルルカは背後を気にしながら、ドレスの長い裾に悪態をついた。布をたっぷり使ったスカートは、予想以上に足にまとわりついて走りにくい。追いつかれる前に人のいるところか隠れ場所を見つけなければと、マリルルカはスカートをからげあげる。

 ところが、それが視界から足許をさらに隠し、障害物から注意をそらせた。石だったのか地面の凹凸だったのか、何かはわからないがマリルルカはつまずいた。派手に転ぶ。

 痛みをこらえ、すぐさま起きあがったが、レスターの手がマリルルカの腰のリボンをつかんだ。リボンがほどけた分だけ前進できたが、途中で跳ね返るようにして後方に引き戻される。すかさず、従兄弟のふたりがマリルルカの両脇を固めた。レスターがマリルルカの頭髪をつかんで振り向かせようとする。こめかみが引きつって痛い。抗って暴れると、髪の毛が何本か抜ける音がした。

『このっ、じゃじゃ馬め、覚悟しろ!』

 拳が迫る。マリルルカはぎゅっと目を閉じ、歯を食いしばった。

『レスター、何してるんだ? クライブ、ジュール、おまえたちもだ!』

 絶体絶命のそのとき、現れたのがリーチェドだった――。



過去いじめ編、終わりです。

次回は現実時間にもどってきます。


ふとポイントを見ると、

評価してくださっているのに気付きました。

ありがとうございます!

初めてなので、小躍りしました!!

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