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追放貴族エルンストの受難~たぬきが聖剣を抜いてしまいました~  作者: あらまき


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エルンストという男の過去(前編)


 最近、よく伸びるようになった。

 パンの話ではなく、たぬきの話である。

 もちもちとして、まるまるして。


 つまりデブった。


 仮の名前をたぬもちにしたのは、決意の表れだった。

 ちゃんとした名前が付けられるまでに、痩せさせようという、そんな意図である。


 そして、たぬもち(仮)と名付けられてから、数日が過ぎた。


 残念ながら、もちもち具合に改善の兆しはない。

 進行速度も相変わらずの鈍足で、旅というより散歩に近い有様だった。


 それでも、大きな問題は特に起きていない。

 少なくとも現状に限れば、旅は驚くほど順調だった。




 そして夜――。

 二人と一匹は、いつものように焚火を囲んでいた。

 ぱちぱちと薪が爆ぜる音の中、エルンストは慣れた手つきで夕食の準備を進めていく。


 毎回任せきりなのは申し訳ない――そう思いつつも、結局リディアは彼に食事を任せてしまっていた。


 正直、自分では敵わない。

 火加減も、手際も、食材の扱いも、何もかもが段違い。

 それにもし自分が作ったところで、彼を満足させられるとは到底思えない。


 エルンストはいつも後ろ向きで、自分を過小評価している。

 だが、リディアには到底そうは思えなかった。


 ナイフ一本あれば獣を瞬く間に解体し、弓を持てば一時間もしないうちに鳥でも獣でも狩ってくる。

 道中でも迷うことなく進み、天候の変化にも誰より早く気づく。


 野営の準備も、危険への警戒も、すべてが洗練されていた。

 正直、彼と一緒にいると“旅”というより、“旅行”をしているような気分にさえなる。


 それほどまでに、エルンストという男は頼もしかった。

 これは安心感があるとか、ラッキーとか、そういう感情ではない。

 むしろその逆。


 明らかに――能力が高すぎる。

 少なくとも、リディアの職場にいれば間違いなく上司になっていただろう。


 そんな彼が追放されたというのだから、わけがわからない。

 一体何をして追放されたというのか。


 たぬ勇者という最大にして最も不可思議な存在が前面に出ているせいで見えづらかったが、一度気づけば疑念はいくらでも湧いてくる。


 何故、エルンストはたぬきの従者という立場になっているのか。

 しかもエルンストとたぬきは、時折会話が成立していることがある。

 意思疎通が取れていると言っても良い。


 たぬきなのに。


 普通に考えればおかしい。

 会話が成立していること自体が。


 飼い主とペットが互いを思いやり、なんとなく会話が成立するというのは理解出来る。

 けれど彼らのコミュニケーションはそんなふわっとしたものではない。


 道の真ん中をたぬきが歩き(この時点で野生のたぬきとしておかしいが)、道が二手に分かれていたとする。

 たぬきが勝手に右へ行こうとしたとき、「左だ」とエルンストが言えば、たぬきは不承不承といった顔で左へ移動する。


 つまり、たぬもちには言葉が理解できているということになる。


 ではこの子が普通のたぬきではないのかと言えば、たぶんそうではない。

 どこからどう見ても普通のたぬき……いや、むしろ駄目寄りのたぬきである。


 そして何よりも最大の謎は――エルンストが自分の祝福を明かしていないこと。


 冒険者仲間となる際、祝福を教え合うのは人間同士のマナーであるとリディアは学んでいる。

 神に与えられた祝福は、よほどの事情がない限り隠してはならないと。


 だからリディアは、その疑問を解消するため、尋ねることに決めた。




 夕食を終え、たぬきがいつものように膨らみながら眠りにつく。

 そろそろ自分たちも休むというタイミングで、エルンストはコーヒーを用意し、リディアに手渡した。


「あ、ありがとうございます」

「構わないよ」


 そう言って、エルンストはリディアの隣に座った。


 ぱちぱちと焚火が鳴る中、コーヒーの香りが広がる。

 寝る前の、静かで心地よい時間。 

 一日のしめくくりをするには最高の時間だと、リディアは感じていた。


「……それで、何か話したいことがあるんだよね?」

 エルンストの言葉に、リディアはびくっと肩を揺らした。


「気づいていたんですか?」

「まあね。挙動不審だったから。旅が嫌になったというのなら正直に言ってくれ。別に強制するつもりはない」

「いえ、それは今のところないですね。楽しいですよ。……あまり楽しんだら駄目なのに……」

 ぽつりと、リディアは呟く。


 使命のためなのに、楽しいと感じてしまうこと。

 それに、少しだけ罪悪感を覚えていた。


「真面目だね。じゃあ、悩みは何かな? 俺に言えないこと?」

「いえ、そうではありません。例えば……エルさんって、本当はコーヒー単体じゃなくてミルク入りが好きですよね?」

「ん? そうだな。半々くらいがいいけど……ミルクって旅だと難しくてなぁ」

「次の街の楽しみにしましょう。そういう感じで、好みとかは会話でわかりますけど、他のことは何もわかりません」


「ふむ……つまり」

「はい。エルさんのことを……もっと言えば、なぜたぬもちさんと一緒に旅をすることになったのか、そしてなぜ祝福を教えてくださらないのかとか。その辺りのことを、教えてもらえませんか?」


 エルンストはそっとコーヒーを傾け、空を見上げた。

 悩んでいるというより、困っているような様子だった。


「隠しているつもりはなかったし、隠し事も特にない。ただ……言うタイミングがな。とはいえ……」

「とはいえ、なんですか?」

「少し長い話になるけど、いいか?」

「はい。教えていただけるなら」

「わかった。じゃあ少しだけ付き合ってくれ。コーヒーが冷める前には終わらせるからさ」


 そう言って微笑んだあと、エルンストは自分のことを語り始めた。


ありがとうございました。

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