明日へと繋ぐそのために
エルンストはリディアを横目で見る。
何の事前相談もない、ただのアイコンタクト。
それでも、ただそれだけでお互いの思惑は大体伝わっていた。
数度の剣戟の末、エルンストの武器が破損する。
高純度である圧倒的な剣技を、人間を凌駕する身体能力から放たれたリシャールの斬撃。
それを武器破壊されるのみで済ませる。
それはそれで器用だなとリディアは妙な感心を覚えながら、エルンストから受けたオーダーを果たす。
破損から即座に次の武器を精製。
打合せしたかとのようなタイミングで武器は手の平に生み出され、エルンストは大振りに身体を回しながら振り抜いた。
斧と槍が一体になった、俗にいうハルバード。
さっきまでの槍とは違う武器だったからだろう。
リシャールの動きに若干の戸惑いが見えた。
(まあ、そりゃそうなるよね)
相手が格下であろうがなかろうが関係がない。
こんなの正面から奇襲をかけられるようなものだ。
リシャールはハルバードの重量級攻撃に耐えながら、反撃で隙を穿ち粉砕する。
重量級であったがゆえに、自重が欠点となっていた。
けれど、今度は先より巨大な大斧でより重圧的な斬撃が降り注ぐ。
かと思うと今度は三つ又槍。
その次は薙刀。
オーダー通りランダムな武器を何も考えず用意したリディアは、エルンストがすべての武器を、一定以上の技量で扱うことに感心を覚える。
「本当に何でも出来るんですね」
エルンストの背後に立ちながら、リディアは言った。
「まあね。どれもそこそこ程度だけど」
「十分に見えますけどね」
「だましだまし何とかだよ」
実際、このような曲芸染みた戦法でければ押し切られただろう。
それほどまでに自力の差があった。
「ですが……時間は稼げました」
リディアの言葉にエルンストは頷く。
たぬもちはびしっと元気に手を挙げる。
血は足りないようだが、負傷の様子はもうない。
オーバーロードの大半をつぎ込んだ治癒能力と、リディアの治療魔法で、血が足りない以外の治療はすべて終わっていた。
また同時に、エルンストの両腕の治療もリディアは既に終えていた。
だからこそ、"時間は稼げた"とリディアは静かに息を吐いた。
そして治癒が終わったということは……。
その変化は露骨なまでに大きかった。
これまで慎重な行動しかしなかったエルンストはいきなり突撃をかます。
その変化にリシャールはわずかにだが狼狽する。
今まで慎重すぎる立ち回りだったのに、ここにきて決死の突撃。
驚かないわけがない。
とはいえ、その程度のこと。
はっきり言ってしまえば、エルンストの突撃など何も恐ろしくない。
むしろ、亀のように守られた今までの方が面倒であった。
馬上槍のような長槍の突撃を、リシャールは正面から受ける。
避ける必要も、受け流す必要もない。
かち合い、そのまますり潰せば良いだけなのだから。
エルンストの槍に剣を合わせ、リシャールはそのままぶつかり合う。
砕けたのは当然、巨大な槍。
その直後――リシャールを、光の矢が襲った。
一本、二本、三本。
連続で放たれる光の矢は、爆弾が直撃したかのような火力で、リシャールの肉をえぐる。
あまりの衝撃に耐えられず、リシャールは追撃に移れずその場を離脱した。
「……なんだその威力。お前どこの所属だ?」
焦げ臭い自分の肉の香りにリシャールは顔を顰めた。
自分の知る魔法使いの一段……いや、二段も三段も上の火力と連射力である。
こんなのが魔法使いのデフォルトと思われたら多くの魔法使いは失業するだろう。
「単なるどこにでもいる町娘ですよ」
微笑を浮かべ、リディアは追加の光の矢を放つ。
それを、リシャールは難なく躱した。
確かに、威力・連射性能ともに尋常ではない。
けれどその軌道は単調で、近接との連携でない限り、避けるのは難しくなかった。
「てめぇのような町娘がいるかよ」
そう吐き捨てている間に、リシャールの傷は完全に癒えていた。
(持久戦は不味いなぁ)
リディアは表情に出さず、内心で頭を抱える。
リディアの治療魔法は即席で傷を塞ぐだけであり、完全に治療するというものではない。
むりやり傷を塞いでいる状態、とするのが近いだろう。
だから負傷そのものが治ったわけではない。
更に言うなら、リディアの体力はもちろん、魔力も底に近い。
だから自分の知る中で最も使い勝手の良く燃費の軽い『光の矢』にのみ攻撃を集中していた。
そうでないと、武器生成に魔力が回せないから。
そして当然、エルンストの方も限界は近い。
治療に加え一瞬の油断で終わる強敵との近接戦闘は彼の精神力をごっそりと削り取っている。
ついでに言えばたぬもちも体力低下と血の減少で瞼が落ちかけている。
みんな共ににボロボロで、笑えるくらいに状況は悪い。
それでも、負けるつもりはなかった。
少なくとも、当のエルンストが勝つ気である限り、リディアは最後までバックアップすると決めていた。
いや、リディアと、たぬもちは。
リディアの援護もあり、リシャールの動きは一対一の頃と比べ大分荒くなっている。
揺さぶれた、と言う方が近いだろう。
おかげで、エルンストは随分と動きやすくなっていた。
また一つ、リシャールに隙が生じハルバードを持ち剣を握る腕に振り下ろしを叩き込む。
――懐かしくも嫌な感触が、腕に伝わった。
すん……と、勢いすべてが喪失し、慣性が消え、反動さえも手に伝わらない、気持ち悪い感触。
つまり、リシャールの無敵状態。
「なっ!?」
リディアのおかげで無効化したと思い込んでいたエルンストは言葉を失う。
驚くのはエルンストだけではなく、張本人のリシャールも想定外らしく、きょとんと間抜け面をしていた。
その、直後だった。
今まで距離を取り続けていたリディアが、突然リシャールの目の前に立つ。
それは完全に不意打ちのタイミングで、リシャールは反応さえもできない。
そして――。
腕に抱かれたたぬもちが、肉球でぺしっと、リシャールを叩いた。
ちくりと肉球に刺さる聖剣の欠片が刺さる。
そうして再び、リディアはリシャールから距離を取った。
間の抜けた瞬間にエルンストリシャールはぽかんと間抜け面をするも、二人同時にすぐその行動の理由を理解する。
「もしかして……」
エルンストが尋ねると、リディアは頷く。
「うん。【魔人】の【魔性障壁】は聖剣での攻撃で封じられる。たぬもちさんだと短期間みたいだけどね」
「……魔人? 魔性障壁?」
「ごめん、説明してる時間も暇もないの。定期的にたぬもちさんに頼らないと勝てないってことだけ覚えといて」
「了解」
それだけ答え、エルンストは武器を構える。
それだけわかれば、十分だった。
ありがとうございました。




