リサイクル
近所の小さな模型屋――「ホビーショップたなか」では、月に一度、限定のソフビ人形が入荷する。
その日、開店前の店の前に、そうたがいた。
近所の小学二年生で、みつ婆ちゃんの駄菓子屋にもよく来ていた、やんちゃなチビだ。
「真昼ねえちゃん、見て!」
そうたは私を見つけるなり駆け寄ってきて、握りしめたガマ口を、誇らしげに開いてみせた。
中には、十円玉と百円玉が、隙間なくぎっしりと詰まっている。
「ゴリオンの、クリアブルー版。今日しか売らないんだ。三ヶ月、おこづかい全部貯めたんだよ」
並んでいる箱の中で、青く透き通ったロボットのライオンが、朝の光を浴びてきらきらと輝いている。
そうたの目は、それ以上に、きらきらしていた。
「よかったね。これだけあれば、絶対に買えるよ」
「うん!」
私は、自分のことみたいに、ちょっと誇らしい気持ちになった。
午前十時。
開店のベルが鳴った、その直後だった。
ぞろぞろと、異様な雰囲気の大人四人組が店に入ってきた。
全員、スマホを両手に三台ずつ持って、肩からは大きなナイロン製のカートをぶら下げている。
「はい、棚の在庫全部ね。こっちのアプリで一括決済」
「クリアブルー何個ある? あるだけ全部カゴに入れて」
あっという間だった。
棚に並んでいたゴリオンの箱が、ごっそりと、その大人たちのカートの中へと消えていく。
そうたがガマ口を握りしめたまま、棚に小さな手を伸ばす、その前に。
一瞬で空っぽになった棚を見て、そうたの顔が、ぐにゃりと歪んだ。
「……ない」
転売ヤーの大人たちは、その場でスマホを素早く操作しながら、げらげらと下品に笑っていた。
「よし、フリマアプリに出品完了。三倍。秒で売れるわ」
「おいボウズ、欲しけりゃ定価の三倍で買いなよ。な?」
そうたの目から、ぼろっと、大きな涙がこぼれ落ちた。
声も出さずに、ガマ口を胸にぎゅっと抱えて、肩を小さく震わせている。三ヶ月分の、十円玉と百円玉の重みと一緒に。
私の中で、かっと、熱いマグマのようなものが跳ね上がった。
(――ふざけんな。大人のくせに、そんなことして恥ずかしくないの?)
ぽこっ。
カバンの中で、ククの花が咲いた。
『ウプッ』
ファスナーの隙間から、四枚のカードが、シュルリと這い出てくる。
一枚目。「税金」。
『【税金】。こいつらの全財産に、千パーセントの税をかける。即座に一文無しだ』
「国税庁でもそこまでやらないよ!」
二枚目。うぞうぞと蠢く「蟻」。
『【蟻】。こいつらの体の中から、蟻がわき出させる。死ぬまでだ』
「最悪すぎる! 却下!」
三枚目。「鉄格子」。
『【鉄格子】。今すぐ、塀の中へ。罪状は適当に後づけする』
「冤罪を量産するな!」
四枚目。くるりと矢印の回った「リサイクル」。
『【リサイクル】。これがいちばん軽い。誰も痛い目には遭わん。ただ、こいつらの“やってること”が、そのまま自分に返るだけだ』
そのまま、返る。
私は、スマホの画面を見てせせら笑っている大人たちを睨みつけた。
「……リサイクル。それにする」
私が四枚目のカードに指で触れた、その瞬間だった。
じわ、と。
私の手のひらが、皮膚の奥からあたたかくなった。
うっすらと、あの夕暮れの光が透ける。
(――また、だ)
うさぎ小屋のときと、同じ光。人間から遠ざかる、精霊の兆候。
私はそれを見ないふりをして、ぎゅっと拳を握りしめた。今は、それどころじゃない。
カードが、霧みたいに溶けて消えた。
異変は、その日の夜から始まったらしい。
転売ヤーのリーダー格の男が、買い占めたゴリオンを発送しようと、自宅の倉庫で箱を開けた。
中身が、ぜんぶ、ただの空き缶に変わっていた。
慌てて別の箱を開ける。入っていたのは、使用済みの、つぶれたダンボール。
また別の箱を開ければ、コンビニ弁当の、洗ってないプラスチック容器。
ネットで売っても、売っても。
注文が入るたびに、購入した客には「ただの生ゴミ」が届き、彼らの倉庫には、どこからともなく新しい他人のゴミが自動で補充されていく。
「商品が違う」「詐欺グループだ」――フリマアプリのアカウントは、数時間で低評価と通報で爆発し、即座に強制凍結。
気づけば、四人の転売ヤーの自宅は、天井まで他人のゴミで埋まっていた。
彼らは不気味な怪奇現象に悲鳴をあげて逃げ出した。街には、ゴミの詰まった家だけが残された。
翌日、ホビーショップたなかの店主のおじさんが、奥の倉庫から箱を一つ持ってきて、そうたに差し出した。
「坊主。展示用に取っといた、最後の一個だ。……あんな連中に全部持ってかれちゃ、こっちも寝覚めが悪いからな」
クリアブルーの、ゴリオン。
そうたは、ガマ口を両手で強く握りしめたまま、こくこくとうなずいて、定価ぴったりを、十円玉と百円玉でちゃんと支払った。
帰り道、そうたは、青く透き通ったライオンのソフビを、何度も太陽にかざして歩いた。
透けた光が、その小さな顔に、青いきれいな影を落とす。
さっきまで泣いていたとは思えないくらい、きらきらした顔で。
私は、その横を、ちょっとだけ得意な気持ちで並んで歩いた。
『つまらん解決だ』
家に帰ると、ククが学習机の上で、消しゴムを短い足に挟みながらぼそっと言った。
『蟻なら、もっと派手だったのに』
「派手じゃなくていいの! そうた、あんなに笑ってたでしょ!」
ククは、ビー玉の目でしばらく天井を見つめていた。
それから、いつもの何気ない世間話みたいなトーンで、ぽつりとこぼした。
『人間は、変なことをする。価値のないものに、勝手に数字(値段)をつける。ゴミを作るために、ゴミを、せっせと運ぶ』
「……」
『あれも、土が嫌がる』
「また、土の話? 前も言ってたよね」
『知らん。なんとなくだ』
ぽてっとベッドの上に寝そべって、ククはそれきり黙ってしまった。
私は、自分の手のひらを、こっそり開いてみた。
もう、光ってはいない。普通の、中学1年生の女の子の手だ。
でも――選ぶたびに、私は、たしかに、一歩ずつ。
戻れないどこかへ、進んでいる。
そうたの、あの青いライオンを思い出す。あんなに、きれいだったのに。
私は何も言わずに、手のひらを、もう一度強く握りしめた。




