それでも、かつては友であったと
サヴァリオンという同じ姓を持つ者同士であっても、それ自体は別に珍しいことでも何でもない。
ミストラウルだけでも、サヴァリオンの姓を持つ家は百を超える。
それは単に一族の直系であるという程度の話であり、そこに特別な意味など何もない。
だから彼との関係を表す言葉は、友人が近いのだろう。
エルンストにとって、リシャールとはそういう存在だった。
それはまだ、エルンストがミストラウルに居た時。
「よっ。精が出るな」
そう言って、リシャールはランニング後に休憩しているエルンストの肩を叩いた。
「リシャか。そっちも大変そうだな」
「いや。俺はお前ほど色々やらんで良いから気楽なもんさ」
そう言って笑うが、リシャールの身体は全身傷だらけだった。
リシャールの持つ祝福は『身体強化』。
サヴァリオン家の固有祝福とは違うものの、非常に有益なものだった。
一般的な強化系の祝福は、『剣術』や『槍術』など特定の行為に依存するか、『筋肉量強化』など部分的な強化に留まる。
リシャールの祝福はそれらと異なり、身体のあらゆる能力が影響対象であった。
しかも一般的に、強化は対象範囲が広くなればなるほど強化値は下がるものだが、リシャールのそれは非常に大きな強化幅を持っている。
サヴァリオン家という血筋が、そのような優秀な能力を生んでいた。
だからこそ、リシャールの教育方針はわかりやすい。
前衛・近接戦闘。
幼き頃より徹底的に、身体を痛めつけられていた。
特に、その恵まれた容姿を生かすことも相まって、見栄えのよい剣を持つよう強制されながら。
「なあエル。あのさ」
「あん?」
「もし、あんたが旅に出る時があったら……」
「タイミングが合うなら、一緒に冒険するか?」
その言葉に、リシャールは肯定しない。
少し戸惑った顔をした後、苦笑して首を横に振った。
「いや。止めとくわ。あんたとは、相性良くなさそうだし」
「そうか。俺としちゃ、優秀な前衛になるだろうあんたと組みたかったけどな」
「悪いな。それも悪くないが、あんと俺が一緒に居たら嫌がる奴もいるだろうからな」
そう言って微笑み、リシャールは去っていった。
別に、そこまで親しいわけではない。
旅に誘ったのだって、単なるポジショントークに過ぎなかった。
それでも、奇妙な連帯感はあった。
お互い優れた才能を持ってしまったせいで、ろくに友達と遊ぶことも出来ず、修行と勉強漬けの日々。
だからこそ、エルンストは確かに、リシャールという男に友情を感じていた。
そしてきっと、リシャールの方も……。
今でもエルンストは、そう信じたかった。
例え現在恨まれていたとしても、あの頃は、そうであったと。
結局、アイルザムに入れたのは、それから四時間も経過してからだった。
日もだいぶ落ちており、急いで泊まる場所を探さなければならない。
もしくは、そこまで余裕はないが、先に夕食を食べるべきか。
最初はそう思っていたのだが――。
「悪いけど、空きはないよ」
そう、宿でエルンストは冷たく言い放たれた。
「……そうか。邪魔した」
抵抗もせず、エルンストはリディアと共にそこを去る。
もちろん、満席なんて言葉を本気にはしていない。
この宿は不人気で、どうみてもガラガラだった。
満席の可能性は万が一にもない。
けれど、言うだけ無駄である。
なにせ、断れたのはこの宿でもう三件目なのだから。
宿を出る時、くすくすという嘲笑を背に受けたのは、きっと気のせいではないだろう。
「……すまん」
外に出てから、エルンストはリディアにそう言葉をかけることしか出来なかった。
「いえいえ。大丈夫ですよ。気にしないでください」
そう言って、リディアはエルンストを気遣い、慰める。
流石にこの状況が続けば、二人ももう理由は大方察している。
困っていた獣を退治してくれたリシャール達は、今やこの街の救世主。
だから街並みは、まるで祭りのように賑わっている。
そんな中で、彼らが街の人たちに何か言ったとしたら、こうもなるだろう。
正直言えば、わざわざ街の人を巻き込むほど恨まれる理由なんて思いつかない。
けれど、リシャールの最後の"瞳"は、この現状が納得出来るものではあった。
その後、宿を諦め、彼らは補給物資を探しに行って――。
「悪いけど、売れる物は何もないよ」
五件目の店でそう言われ、諦めるようにアイルザムの街を後にした。
腕の中でたぬきを抱きながら、エルンストは月明かりの下を歩いた。
宿に泊まれると思っていた。
それなのに……。
「……本当、ごめん」
エルンストは呟く。
自分だけなら気にもしない。
馬鹿にされるのはしょうがない。
恨まれている理由はわからないが、きっと何かしてしまったのだろう。
けれど、リディアを巻き込んだことは、どうしようもないほどに惨めだった。
リディアは静かに首を振った後……何か大きなものを取り出した。
銀色の巨大な筒のようなもの。
それは……ミルクの入った缶だった。
「こっそり別行動して買っておきました! 後でコーヒー飲みましょう」
そう言って、リディアは笑ってみせた。
「リディア……」
「多少ですけど、色々買ってありますんで、次の街までは何とかなります。何とかします。だから……謝らないでください。エルさんは悪いことしてないんですから」
「ああ。ごめ――違うな。ありがとう。助かるよ」
「いえいえ。ああ、でも……」
「でも?」
「あまりミルク、残りそうにないですね。残念ながら」
そう言葉にするリディアの視線の先は、腕の中のたぬもち。
エルンストの袖が濡れるほど、たぬもちは涎を流し、ミルク缶の方を見つめていた。
ありがとうございました。




