支え合うということ
リシャールがケノイの猛毒を使えた理由、同時にクリキがその治療薬の材料となる薬草の群生地を知っていた訳。
それには、ちょっとした事情があった。
というのも、そもそもリシャール達が受けた依頼そのものが、その『ケノイの猛毒』に関係するものだった。
薬草の群生地があることはわかっていたのだが、そこを縄張りとする獣がいて回収できない。
だから、その獣を討伐してくれ。
それがリシャールたち四人が受けた依頼であり、そしてアイザレムの街に届けられた巨獣ガルムこそが、その縄張りのヌシであった。
まだルート構築こそ出来ていないが、ヌシがいない以上それが出来ないわけがない。
そしてもし近い将来ルート構築がうまくいき、安定供給出来たらケノイの猛毒の被害は根絶に限りなく近づく。
だからこそ、彼らは英雄と呼ばれた。
彼らが救ったのは、未来そのものであった。
そして依頼を請ける時、リシャールたちはケノイの猛毒についての歴史と、その被害も学んだ。
多くの冒険者が盗賊に殺され、多くの市民が食い物にされた。
だからその被害を撲滅させるため、そしてこれから先、被害者を生まないためにどうか頼むと――。
そこからノータイムでケノイの猛毒の製法を、裏の手を使って手にしたクリキは、優秀と言って良いのか、屑と言って良いのか、判断は難しかった。
そう……知っているのはクリキだけだった。
こっそり使えばバレないだろうと思って、作って持っていた。
切り札とか言って、いざという時に使って、仲間内で「やれやれ俺がいないとお前ら駄目だなぁ」なんて言う妄想のためだけに。
だから、クリキは必死だった。
こと、この状況に至れば、どうしてリシャールが毒を持っていたことを知っていたのかなんて、もうどうだって良い。
重要となるのは、クリキが毒を持っていて、それをリシャールが使ったということ。
誰がどう見ても共犯である。
事実、このままだと間違いなく連座で重罪からの即席処刑コースだ。
リシャールは死んでも自業自得だからしょうがないけど、それに巻き込まれたらあまりにも自分が可哀そうすぎる。
その一心で、クリキは屑無能に声をかけ、サインをもらってきた。
とはいえ……その行為は、クリキの目論見からすれば無駄であったが。
「……へ? 釈放?」
必死に用意した書類の束と、仲間想いを演じる台本。
そして泣き脅しのための目薬を持ちながら、クリキはその事実を耳にした。
牢屋の中で、座り込み俯く。
何もやる気が起きない。
喪失感が、まだ胸に疼いていた。
たった一つ……たった一つあればよかった。
全部諦めた。
正義になることも、英雄になることも、勇者になることも。
だからたった一つ……剣だけは。
そう願って生きたのに……その一つさえ、零れ落ちた。
最も気に食わない存在に施され、屈辱を受け入れ、それでも……。
アレに剣を向けたことに後悔はない。
巻き込んだ奴がいようと、そんなのどうだって良い。
ただ、殺し損ねたことだけは惜しいと思っている。
今となっては、どうでも良いことだが。
牢屋の前に誰かが来た。
リシャールは彼に見覚えがあった。
彼は、自分をこの牢に入れた衛兵だった。
ガチャリと、牢の鍵が開かれる。
衛兵は中に入ってからリシャールの腕を掴み、そっと立たせた後……突然、思いっきりぶん殴ってきた。
「なんで……なんでてめぇみたいな裏切り者が……あんな物を使った奴が……」
まるで、絞り出すような声だった。
尊敬する父をケノイの猛毒に殺された彼にとって、それを使う者は決して許せない、憎むべき対象だった。
そんな彼を無罪とし、逃がすということは、彼にとって屈辱以外の何物でもなかった。
倒れ、動かないリシャールに、衛兵はぺっと唾を吐きかけた。
「……出ろ。釈放だ」
それだけ言って、衛兵は門を開いたまま牢の外に出た。
「……何故だ?」
殴られた格好のまま、リシャールは呟いた。
「何故だ? 知るかそんなこと!? 許されるなら、俺がお前を殺している!」
吐き捨て、そのまま外に出て行った。
よろよろと立ち上がり、リシャールは牢の外に出る。
別に何か考えがあるわけではない。
ただ、出ろと言われたから出ただけ。
今のリシャールに、やりたいことなんて何もない。
……いや、やり残したことは一つある。
けれど、それをするほどの熱意は、もう残っていないが。
建物から外に出ると、ロランとオーレルが待っていた。
彼らの手にある愛剣と防具を身に着け、書類を受け取り、目を通す。
そこには、釈放の理由がつらつらと書かれていた。
「隣街の英雄が犯罪者というのは、よろしくないって。それと……」
ロランはぽつりと呟く。
言いたいことは、リシャールも理解できている。
ようするに、その血の宿命。
サヴァリオンの鶴の一声は、行政のルールさえもねじ曲げる。
街の長達の思惑と、サヴァリオンの思惑が一致した。
その上、被害者は追放された存在。
それがこの結果だった。
「けど、その代わりに……」
オーレルはぽつりと呟く。
リシャールの手元に渡された書類の中には、依頼書が混じっていた。
ある意味において、それは非常にわかりやすい理屈だった。
『手間をかけるだけの価値があると、証明してみせろ』
「呆れるほどに納得できる理屈だ。……お前らが付き合う必要はない。……どうせ泥船だ。俺に従わなくても……」
ロランとオーレルは、リシャールの手を掴み、その言葉を遮った。
「お前ら……」
「あんたと一緒だから、外に出たんだ」
ロランはそう呟いた。
優秀な祝福でも、自信がなかった。
覚悟がなかった。
生かす勇気がなかった。
そんなロランに、広い世界を見せたのはリシャールだった。
「俺は、お前のライバルだ。たとえお前がそう思ってなくてもな」
オーレルは笑った。
リシャールが剣を求める限り、必ずそこに追いつき、追い越す。
絶対に、お前を一人にしない。
それが、オーレルが己に課した誓いだった。
「……見る目がないな。お前ら」
そう吐き捨てるリシャールを見て、ロランとオーレルは苦笑いを浮かべた。
「それで……クリキはどうした?」
リシャールが尋ねると、ロランとオーレルは顔を見合わせ、首を横に振る。
知らないというよりも、どうでも良いというニュアンスがそこにはあった。
「まあ、後で合流するでしょ。……あいつが依頼に来るかどうかは知らないけど」
オーレルはぼやくように呟く。
どうにもあれは気に入らなかった。
仲間であるのはわかっているが、自称ナンバーツーで見下す態度が鼻につく。
リシャールを利用して女をひっかけたり、サボって金だけ持って行ったりとどうにも人生を舐めている。
「まあ、彼にも良いところはありますから……たぶん来ますよ」
庇うようにロランは告げる。
とはいえ、あまり庇えてはいないが。
「……今から行く。構わないな?」
依頼書を片手に、リシャールは尋ねた。
「俺たちは良いが……休まなくても良いのか? さっきまで牢屋にいただろ?」
オーレルの言葉に、リシャールは答える。
「休憩には丁度良い場所だったぞ。お前らもいつか行けば良い」
その言葉に、ロランとオーレルは、つい吹き出した。
ありがとうございました。




