たぬきはまだ眠いです
ずっと……言われてきた。
お前は、特別な子なのだと。
両親からだけではない。
会った親戚全員からそう言われ、王からも特別に声をかけられたことさえあった。
だから、その期待に応えなければと……そう、思った。
皆の期待を背負ったから、どんな訓練にも泣き言を漏らさず耐えてきた。
オーバーロードという祝福を最大限生かすならば、自身はサポート能力を高めるべきだろう。
そう思い、ありとあらゆる支援を学んできた。
直接戦闘から間接支援、医療や調理なども。
並行して、体力も鍛え続けた。
共に行動するならば、きっと自分の体力がネックとなるから。
勇者になろうなんてのは思ったことはない。
けれど、世界に名を轟かす英雄程度にはなってやるなんて、甘いことは考えていた。
能力の対象も、誰にするか悩んだ。
強制支配能力が高いから、敵対勢力さえも選択肢に入っていた。
ドラゴンのような強大な種族をしもべにするか。
もしくは、スライムのような優れた特性を持つ魔物をしもべにして強化すべきか。
あるいは、人間。
優れた祝福を持つ人間を味方にし、ブーストをかけるのが最適ではないだろうか。
そんなことを考え、悩みに悩んで……。
事故った。
不運な事故だった。
一族最高傑作であり、もう二度とこれを超える祝福は生まれないとさえ言われた最上級の祝福は、すべてたぬきを相棒とすることに注がれた。
それは、追放されるには十分すぎる理由だった。
正直に言えば、最初は本当に辛かった。
今まで味方だったすべてに憎しみを向けられ、罵倒され見放された。
けれど、その傷も思ったより早くふさがりつつあった。
罪悪感は残るものの、彼らとの絆が断ち切れたことに後悔がない程度には。
なにせ、今のエルンストには傷ついている暇がない。
たぬきに勇者の責務を果たさせるなんてわけわからない状況に陥っているのだ。
過去を悔やむ余裕なんて、あるわけがなかった。
早朝……エルンストはたぬきを抱きながら料理を作っていた。
どうやらたぬもちさんはまだおねむらしく、うつらうつらと夢心地。
しょうがないから、エルンストは赤子を抱くかのように、抱っこ紐でたぬもちを拘束していた。
「あの……大変じゃないですか?」
リディアは恐る恐る尋ねた。
「いや。むしろリディアのおかげで、大分楽になったよ」
リディアの魔法タイプは万能型。
攻撃に偏っておらず、多くの生活に便利な魔法が使える。
その恩恵にあずかり、火と水は使い放題。
これはエルンストにとって、ありがたいことこの上なかった。
ただ、リディアが言いたいのことは料理とはまったく関係がなく、そのお包みに包まれたおもちの方にあった。
「いえ、火の傍ですし、危ないでしょう?」
大丈夫だと言おうと思い、エルンストはリディアの方を見る。
そこで、リディアの表情から心配しているのではないと気づき、苦笑する。
それは羨ましそうというよりも、もはや妬ましい、いや恨んでいるような視線だった。
「抱いてみたいの?」
エルンストが尋ねると、リディアはこくこくと何度も頷き、両手を差し伸ばしてきた。
エルンストはそっと、たぬきを譲渡した。
「わぁ……」
キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうにリディアはたぬもちを抱きしめる。
温かさや弾力を楽しむように、けれどたぬもちに負担がいかないよう、慈しむように。
よほど動物が好きなんだな。
そう、エルンストが思った瞬間……たぬもちが、突然反旗を翻した。
急に眼を覚ましたかと思えば「うゅ~」だか、「やぃ~」だか、よくわからない威嚇音を発しながら、くるりとリディアの方を向く。
そして、彼女をぺしぺしと叩き出した。
しかもそれがちょうどリディアの胸の位置で、叩かれるたびに大きく揺れている。
エルンストは吹き出した後、慌てて顔を逸らした。
「……もしかして、私この子に嫌われてる?」
リディアはしょんぼりした。
「いや、そんなことはないと思うぞ。本当に嫌なら、抱かれる時に拒否していた。今も嫌というより不快って感じを示している感じだな」
「そう言えば、たぬもちさんの考えがわかるんでしたね」
リディアはそっと、エルンストにたぬもちを返納した。
「なんとなくだけどな」
そう言って、エルンストもリディアを見ないようにしながら、たぬもちをおくるみに戻し、料理を再開した。
ありがとうございました。




