偶然(?)の出会い
苦笑いしながらのくだらない呟きの最中、ふたたびがさりと茂みが揺れる。
その直後、エルンストは何かの気配を感知した。
それは、さっきのような気配を感じられないほど小さな生き物じゃない。
それどころか、その感じる気配には、明確な殺気が混じっている。
しかも、気配の位置はすぐ背後だった。
エルンストは振り向きながら聖剣を構え、全力で気配の主をぶん殴った。
聖剣は、選ばれた者しか扱うことを許さない。
選ばれし者にしか鞘から抜くことは出来ず、資格なき者には破壊は叶わない。
つまるところ、エルンストにとって聖剣とは、永久に使い続けられる棍棒であった。
聖剣棍棒による殴打は、背後の何かに直撃する。
エルンストの手に、確かな手応えが残った。
「ぐぎゃっ!」
醜い悲鳴を上げ、気配の主である大柄な獣は怯み、後退する。
ずんぐりとした巨体と、鋭い爪。
その姿は、クマに限りなく似ていた。
「ふむ。モンスターじゃないな。なら……食えるな」
絶賛狸寝入り(ガチ)中のたぬきを抱えながら、エルンストは意識を献立へ飛ばす。
まず、鍋は基本だろう。
いつもの貧しいスープではなく、肉がごろごろ入ったやつ。
シチューにしても良い。
肉の質次第ではステーキもありだが、無難にハンバーグも……。
いや、久々の新鮮な肉だ。
ここはいっそ、薄くスライスして焼くのも良い。
こいつに食わせるのに、枚数を調整しやすい。
獣臭さは鮮度で変わるから、なるべく新鮮なうちに。
それと、こいつのために薄味を重視すると……。
そんなことを考えている最中――どこからともなく、矢が飛来した。
それはただの矢ではない。矢身そのものが淡い光で構成され、空気を裂きながら軌跡を描いている。
明確な、攻撃魔法だった。
「なっ!?」
最悪の可能性を想定し、慌ててエルンストはその場を離れる。
光の矢はまっすぐ獣の方に向かい――着弾する。
爆弾のような激しい衝撃と爆音が響き、「ぎゃがぁ!?」とクマの悲鳴が轟く。
接触部が、抉れていた。
声にならない悲鳴を上げながら、クマはその場でのけぞり頭部を抑える。
既に戦意は喪失している。
だが、矢は止まらない。
無数の矢が獣へ襲い掛かり、肉は抉れ、骨は砕け、いつしか悲鳴も消えて――。
そこには、ただの燃えカスだけが残っていた。
「あっちゃあ……」
エルンストはがっくりと肩を落とし、そっと溜息を吐く。
狙いが自分ではなくクマだったから、善意からの行動なのだろうことは理解出来る。
それでも、肉への未練までは断ち切れなかった。
「だ、大丈夫ですか勇者様!?」
遠くから、可愛らしい女性の声が聞こえた。
地面に着きそうなほど長い、美しい赤髪を揺らしながら、彼女はこちらへ近づいてくる。
外見のレベルは……異常に高い。
エルンストは一瞬、警戒を忘れそうになるほど見惚れてしまった。
こんなに綺麗な人は、ミストラウルでだって見たことがない。
服装も、飾りボタンやケープといった実用性の薄い装飾が施された、お洒落なものとなっている。
下手をしなくても、王都の貴族が身に纏うレベルの衣服だった。
「無事でしたね。良かったです」
そう言って、彼女は「ふぅ」と安堵の息を吐く。
エルンストは無言のまま、彼女への警戒を強めた。
自分は、あまり女性の容姿に強い関心を持つ方ではない。
それでもなお、目の前の存在を美しいと認識してしまった。
さらに言えば、ハニートラップ対策の訓練まで受けているというのに、わずかとはいえ警戒が緩みかけていた。
そして、そもそもの話だ。
こんな田舎の村外れに、王都の貴族に匹敵するような装いをした美女が、単身で現れるなんて――怪しくない部分の方が少ないくらいだ。
「あの……勇者様?」
首を傾げる彼女に対し、エルンストはこほんと一つ咳払いをした。
「ありがとう。助かったよ。ただ、どうも一つ大きな誤解があるみたいだ」
「誤解……ですか?」
「ああ。俺は勇者じゃない」
「えっ!? いや、そんなはずは……。ああ、そういうことですね。わかってます」
にっこり微笑み、うんうんと訳知り顔で彼女は頷いた。
「……そういうことって?」
彼女は近づき、耳元でささやきだした。
「極秘の旅なんですよね。大丈夫、わかってます」
甘い声と、甘い香り。
エルンストは自分の気持ちを誤魔化すように、少し距離を取った。
「いや、そうじゃない。そうじゃなくてな……」
エルンストはそっと、抱えていたたぬきを両手で持ち上げ、彼女へ見せる。
「襲われていたから助けたんですよね。……ずいぶんと、ぽってりしてますね。あと、鼻ちょうちんが……見事ですね……これ……」
すやすや眠る"おたぬ"のお鼻に、ぷくーと膨らむ鼻ちょうちん。
その様子に、彼女はとても感心していた。
「それで、このたぬきさんがどうしたんですか?」
「勇者です」
「……ほへ?」
「これが、勇者です」
「あの……すいません。どういう冗談ですか?」
エルンストは、泣きそうな顔で首を横に振った。
「冗談なら……どれほど良かっただろうか……」
その絞り出すような悲しい声色は、千の言葉よりも強い説得力を持っていた。
ありがとうございました。




