知られざる一幕 Ⅱ
ゴルトの監視役として派遣していた兵士が、全員殺されたことは直ぐに本隊に知らされた。
「馬鹿な! 『二世代目』だぞ! そう簡単に倒されるわけがない!」
「それが、一人は首を刎ねられ、一人は心臓を一撃で刺されたようです。最後の一人は全身をばらばらに切り刻まれて……」
「ぬう……」
副官の言葉を聞いて、セオリスは唸った。
首と心臓。確かにそれは『二世代目』であっても即死する。問題は、最後の一人だった。首を刎ねられるか、心臓をやられれば『二世代目』でも即死するが、全身をばらばらに切り刻まれるとは? 傷は死なない限りとんでもない早さで癒える。首を刎ねてから全身を切り刻まれたのだろうか?
「うちの隊の秘密を探ろうとしたのか?」
「わかりません。ゴルトも同じように切り刻まれたようですから、そうとは限らないのかも知れません」
切り刻まれても『二世代目』の死体は、そこら辺の死体と変わらないはずだ。
セオリスは唸った。
まさか、ほぼ一瞬にそれだけ斬りつけられたとは、常識人であるセオリスにはわからなかった。人間離れした剣士の存在をラジアの隊長は知らなかった。
「いったい、何者だ……」
「生き残った城の者の証言によれば、羅青族一人と数人の『シエイカ傭兵騎士団』らしき者です」
「『シエイカ傭兵騎士団』か……」
『シエイカ傭兵騎士団』に生き残りがいれば、ゴルトに復讐を考えても不思議ではない。毒を盛られ裏切られたのだ。
『シエイカ傭兵騎士団』は隊を二分していた。もっとも、カルサ峠の方に戦力を集中させていたので、そちらが主戦力だった。この主力はカルサ峠前でラジアの正規軍を相手に奮戦していたが、クラシード正規軍が撃破され、退路を発たれる前にゴルト領まで後退した。殿を守りカルサ峠でラジア正規軍を撤退させたのが羅青族とのちに『赤槍のサリュウ』と呼ばれることとなった小隊長サリュウである。サリュウの行方は知れない。ゴルトで目撃された羅青族がカルサ峠の羅青族ならば、『赤槍のサリュウ』も生きていて襲撃に参加した、と考えられる。
ゴルト領で領主に毒を盛られ、『シエイカ傭兵騎士団』主力は成す術なく壊滅した。このときも少数だが参謀と小隊長を初めとして数人が落ち延びている。
ラジア軍は合流してクラシード王都を攻め落とした。主力を失った『シエイカ傭兵騎士団』はこのときも激しい抵抗をみせ、最後まで王族を守ろうとした。最後にはクラシード王家の降伏とともに『シエイカ傭兵騎士団』の隊長も降伏した。
あまりにもラジア軍に被害をもたらしたため、『シエイカ傭兵騎士団』の隊長はクラシード王族とともに首を刎ねられ晒し者にされた。
しかし、最後の王女を連れて逃げた副隊長ヒューリーを初め、やはり数人が落ち延びている。
この中のどこで落ち延びた隊員でもゴルトへの復讐を考えても不思議ではない。
「平隊員は普通の捕虜と同じ扱いだったな……次はどう動く?」
ゴルトへの復讐を果たした後、襲撃者はどうするのか。
王女と逃げている一団を探すか、それともラジアに対して復讐を考えるか。復讐を考えているとすれば――どこまでの範囲なのか。セオリスの隊も復讐対象として見る事はできる。
「……気味が悪いな」
「何の話だ?」
割って入った声にセオリスは振り返った。
青い髪に背筋が寒くなるほど整った美貌。派手な花鳥風月を散らした衣装を纏った男――キョウだった。
キョウならこの城のどこに入り込んでもおかしくない。
「『二世代目』が三人殺された……羅青族が関係しているらしい。やはり『シエイカ傭兵騎士団』の中に番がいるとしか思えん」
「そうか」
気のない返事だった。
「三人だぞ。一人だとしたら、こちらが有利なはずだ。あちらは同数の番か――『二世代目』がいたとしか……」
「だろうな。俺以外にも酔狂なやつがいたものだ」
どこまでも無関心な返事だった。
それも仕方ないのかもしれない。羅青族にはラジアの行く末などどうでもいいことなのだ。まして自分の系列で生み出された『二世代目』など塵芥に等しい。
「やる」
キョウがセオリスに手に持ったものを突き出した。
渡されたものは小さな袋で細かい刺繍が入っていて、なにやら変わった魅惑的な匂いがする。
土産のつもりなのだろう。ときおり気まぐれにキョウは異国の品物をセオリスによこす。
「いつの間にきたんだ?」
「ご挨拶だな、そろそろ時期だと思ったから来てやったのに」
カラコロと東方の履物だという木製の靴が音を立てた。
「くっ……」
セオリスは顔をしかめた。
番に起きる発作。半月に一度程度、誰とも肌を重ねていなければ異常なほどの性衝動に支配される。誰かに鎮めてもらわねば――自分ではどうしようもない。
「お前から強請られるのを待つのも一興だが、間に合わせに別の男を使われるのも業腹だ」
「だ、誰がそんな真似を!」
これは抱くことではおさまらない。抱かれなければ駄目なのだ。金銭で体を売る男女はどこにでもいる。しかるべきところへ行けばいくらでも相手はいるが――女のように抱かれてよがる自分を男娼にでも晒したくはない。
「お前なら相手に不自由はしないだろう? 『二世代目』にでも命じればすむ」
「馬鹿を言うな!」
部下になど、余計に醜態を晒したくない。
誰が中年のいかつい男など抱きたいものか。
そんな弱みを見せるのは矜持に関わる。
キョウが目を細めた。
「いい事だ。誰かに相手をさせてみろ、俺が殺してやる」
自分で言っておいて嬲るようなことを言う。
セオリスにはこの羅青族の考えていることが分からない。
なぜ自分なのか。執着しているようで放任する。ふらりと現れてはセオリスを弄んで姿を消す。発作が起きる前に必ず現れるが――セオリスが拒めば発作が起きるまで本当に何もしない。発作を起こしてのた打ち回るセオリスを目を細めて眺めている。恥も外聞もなく哀願するまで放置しては、自分のものだと刻み付けるように嬲る。
羅青族の睦言なのか繰り返し「俺の番」と呼ぶ。
こちらの羞恥も屈辱も苦悩も、自分の与えたものなら甘露だとばかりに目を細めて眺めている。
いったい自分のどこにそうも執着するものか。
そもそも羅青族の番の特性を軍が知ったのが始まりだった。
羅青族の下から逃げ延びた番が人とは思えぬ力を持ち、傷を瞬く間に治したという。羅青族から逃げるときに手を貸した船乗りの子供が片腕を失い、住まいを変えるときに、誰にも秘密だと子供に血を与えた。
新しい住処につく頃には子供の腕は再生していた。
これに驚いた船乗りがその番を探したが、もうどこにもいなかったという。
遠い海の向こうでは羅青族の血が万病に効くとも、不老の秘薬だとも言われているらしい。
たまたまラジア軍がめぐり合った羅青族がキョウだった。
話を訊けば――キョウは番についてあっさり情報を提供した。
羅青族の番となったものは、羅青族に準じる身体能力や治癒力を得ることや、老化が羅青族並に遅くなること。その効果は永劫に続くものではないことと、発作のこと。
番の血の効果についてはキョウも知らなかったようだ。
ラジア軍としては羅青族と番について研究したいところだったが――さすがにそれは拒んだ。
次善の策として軍の誰かをキョウに番としてもらって、番本人に協力してもらうというものを提示した。
番の候補として若くて見目のよい男女を集めていたが、キョウはその誰にも興味を示さなかった。
キョウが番候補として選んだのが――当時からの責任者であるセオリスだった。
お前なら番にしてもいい、とキョウが言った。
番としての役目を果たすのなら、それ以外は何をしようと自由だと。
中年のいかつい親父のどこが気に入ったのかいまだに謎だが、セオリスはキョウの条件を呑んで番となった。
未だに自分より若々しく美貌の男に抱かれるという境遇だけは慣れないが。
他にも番を作ってくれれば研究も進むし、『二世代目』ももっと増やせるのだが、キョウがセオリス以外のものを番にするのに難色を示している。
番は一度に一人――何人も要らない。頑なにそれを主張する。
キョウに無理強いはできない。機嫌を損ねて協力を拒否されれば、そこまでだ。人間にはなにもできない。羅青族を捕らえることなどできはしないのだ。
人間にできるのはせいぜい機嫌をとって協力させることだけだ。
そして、それができるのはセオリスだけらしい。
「ニグル、後を頼む」
セオリスは副官に後を任せて場所を変えることにした。
なにも言わなくてもキョウはセリオスの後についてきた。
「場所を変えるのか?」
「当たり前だ」
部下のいる前でなにかされたくはない。
「そうだな。『二世代目』にお前が誰のものなのか教えるのも一興だが、わざわざ見せるのももったいないか」
後から抱きしめようとするキョウにセオリスは顔をしかめた。
「部屋まで我慢しろ」
この続きはお月様更新時までお待ちください。
それとは別に続き書きますので二重にお待ちください。お待たせして申し訳ありませんです、はい。




