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追放貴族エルンストの受難~たぬきが聖剣を抜いてしまいました~  作者: あらまき


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破滅の末路


 それはまるで、ダイヤモンドダスト。

 無数の光が微細な粒となって舞い、煌めきは空気に溶けてゆく。

 砕けた聖剣の破片は、世界を輝かせた。


 銀光の世界が失われゆくなか、リシャールは満足げな、それでいて邪悪な笑みを浮かべていた。


「これで、一つ」

 はっきりと、そう口にした。


 すべてを奪うと言った。

 だからこれは、まだその一つ目に過ぎなかった。


 とはいえ……エルンストにとって聖剣が砕けたなんてことは、正直大したことではない。

 むしろ、壊し足りないとさえ思っているくらいだ。


 伝承が確かならば、たとえ聖剣が壊れようともその使命は果たさねばならない。

 だからいっそ、その運命ごと壊してくれないだろうかとさえ思っていた。


 そう――リシャールが思う以上に、エルンストは聖剣に価値を見出していない。

 けれど……次は違う。


 リシャールは、右手を横に広げる。

 その手から、黒い靄があふれ出した。


 揺らめく黒い墨のような何か。

 いや、それは靄なんて曖昧なものではない。

 それは確かに、炎で――。


 エルンストの顔が、真っ青になった。

 理解したくもないのに、これでもかとリシャールのやりたいことが理解出来てしまう。


「や、止めろ! そんなことをしたら……」

 リシャールは、にぃ……と笑い、腕の炎を消す。


 そして――。

「ふたつめ」

 リシャールが呟いた瞬間――一面が、黒で染まった。


 一瞬だった。


 ほんとうに、一瞬。


 瞬きにさえ満たない時間で、黒い業火が広がり、希望の草をすべて燃やし尽くした。


 わなわなと、エルンストは震えていた。

 自分だけの問題じゃあない。

 このホープ草は、この辺り一帯すべての人の、希望だった。

「お前――それは、お前が生み出した希望で……これからの未来の……」

「ああ。そうだな。そしてお前の仲間の命でもある。――だから燃やした」


 そう、必要もないのにわざわざ燃やしたのは、エルンストを絶望させるためだけに。

 大勢の希望であり、自らの英雄の証である希望の草を、リシャールは灰にして見せた。


「燃えた。燃やした。消し炭にした。すべて一切合切、台無しにしてやった。ああそうだ! 俺が、お前の希望をめちゃくちゃにしてやったんだ! あははははは!」


 高笑いをするリシャールの前で、エルンストは膝から崩れ落ちる。

 草が失われたことではなく、リシャールが自分のためにすべてを台無しにしたという事実。

 それが、エルンストにどうしようもない喪失感を与えていた。


 その様子がどうしようもなく嬉しくて、たまらなくて、リシャールは高笑いをあげた。


「あははは……はは、あはははははは! ……は?」

 ふと、リシャールは足元に何かの違和感を覚え、視線をエルンストから自分の足元へ向ける。


 そこに、小さな生き物がいた。

 自分の足にしがみつき、前足をてしてしと叩いて。


「たぬもち! お前……なんで……」

 いるはずがない。

 ここに、いて良いわけがない。

 エルンストの命令に、逆らうなんて出来るはずないのだから。


 けれど、事実そうなっていた。

 こいつだけは逃がそうと思ったのに、そこにいて、そしてリシャールの足を――。


 エルンストの腕が伸びる。

 助けるために、リシャールの足にいるこいつを回収しようとして――踏みつけられた。


「ぐっ!」

 足を踏みつけられ、見下され。

 それでもなお、その手を伸ばそうとエルンストは足掻く。


 その様子を見て、リシャールは考え込む仕草をした後、小さく頷く。

 そして――エルンストの手を、思いっきり踏み抜いた。


 エルンストの手の甲から、乾いた破裂音が――。


「ぐあっ! あ、あああああああああああ!」

 痛みから、悲鳴は絶叫へと変わる。


「更にこうだ」

 ぱちんと指を弾くと、リシャールの位置を起点とし、黒い炎で燃えるこの一帯を取り囲むよう、円形の黒い壁が生成された。


「これで、外にも出られない。こいつを逃がすことも出来ない」

 ぐりぐりと折れた手を踏みつけながら、リシャールは太った小動物を指でつまみ、持ち上げた。


「や、止めろ! やめてくれ! そいつは、そいつだけは……」

 そう……もうそれしかない。

 エルンストにとって家族と呼べるのは、仲間と呼べるのは、世界の内側にいるのは……もう、その子しか……。


「さて、どうしようかね」

 そうリシャールは口で言うが、そんなつもりがないことくらい、エルンストにはわかっている。


 こいつの目的は、それだ。

 エルンストの心の支えを砕き、絶望させること。


 その最後の一歩なのだから、止める道理などあるわけがなかった。


 その間もたぬきは、「わう」だったり「うー」だったりと気の抜ける威嚇音を発しながら、リシャールの顔面にパンチを叩き込む。

 リシャールの防護があろうがなかろうが全然関係ない、真綿で殴るような攻撃をくり返して――。


 ぴっと、リシャールの頬に違和感が生まれた。

 頬に小さな裂け目が生まれ一筋の傷となり、雫を地面に注ぐほどの出血を生む。

 思ったより、傷は深かった。


「――は?」

 怒りと混乱を抑え、リシャールはたぬきの前足を掴み、じっと見つめる。

 そこに、小さな聖剣の破片が刺さっていた。


 どうやら、ここに来る時に踏んでいたらしい。


「どこまでも……馬鹿にして……」

 リシャールはたぬもちを持ったまま、腕を振り上げる。


「やめ――」

 ダンっと、たぬもちは地面に叩きつけられ、そのまま全力で蹴り飛ばされる。

 風船が破裂するような嫌な音が、耳に残っていた。


 勢いは止まらず、そのまま黒の外壁に叩きつけられる。

 小さな体がずるりと壁から落ちた時には、そこに、びっしょりと血がこびりついていた。


「うあ、あぁ……あああああああああああああああああああああ!」

 その叫びが、自分のものだとエルンストが気づいたのは、喉の痛みからだった。

 それでも、声は止まらない。


 憎しみなのか、怒りなのか。

 絶望なのか、嘆きなのか。


 何なのかわからない。

 ただ、どれほど痛くとも、どれほど喪失感に包まれようと、その声は消えなかった。

 絶叫の裏で、高笑いが響く。


 二つの魂が絶望し、共鳴する。

 世界を区切られた黒の空間は、互いを貶め、汚し合う。


 ここは、現世に宿った簡易の地獄。

 ただ苦痛だけが表に出た、救われぬ試練。

 残されたのは、ただ破滅するだけの末路のみ。


 それでもなお、諦めぬ意思がそこに。


 小さな、ちっぽけな魂だけが、その中で諦めずにいた。


ありがとうございました。

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