ボロボロでも独りでないのなら
そこに、すべてがあった。
失ったと思ったもの、奪われたと嘆いたもの。
エルンストという男が生きる上で、これだけは護りたいと思った、すべてが、そこに……。
何もわからない。
けれど……もう、そんなことはどうでも良い。
リディアはたぬもちを抱きしめ、治癒魔法をかけた後、エルンストに微笑んだ。
心に強い安堵が宿り、崩れそうになる。
もう、これで死んでも良いと――。
「エルさん!」
リディアの叫びに、身体が勝手に反応する。
戦う意思もない。
気概もない。
それでもなお、仲間の鼓舞に、その身体は動いた。
『武装生成魔法:剣』
リディアの魔法により生み出された疑似の刃を握り、エルンストは後退しながら切り払う。
漆黒の刃は、リシャールの身体に深い傷を残した。
一切意思疎通を取った様子もない連携は、リシャールに回避の猶予を与えなかった。
それに加え――。
「っ……。何故、俺の身体に傷が……」
痛みを堪えながら、リシャールは自分の胴体についた浅い切り傷を見る。
既に修復は始まっており、そう大したダメージでもない。
けれどこの場合、傷が残ったということそのものが問題であった。
今、リシャールの身体は勇者以外に傷をつけられない。
そのはずなのに……。
リシャールはエルンストの手に握られた黒い刃を見てから、たぬきを抱く女の方を睨んだ。
リシャールから距離を取り、エルンストが一息ついた瞬間、黒い刃が消えた。
魔法で生成された疑似武装は、それほど長い時間使えるものではなかった。
「大丈夫ですか?」
リディアはエルンストの隣に立ち、尋ねた。
「ああ。おかげで助かった」
「それは何より。……と言いたいのですが……これ、状況最悪ですよね。一体どうなってるんです?」
聖剣は砕かれ、エルさんもたぬもちさんもまあ見事にボロボロ。
ついでに言えば敵は、何かヤバげな気配を纏っている。
それはまるで、同族のような……。
いかにもすべて知ってる風な感じで出て来たリディアだが、じつのことを言えば何もわかっていなかった。
ここまできた経緯さえ、良くわからなすぎてうまく説明出来ない。
強いて説明するならば、"夢の中に犬と女の人が出て来た"となるだろう。
「最悪じゃないさ。リディアもたぬもちも生きてる」
「まあ、そうなのですが……」
リシャールが剣を構えた瞬間、二人の身体がぴくりと反応する。
流れるよう、エルンストと前に出て、リディアはその斜め後ろに立ち連携を取る。
いつもの、二人のコンビネーションだった。
いや、今は二人と一匹だが。
「もう少し状況把握したかったですが……そんな余裕はありませんね。私は毒の後遺症と無茶してここまで来たので、立ってるのもつらい状態です。エルさんは?」
「左手が前の負傷で疼いてるのと、右手の甲を踏まれて折れてる」
「最悪じゃないですか……」
「君が入る。なら最悪じゃないさ」
そう言って、エルンストは微笑んだ。
想像していなかった返しに、リディアは目を丸くする。
その後、小さく溜息を吐いた。
「武装は、剣で良いですか?」
「いや、何でも良いから長物で頼む。出来るか?」
「できますが……使えるんですか?」
エルンストは少し恥ずかしそうに、答えた。
「実は俺、剣は苦手なんだ」
振りかぶり、斬撃が繰り出される。
巧みで、鋭く、力強い。
リシャールの放った一撃は、おおよそ剣術の集大成とも呼べるべき、そんな正道かつ王道の斬撃だった。
リシャールの恐ろしさは急上昇した身体能力だけではない。
むしろ、その身体能力を持て余さない技量の方であると、エルンストは考えていた。
通常、急に身体能力が跳ね上がったら、扱いきれないか調子に乗るかのどちらかとなる。
けれど、リシャールはどちらにもならない。
まるで最初から自分はそうであったかのように、その人間離れした肉体を扱っていた。
天才が祝福を生かし、地道な努力を欠かさなかったこと。
人間が出来る最高率の理想を追い求めた結果。
それがリシャール。
エルンストが最も尊敬する男である。
極致ともいえる鋭き斬撃を、エルンストは槍もって打ち下ろす。
エルンストの手には、穂先の鋭い槍が握られていた。
剣に対し、槍は有利。
それは間違いなく事実だろう。
だからこそ、圧倒的実力差のあるリシャール相手でも打ち合いに持ち込めている。
とはいえ、それが限界。
圧倒的有利である槍のリーチを生かし、常に引き気味の立ち位置を陣取り、リシャールの斬撃による“打点”をズラし続け。
すべてを徹底し、それでようやく打ち合いになる程度。
それほどまでに、リシャールとエルンストの間にある実力差というものは深いものだった。
三度の打ち合いにて、エルンストの槍はあっさりと砕け散る。
魔法で生成されたとか、そういう事情はもうこの際関係がない。
リシャールの斬撃に、一般的な武具が耐えられるわけがなかった。
「貰った!」
リシャールは心臓を貫かんと一歩踏み込む。
けれど、顔を顰めながらすぐその場で足を止めた。
直後、振り回すような槍の一閃がリシャールに襲い掛かった。
振り回され、遠心力を乗せた強靭な槍の一撃に、リシャールは強引に剣を合わせ、防ぐ。
距離を置き、リシャールはエルンストを見る。
その手には、先ほどと全く同じ武器が握られていた。
静かにこちらを見据え、構えるエルンストに隙は少ない。
待ちの姿勢である“静”を中心としながらも、ここぞという時には攻めの姿勢である“動”に切り替える動き。
そんな受け身の槍の構えは、エルンストの性質によく馴染んでいた。
「なんで……なんでそんなことが出来る……」
歯が砕けそうなほど噛みしめ、リシャールはエルンストを睨んだ。
エルンストは踏み込みながら体重を乗せ、突きを放つ。
手首をひねり、腕から肩、腰まで回し、回転を乗せた鋭い刺突。
槍のお手本のような一撃。
だからこそ、わかりやすい一撃でもあったた。
リシャールはほんの一歩だけ横に避け、伸びた槍に一撃を放つ。
驚くほどあっさりと、槍は砕け散った。
流れるように、リシャールは袈裟斬りを放つも、剣戟一つ鳴り渡るだけ。
カウンター気味の返しの刃なのに、エルンストは容易く防いでいた。
「それだ! なんだそれは……どうして……どうして何も持っていない状態から動ける!?」
普通の人間は、武器が壊れた後、必ず隙が生じる。
例えすぐに次が出せたとしても、そんなのは関係ない。
武器を失ったその隙間を消すことなんて、不可能だ。
じゃあどうしてエルンストにその隙がないのかと言えば……エルンストは、武器が壊れ、無手になった状態から既に攻撃のモーションに移っている。
魔法が使われるタイミングなんて、エルンストにわかるわけがない。
そもそも、攻撃モーションに入ったなら、魔法をかけるタイミングも発動位置も変わるのだから、最悪手の外に武器が生じる。
だというのに、二人の連携はタイミングがかっちりとかみ合い、武器破壊の隙を完全に補っていた。
まるで、未来が見えているかのように。
リシャールは憎悪を込め、エルンストを睨んだ。
答えなんて、聞かずともわかっている。
彼らが、仲間だから。
信頼し合っているからこそ、無言でそれだけの連携が取れている。
そしてその事実こそが……リシャールが最も許せないことであった。
「何も知らない癖に……」
リディアをにらみつけ、標的を変える。
直後――槍が風を切り、リシャールの腕を裂いた。
確かに、エルンストはリシャールと比べ、はるかに格下である。
けれど、目の前で目を離して放置出来るほど小物ではなかった。
ありがとうございました。




