エルンストという男の過去(後編)
エルンストに何があったのか。
どうしてこんなどうしようもない状況になったのか。
それを説明するには、三つの焦点が重要となる。
まずは【祝福】。
次に【サヴァリオン家】。
そして最後に――【たぬき】である。
逆に言えば、エルンストの惨状はその三つだけで大体説明がついてしまう。
「まず、俺の実家――サヴァリオン家って名前に聞き覚えはあるか?」
「いえ、知りません」
その返答にエルンストは表情を変えなかったが、内心ではかなり驚いた。
サヴァリオン家は、この国で知らぬ者はいないと言われる名誉貴族である。
それは単に名声が高いという意味ではない。
一族の数が多く、大都市ならどこにでも関係者がいる。
だからこそ、“知らない方がおかしい”家でもあった。
そんなサヴァリオン家を、リディアは知らないと言った。
あり得ない。
特に、彼女が国内外の諜報員であるなら、なおさらに。
とはいえ、リディアは無意味な嘘をつくタイプではない。
むしろ、正直すぎて心配になるくらいだった。
だったら何故、サヴァリオン一族を知らないのか。
エルンストの頭の中では、疑念と混乱がぐちゃぐちゃに渦巻いていた。
「……あの、エルさん?」
呼びかけられ、エルンストははっと我に返る。
「ああ、悪い。……サヴァリオン家ってのはな、国から血統維持の義務を与えられた名誉貴族だ」
「一族固有の祝福を持っていて、それが特別なものなら、国が保護する……でしたよね?」
どこか他人事のような口調だった。
まるで、自分がこの国の出身ではないみたいに。
(本当にスパイなのか? ぼろが出すぎだろ)
エルンストは苦笑しつつ、話を続けた。
「その通りだ。サヴァリオン家の固有祝福は――『絶対支配』。使役とか、隷属系の能力に特化した祝福だな」
もっとも、“絶対支配”という祝福は、あくまで系列・系統であり、決まった能力というわけではない。
一度だけ命令を強制する能力もあれば、長期間にわたって獣や魔物を使役する能力もある。
逆に、自分が誰かへ隷属することで力を発揮する、反転型の能力すら存在した。
共通しているのは、“支配”や“従属”に関わる力であり、そして概ね有能であるという点。
なにせ基本コンセプトが"支配"である。
国家が興味を持たないわけがなかった。
だから国は、長い年月をかけてサヴァリオン家を保護し続けた。
正しく言えば――その血を。
血の保護と言っても、近親交配の繰り返しは禁忌とされている。
ゆえにサヴァリオンの一族は各地へ分散させ、別々の成長を遂げさせた後遠縁同士という形で血を繋ぎ続けてきた。
ただ、より濃い血を残すために。
「そんな宿命を背負った一族の、その集大成として期待されてたのが、俺だ」
吐き捨てるように、エルンストは言った。
「集大成……ですか?」
「ああ。俺は、一族の中でも特に血の濃い者同士を掛け合わせて生まれた。父母両家系の性質を強く継いで、その上で……もう一つ、“特別”があった」
「特別……?」
「ああ。『制約』だ」
『制約』
それは能力に課されるルールや縛りのこと。
能力制限の縛りを背負う代わりに、その能力自体は大幅に強化される。
当然、制約が重いほど、得られる力も強くなる。
「つまり俺は、“最も濃い血”を持ちながら、同時に“最も重い制約”を背負って生まれたってわけだ」
だからこそ希望だった。
だからこそ、“集大成”だった。
制約は血筋では決まらない。
完全に運による。
ゆえに千年単位で見ても、エルンストを超える逸材はまず現れない――そうまで言われていた。
【オーバーロード】
教会によって、エルンストの祝福はそう名付けられた。
あらゆる存在を支配する、絶対君主の力。
支配した対象の才能を極限まで引き出し、その上でさらに強化する。
まさしく、“王”のための祝福である。
この世界のどんな王族よりも上位に位置するとさえ言われた、最高峰の祝福だった。
「ちなみに、俺に与えられた制約はな……」
エルンストは自嘲気味に笑う。
「支配できる対象が、生涯を通して――【たった一体だけ】ってことだ」
そこまで聞いて。
リディアは、ようやく気づいた。
国に認められた才能。
一族の悲願。
最高と呼ばれた祝福。
そこからの追放。
そして――たぬき。
つまり。
「ま、まさか……」
わなわなと震えながら、リディアはエルンストを見る。
「……事故、だったんだ」
俯きながら。乾いた笑みを浮かべ。
エルンストは、そう呟いた。
ありがとうございました。




