12 千日草 組:③傀儡の反逆者
「……あの校長こそ、『神隠し』を行っている“ぬらりひょん”ではないか、と」
その一言に、二人は息を呑まざるを得なかった。
「とりあえず、今日は全校集会のみで午前中で終わる。くれぐれも問題を起こさないでくれ」
玄葉はそう告げると、夕柊を睨みつけた。
「なぜに俺を見る」
「お前には前科がある」
「そんな犯罪者みたいに言わないでよ。ただ俺は自由気ままに生きていたいだけなのに」
「それは何のしがらみもない奴の言うセリフだ。一歩動けば妖が群がってくるような誘蛾灯は、軒下でおとなしくしていろ」
夕柊と玄葉の言い合いに「またやっているよ」と苦笑いを浮かべる槐の腕をつついたのは恒心。
「それって『俺たちが守ってやるから』みたいなこと?」
「軒下が玄葉さんたちで――」と、見解を述べる恒心に、彼はたちまち笑い声を上げる。
「いんや。ただでさえ妖ホイホイなんだから無駄に動いて標的を散らすな、って皮肉だな」
「なるほどね」
腕を組み乃々子も苦笑いを浮かべた。
玄葉は槐に、夕柊は識に襟首を掴まれ離されると、互いの保護者は手を振って別れを告げた。
「ほら、夕柊。俺は二人と違ぉてお前を守り切れへんから、勝手に離れんといてな?」
「はーい」
緩やかな夕柊の返事を聞き、一行は軽く校舎内見学の後、全校集会が行われる体育館へ移動した。
「今日登校しとんのは、初等部と中等部や。本来は各々の体育館を使用すんねんけど、今日は夏休み。登校してきた人数も少ないし、中等部の体育館で一斉に行うようやな」
体育館に並んで入ってくるこどもたちを見て呟く識。
滞りなく全校集会が進んでいく中、乃々子が口を開いた。
「辛くないんですか?」
「ん?」
「ずっと閉鎖領域を展開させたままで」
識は玄葉たちと別れてからかれこれ二時間半は閉鎖領域を張っている。
平均維持時間は45分。安定しているものでさえも二時間が限度である。だが、識の顔には辛さの欠片も浮かばず、領域には一切の揺らぎも生じていない。
「優しいんやなぁ。それか、途中で切れたらどないしよーって信用されてへんのかもなぁ」
「いや、そんなことはっ……!」
「ははっ、冗談。まあ、心配いらへんよ。閉鎖領域くらいなら三日間維持できるから」
「み、三日間!?」
声を張り上げた乃々子に隣の恒心が驚いて肩を震わせる。
(白髪の割合から器は大きいのがわかるけれど、それにしても閉鎖領域を三日間維持って……)
眉を顰めた乃々子は、識の得体の知れなさに背筋が寒くなった。
「だって、そんくらいできやんとこどもら守られへんやろう?」
アーモンド形の目を細め、大きな口で弧を描いた識。やや傾けられた顔により、耳から一束髪の毛が落ちる。
「姉さん、姉さん。閉鎖領域を三日間維持ってそんなにすごいの?」
はいはい、と手をあげて問う恒心。
「凄いってものじゃないわ。いかれているわよ」
「ひどい言われようやな」
艶やかな黒髪を後ろに払った彼女は、人差し指を立てると先生よろしく解説を始めた。
「いい? 閉鎖領域も結界の一種。結界は術者の揺らぎに素直に反応を示すわ。だから三日間維持すること、それはつまり平常心を三日間保ち続けるということなのよ」
「それはとんだいかれ具合だ」
「ひどい言われようパート2」
眉を下げて笑った識は、広げた自身の手のひらを見つめて零す。
「俺の契約している神使は戦闘向きやないねん。やから妖と戦うのは他の人らに任せて、俺は後方でこどもらを守る。最後の要でもあるさかい、戦う側からしたら殿には信用できるもんを置いときたいやろう?」
そのまま手を握り締めた彼は、拳を自身の胸に当てる。
「適材適所。その場で自分に合うた働きができるもんが、俺は優秀な人材や思う。経験に勝るもんはあらへんけど、イメージや。妄想とも言うな。ここで妖が出てきたらまずはどう動くか。仲間は誰で、何が得意か。守るべき対象はどのくらいおって、自分に担える範疇か」
「いろんなパターンを考えつくし、実際に体を動かして備える。そんで、巡り会うた時に実践すんねん。できたことは反復、できなかったことはもう一回考えて、備える。ただの積み重ねが最も人を成長させんねんで。無駄やったと嘆きたくなる時間の消費も、自分の糧として知れず積み重なってるもんや」
「あ、じゃあ千日草で識さんがサボっている時間も、本当は無駄じゃなくて糧に繋がっているのか」
「それは――なんや自分、痛いとこつくなぁ」
恒心の純粋たる横殴りに識のライフは、ぐんと減った。
「校長先生のお話。お願いします」
司会を務める初等部教師に告げられ、壇上には車いすに乗った校長が姿を現した。背後には車いすを押す、眼鏡の秘書の姿もある。
駆け足で校長の元に近づいた教師の一人が彼にマイクを手渡した。校長は秘書に片手を上げて下がるよう指示を出すと、マイクの電源を入れて笑顔で声を乗せる。
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
元気と、気だるさと、申し訳程度の声が入り混じった挨拶に微笑んで数度頷いた校長は、再び口元にマイクを寄せる。
「夏休みは満喫していますか? 宿題や課題は――」
突然言葉を区切った校長はおもむろに天井を見上げる。
直後、体育館がミシミシと音を立て始めた。
「……地震だ! 頭を守って姿勢を低く! 先生方は逃げ道の確保を!」
迅速に指示を出していく校長に、自ら動き出す先生たち。
窓が揺れ、バスケットゴールがきしみ、天井の電球は足掻くように点滅。
「きゃあ!!」
「怖いよ!!」
次第に大きくなる揺れにこどもたちはパニックを起こし、体育館に悲鳴が飛び交う。その度に先生たちが「大丈夫だ」と告げるが、彼らの顔にも動揺が見えた。
「……まずいな。『結界』」
そう零し、その場に片膝、片手をついて迅速に唱えた識。
彼を中心に展開された半円型の結界は、体育館内部をすべて覆う。
「これでひとまず物が落ちてきても安全やな」
彼は、閉鎖領域を展開させたまま、上に通常結界を張っていた。相当の熟練者でないと手が出せない芸当である。
「ここまで大きい地震は久しぶりね」
「いや。これは地震じゃないよ。だって床が揺れていないからね」
夕柊の言及に乃々子と恒心は床に意識を向ける。
「……本当だ、揺れてない! じゃあ妖の仕業!?」
識に目配せをした夕柊は返された頷きを見て、翼を生やし自身に閉鎖領域を張りつつ出入口から飛び出した。
ため息をついた識は、こどもたちの対応に追われている玄葉と槐を見やる。彼らもこれが地震ではないと気が付いているが、動けずにいた。
「先生だけやとこのパニックは収まりそうもないなぁ」
と、腰を上げた識は振り返り乃々子と恒心を見据える。
「ということやから、ここはお二人さんに任せるわ」
「ま、任せるって……」
「そのまんまの意味。俺は他のやるべきことを見つけたさかい、ここの結界は君らに任せる。そんな気負わんでええ。尻拭いなら玄葉と槐がおるから」
逡巡を見せた乃々子だったが、腹に溜まった息を吐き出すと「わかったわ」と深く頷く。
「恒心、あたしが結界を張る。だからあんたは閉鎖領域を張って」
「了!」
「『結界』!」
「『閉鎖領域』!」
無事展開された二つの結界を見て満足そうに頷いた識は、自身が展開していた二つの結界を解き、颯爽と出入り口から外に出て行く。
「もう、だと思ったよ」
翼をはためかせて体育館の屋根に降り立った夕柊は、体育館に向けて手をかざしている男性を見てため息をついた。
視線を上げた彼と、夕柊のブロンドの瞳が交わる。
「久しいな」
男性は平坦な声を夕柊にかけた。
「そうだね。俺は会いたくなかったけど」
肩をすくめた夕柊は、顎を引き彼を正視する。睨み返してくるその者の背からは、夕柊同様烏の翼が生えていた。
烏天狗と神使契約を結んだもの。そして、二十年前、蘆名一族から名を消した反逆者だ。
「またちょっかい掛けに来て。暇なの?」
「上の指示だ。俺自身の意思ではない」
彼は都度夕柊の元へやって来ては、遊びの一環のように、自分の方が優れていると示すように、殺すこともなくただ夕柊と一戦交える。
「そうだったね。『桐丸』くんは、奴の傀儡だもんね」
「ああ、そうだな」
男性――桐丸は、体育館にかけていた重力操作を解くと、腕を組み不敵に笑った。
「さあ今日もやりあおうか」
「いいけど、ここじゃあこどもたちを巻き込んじゃうし――」
――ベン
夕柊の声を遮るように、柔らかくも力強さのある音が響く。
振り返った彼の視界に映ったもの、それは屋根上で胡坐をかき琵琶を抱えた識の姿。
――ベン、ベン
再び鳴らされる音に、空間が支配されていく。
「それは心配いらへんよ。俺らのサポートがあんねんから」
一言告げ目を瞑った識は、「さあ『愉鳴』、お前の出番や」と、自身の神使である琵琶に声をかけ力強く鳴らした。
『琵琶牧々』
【琵琶:音色で催眠をかける】
「ありがとう、識。じゃあ桐丸くん、遠慮なく勝負をしようよ」
仄かに口角を上げた夕柊と黒髪をかきあげた桐丸は、同時に屋根を蹴ってとびかかった。




