表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証の花  作者: 夏和白
3 北の塔の君
PR
11/39

大変、大変長らくお待たせしました。


 誘う――何に? 


 上の空でそう思った途端、思考が動き出した。

 マリルルカは相手の腕から解放されたのに、胸にしがみついたままだった。彼が手を下ろしているゆえに、マリルルカの方が木に押しつける構図になっているが。

 いまだ恋人たちのように――しかもマリルルカの方が――寄り添っていて、誘うの意味を問う方がおかしい。

 現状の体勢をより理解したせいか、鼓動が今になって早く打ちだした。急に相手の温かい体温を意識してしまう。力のこもった拳をなんとか解きながら、マリルルカはどうにか自分を抑えて相手を突き飛ばさずに、よろよろと一歩後退した。

「……さ、さそう……なんて……」

 いつもなら威勢よく言い返すところだが、声がうまく出ない。しどろもどろで口にできたのは、頼りなげな声での曖昧な否定だった。なにしろ無意識とはいえ、しがみついていたのは彼女の方だったので。

 うつむいたマリルルカがあまりにも情けない声をだしたためだろう、彼は逆に申し訳なさそうに覗きこんでくる。

「ごめん、冗談だよ。ふつうに頼んで、どいてもらえばよかったのにね。女の子に対して失礼なことを言った。すまない」

 もちろん、年若い未婚の女性に対して侮辱になりかねない台詞ではあったが、マリルルカの行動も十分に紛らわしかった。異性を木に押しつけ抱きついて熱心に見つめるなど、品行方正な淑女のすることではない。相手が紳士でなければ、こちらにその気がなくとも、状況を盾にとって迫られかねない危険な行動だったと言える。

 自らの迂闊さに思い至って青くなりながらも、マリルルカは慌てて首をふった。

「こ、こちらこそ。助けていただいたのに、お礼も言わずにごめんなさい。あの、ありがとう」

「助けたというか……」

 彼は途中で口をつぐみ、ふと林の外へ顔を向ける。

「貴女が飛びこんできたからね。巡回兵に見つからないように、成り行きだった。自分のためだから気にしないで。それに、強引に身動きを封じたりして悪かったね。貴女は、逆に怒ってもいいぐらいだと思うよ」

 肩をすくめてみせ、苦笑気味につづける。

「しばらく巡回は来ないだろうから、暗い場所で話しこむのは止めにして、庭園の方へ戻ろうか」

 確かに、顔立ちもはっきりとわからない林の中でいつまでも突っ立っていることもない。マリルルカが承諾すると、相手は手を差し出しかけたが途中で思いとどまったように下ろした。おそらく顔も見えない相手の手を取らせるのは、平時となってはマリルルカをためらわせると慮ったのだろう。代わりに先に立って、歩きやすい場所を選んで林の外へ導いてくれる。

 木漏れ日ならぬ木漏れ月の光が、前を行く彼の髪を時々輝かせた。月光よりも眩い陽光色の金髪に、目が奪われる。予想通りの明るい髪色は、想像以上に目を惹き、マリルルカは足許を時折確認していたものの少々危なっかしい足取りでついていった。

 それがいけなかった。

 林を抜けようかという明るくなった足場にマリルルカは安心して、先に月光の下へ歩み出た相手の後ろ姿に見惚れた。

 豪奢な金の髪だけでなく、その一挙手一投足でさえ優雅で双眸を瞠らせる。美しい動きに息をのみ、思わず足を止めてしまったほどだ。

 マリルルカがついてこないことに気付いたのか、前を行く彼が振り返りかける。

 あわてて駆け気味に足を出したマリルルカは、地面へ注意を払わなかった。

 結果、三歩で木の根につまづいた。

 勢いがついていたため、両手両膝をつきそうになる。だが、冷たく硬い地面を予測し身構えた身体には、思いがけず軽い衝撃しか伝わってこなかった。

 しなやかな硬さと柔らかな温かさに包まれたマリルルカは、覚えのある感触に頬が熱くなる。ついさっき、しがみついていた相手が抱きとめてくれたに違いなかった。

 そっと窺うように視線をあげる。

「大丈夫?」

 間近で心配そうに問いかけるのは、さほど年の変わらない少年だった。

 と、思考ができたのは、そこまでだ。マリルルカは目どころか、魂まで奪われそうになる。

 アーモンド形の双眸、通った鼻筋、薔薇の花弁の唇や少女と見紛う繊細な輪郭は、精緻な造りと絶妙な配置がなされている。それこそ神が丹精込めて創りあげた最上の生命のごときだ。

 そして、どこより視線を捕らえて離さないのは、瞳だった。金の睫毛が影を落とす瞳は紅玉石のごとき澄んだ深紅。その深紅の光彩は砂金が混じったように、月光を弾いている。それが真実金混じりの深紅なのか、それとも金の髪や睫毛が映りこんでいるだけなのか、マリルルカは無意識に確かめようとして少年の双眸を覗きこんだ。月明かりを宿した瞳は、星持ちの紅玉石を思わせる。

 茫然としながらも食い入るような眼差しを受けて、少年が困惑気味になる。

「何か、僕の顔についてるの? それとも……この目が気持ち悪い?」

 少年はまるで紅い瞳を隠すように、伏し目がちになる。

 マリルルカはあわてた。髪一筋も嫌悪などなかったのに、不躾な視線で傷つけてしまった。

「私こそっ、ごめんなさいっ。まるで宝石みたいだと思って見とれていたの。決して気持ち悪いなんて思わなかったわ。一瞬たりとも」

 勢いこんで言いきると、少年は目を丸くした。それから破顔する。笑顔は無邪気で、神がかった美貌の近寄りがたさをやわらげた。

「そう、ありがとう。貴女の瞳も緑柱石のように澄んで輝いている。僕も見惚れた」

 なんの気負いもなくさらりと誉められたマリルルカは、二の句が告げられない。危うくまた思考停止しそうになるのを踏んばるあまり、全身が固まってしまう。心臓が飛びだしてきそうなぐらい、鼓動が跳ねていた。

 笑顔をふわりと微笑に変えた少年が、マリルルカの肩を支え、もたれかかっている身体を起こす。

「立てる? どこも痛めていない?」

 小首を傾げ、優しく尋ねてくる。

「えっ、ええ! 大丈夫よ。その、たびたび迷惑をかけてごめんなさい」

 どこか胸の片隅の方で離れた温もりを名残惜しく感じるのを、脳裏でぶんぶんと首をふって振り払い、なんとか答える。至近距離でぼうっと見惚れないでいられる自信はなかったので、ほっとしたのも事実だった。

 とはいえ、適正な距離をとっても、マリルルカは相手の顔をまっすぐに見ることはできなかった。視線を喉元へ据えるので精いっぱいだ。

 落ち着かなげなマリルルカを宥めるような穏やかな雰囲気で、少年は安堵の息をついた。

「怪我がなくて、よかった。騎士の役目を果たせたようだね」

(騎士! ……彼が、私の騎士……!)

 思わず、自分を姫君のように守ってくれる騎士の少年を想像してしまい、内心で悶絶するマリルルカである。騎士役が神々しすぎて釣り合っていないが、それでもさらに顔へ血が上る。

 そんな想像をしてしまう自らから逃げたくて、マリルルカは思いつくままにとにかく口を開いた。

「あ、ありがとう。ええと……あなたも、夜の散歩を楽しんでいたの?」

「ということは、貴女も僕と同志の口なのかな。今夜は月がすごく綺麗だから」

「そうね。私も満月に誘われた口よ」

 話題が変わって、マリルルカはちょっとだけ力が抜ける。ここにきてガチガチに硬くなっていたことに気づいた。

 少年がうなずいて微笑む。

「他にも、こんなふうに夜を楽しむ人がいるのを知って、嬉しいよ。でも、夜更けに独りで散歩なんて勇敢だね」

 ひとり歩きを指摘され、わずかばかり責められているような気がしたマリルルカは、負けず嫌いを発揮して言い返す。

「勇敢も何も、学園内で危ないことなんて、いつだってないわ。とても安全なところだもの。警邏兵の巡回だって、だいたいの順路と時間はわかっているし。何かあっても悲鳴さえあげられれば、駆けつけてくれるわ」

 言い訳がましくなったのは、疚しい気持ちがあったからだ。本来なら命を狙われている者が、夜中に単独で行動するなど噴飯ものだ。それ以前に、貴族の令嬢がぶらぶらとひとり歩きすること事態、厳重禁止事項だったが。

 少年は不思議そうに首を傾げる。

「闇が怖くないの? 貴女は人間の女の子なのに」

「別に、暗いのは怖くないわ。本当に怖いことは、もっと他にあるから……」

 理解の色を双眸に浮かべた少年は、「なるほど」と笑った。

「そうだね、巡回内容も把握しているんだものね。夜の散歩の熟練者が、闇を怖がることはないか」

 しょっちゅう徘徊していることを見抜かれたマリルルカは、頬を赤く染める。きまりが悪かったが、先ほどの奇妙な言葉が気になって、そろりと少年を窺う。

「……あの、あなた、私のことを人間って、やっぱり……精霊、の人、とか?」

 マリルルカにしては歯切れが悪く、変な問いかけになった。

 少年のあまりにも人離れした美貌や色彩は、魔法学の講義で見た精霊に近い。似ているが、また少し違った雰囲気があるようにも感じる。そう思っていたところに人間の女の子と言われたので、真相を確かめずにはいられなくなったのだ。

 尋ねられた当人はしばし沈黙し、弱ったように眉を下げる。

「……いや。人間で、ここの生徒だけど」

 少年の手が優雅な動きで、着ているコートの襟をちょっと持ち上げてみせる。

 ボタンをかけずに羽織ったコートも、その前身ごろの間から覗くシャツとズボンも、中等部の制服だった。

 迂闊なことに、マリルルカはそのときまで彼の着衣が制服だと気づかなかったのだ。少年の容貌が、見慣れた制服をまったくの別物に見せていたのかもしれない。

 そして何より――。

「私、あなたのことを知らないわ」

 彼ほど目立つ生徒がいたならば、噂なりとも小耳にはさんだことがあるはずだ。けれども、この少年に対する噂話はひとつも聞いたことがなかった。

 少年はマリルルカがやってきた方向、月明かりに浮かびあがる寮棟へ顔を向ける。その中のひとつ、教職員寮を指さした。

「僕は講義に出席したことがないから、生徒に友人も知人もいない。僕を知っているのは、先生方と世話係の人たちだけだ。あの北の塔に、僕は住んでいる」


(――北の塔の君!)


 マリルルカは、通り名を叫ばないよう両手で口を押さえた。




今回は投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません。

超絶多忙な盆を乗り越え、前話を改稿したものの、

夏バテが重なり、やる気の糸がぷちっと切れてしまっておりました。

そしてその後も改稿が難航し、元原稿に差し替えてやろうかと

画策する体たらく……。

いやもう、そうしないと今月中に投稿できない気がしていたのでorz


次回からは、これほど間が空くことはしばらくないと思います。

た、たぶん!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ