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追放貴族エルンストの受難~たぬきが聖剣を抜いてしまいました~  作者: あらまき


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怠惰なたぬき、たいだぬき


 酒場を後にしたエルンストは、最低限の買い物だけを済ませ、とぼとぼと村を出て行った。

 最初から、わかっていたことではある。

 それでも胸の奥には、残念だという気持ちがじわりと湧き上がっていた。


「まあ、そりゃそうだ。誰だってそうする。俺だって、他人ならきっとそうした」


 足取り重たいエルンストと違い、たぬきはてくてくと満足気に道の真ん中を堂々と歩いていた。


 勇者の旅というのは、そりゃもう過酷である。

 定められた旅路の時点で厳しいことこの上ないのに、断れない勅命が下ることだってある。

 それも、自国だけでなく他国の王からさえも。


 そして当然、それは優れた勇者メンバーであることが前提の旅路であり、勅命だ。

 で、その勇者がたぬきであることなんて想定しているわけがない。


 そんな旅路は過酷というより、遠回しな自殺と呼ぶが近いだろう。

 その上、たぬ勇者に集っているのだから、名誉さえもない。

 むしろ旅路で散れば一族の恥とさえ言われる可能性もある。


 貴族は当然、平民だってノーセンキュー案件である。


 正直エルンストにも、どういう条件が揃えば仲間を増やせるのか、想像さえ出来なかった。


 だからといって、仲間を増やさないという選択肢は存在しない。

 勇者の旅には、『無数の制約』が定められている。

 そしてその一つに、『同行者は最低三名以上』という条件が含まれているからだ


 人数が満たされない限り、『最初の試練』を受けることさえ出来ない。


「最悪の場合……というか、このままだと俺とこいつは、ずっと無意味な旅を続けることになるな」


 たぬきの背を追いながら、小さく溜息を吐く。

 突然、たぬきはぱたりと倒れ、『もう歩けません』みたいな顔でこちらを見てきた。


 しばらく一緒に旅をして、一つわかったことがある。

 このたぬきは、エルンストが想像していた何倍も"ものぐさ"だった。

 これまでの疲れたアピールが、すべて演技だったくらいに。

 これでもかと演技をしてくるその執念は、もはや常軌を逸している。


 つまり、こいつは恐ろしいくらいに、『怠惰』であった。


「嘘付くな。というか、お前俺と会うまでバリバリの野生だっただろうに。ほれ、いけいけ」


 背中を指でぐりぐりすると、たぬきは心底不満そうな表情を向けてから、再び歩き出した。

 さっきよりも大分足取りは重い。

 これも当然、単なる疲れたアピールである。


「……はぁ」


 再び、溜息が零れる。


 怠惰に気づかず甘やかし続け、その上、飯まで好き放題食わせてきた。

 おかげで野宿生活だというのに、たぬきはぷくぷくと丸くなり、毛並みまでつやつやになっている。

 つまり、太った。

 がっつりと太ってしまった。頭に乗せたら、若干首にくるくらいに。


 だからこうして、ダイエットのために散歩の時間を多めに取る必要があった。

 そして当然、散歩ということは旅の速度を短足たぬきの歩幅に合わせるということでもあって……。

 つまるところ、まったく旅は進んでいなかった。


「これで勇者の旅かぁ。……はは」


 乾いた笑いが、口から零れた。


 たぬきは『ゆい?』と鳴きながら首を傾げ、こちらを見てくる。


「いや、何でもない。しばらくは散歩を続けるから、サボるなよ?」


 たぬきはしゅーんとした顔をした後、再び前へ進みだす。


 最初はのたくたと、わざとらしく重い足取りだった。

 けれどしばらくすると諦めたのか、それとも好奇心が勝ったのか。

 いつの間にか、足取りは元通り軽やかになっていた。




 数日ほど、平地での“たぬ散歩デー”をのんびりと消化した後、彼らはようやく森の中へと足を踏み入れた。

 森といっても、鬱蒼とした原生林のようなものではない。

 木々はまばらで、枝葉も空へ伸び切るほどではなく、地面には柔らかな光がそのまま落ちてくる。

 むしろ整備された自然公園に近い、穏やかな空間だった。


 もう少し険しければ散歩を中止したのだが、ここは平地とほとんど変わらない。

 少し悩んだ末、エルンストはそのまま散歩を続行させた。


 てくてくと散歩を楽しむ、もちもちたぬき。

 直後、近くの草むらががさりと大きく揺れた。


 たぬきは動かない。

 いや、動けない。

 反応が、あまりにも鈍かった。


 エルンストはたぬきを庇うように、草むらの前へ出る。

 その瞬間、それは現れた。


「にゃ」


 小さく短い声で挨拶。

 うちのたぬきより礼儀正しいその正体は、灰色の猫だった。


「なんだ、猫か」


 ふぅ、と小さく安堵の息を吐くエルンスト。

 直後、たぬきは今さらにびょんと大きく飛び跳ねて驚き、そしてその場でぱたりと倒れた。

 どうやら、気を失ったらしい。


「これが本当の狸寝入り……いや、つまらんなこれは。……この猫は、あの村の飼い猫か? にしては遠いが……」


 そう思い、じろじろと観察する。

 ただ、その可能性は低そうだった。


 目の前にいる灰色の猫は、毛並みこそ悪いものの、四肢は力強い。

 明らかに、野生を生き抜いてきた個体であった。


「あっ、そうだ。たぬきが勇者なんだから、仲間だって動物で構わないだろ。なあ猫ちゃん。俺たちの旅についてきてくれないかい? 三食昼寝付きでさ」


「にゃっ!」

 猫は肯定とも否定ともつかない声でひと鳴きすると、そのまま元いた草むらへ消えていった。

 どうやら、否定の意味だったらしい。


「三食昼寝付きじゃ駄目か。次はおやつもつけようか」


 そんなことをエルンストは口にする。

 当然本気ではなく、単なる現実逃避であった。


ありがとうございました。

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