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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
112/114

11 千日草 組:②繋がる

「……人材補充や」


 孤児院とはあまりに不釣り合いな言葉に聞き返す乃々子。


「……どういうことです?」


「空蝉で生まれる、言わば一族の子やな。が、生まれる数より死ぬ数の方が多い。せやから空蝉の外、現世から人員を補充する必要がある。それらがこの子らやねん」


 何も言葉が返せず、顔を俯かせた乃々子。たまらず、膝上にいる男児を抱きしめた。


(……何も知らないこの子も、いずれは……)


「非人道的と思うか?」

 渋々頷いた綸と乃々子。


「まあ、そう思うのもわかる。が、神恵子になれる可能性が一番高いんは、捨てられた子やねん。捨てられた時点で苦痛を経験しとるからな。物心つく前に捨てられとっても、捨て子いうだけで周りから“そういう”目ぇで見られる」


 麦(むぎ)が手を広げると、乃々子の膝上にいた子も含め三人が嬉しそうに飛び込んだ。笑顔でこどもたちを抱き締める彼の手は、分厚く、荒れている。


「既に苦痛を経験しているから器に妖力を取り込みやすい。加えて、家族に説明する手間が省ける。都合がええねん」


 こどもたちの頭を撫でたり、頬を押したり、くすぐったり、見るからに愛情を注いでいる人間から出るとは思えないほど冷酷な言葉。声も抑揚なくひどく平坦だ。


「……と、いうのが上の考え方や。それも大昔に考えられていたこと」


 一転して笑い出した麦に、綸と乃々子は唖然とする。夕柊は、やっと赤子が落ち着いたようで、そっと腰を下ろした。


「今はちゃうねんで。こどもら自身に選んでもらう。が、なんでやろなぁ。多くの子は現世に残ることより空蝉に行くことを選ぶ。過剰に他者の役に立ちたがんねん」


 頭に巻かれたタオルの下から、しかめられた眉が覗く。口元は弧を描いているが、目は愁いを帯びていた。


「……この子らは、現世ではちょいと他の子とちゃう態度を取られる。生きづらいんかもな」




 晩御飯後の食器洗い中、唐突に恒心が切り出した。


「麦さん、麦さん。僕、ちょっとすごいこと気付いちゃって」

「んー? なんや、聞かせてみぃ」


 冷蔵庫の中を整理していた麦は微笑み、おかずの残りが入ったタッパーを取り出しながら恒心へ視線を送る。が、目の端でおサボり中の識(しき)を捉え、すぐさま彼の頭を叩いた。


「お前はいつまで同じ皿拭いとんねん!」

「いてっ。麦さんほんま目敏いわ~」


「お前の分まで綸ちゃんがやってくれとるやろうが。時間もかかっとるし」


「もう、わかってないなぁ。時間かかればその分一緒におれる時間長なるやないですか。なあ?」


 拭き終わった皿を置き、腰を屈めて綸に同意を求めた識。


「え? あ、はい」


 突然ふられたことに綸は肩を震わせ、困惑気味に微笑んだ。


「あはは、困っとるところも可愛ええね」


 識は顔を綻ばせ、もう乾きかけている次の皿へ手を伸ばした。


「はぁ。すまんな、恒心なんやって?」

「えっと、今は夏休み中だけど、千日草の子は野分(のわき)学園に通うんですよね?」

「せやな」


「ここは大阪じゃないですか。でも、野分学園は長野県」


 その一言に綸の手が止まる。彼の言わんとすることが分かったからだ。


「妖が見えないなら”社(やしろ)さん”も使えないですよね? どうやってあ(・)ん(・)な(・)距(・)離(・)を毎日登下校してるんですか?」


「ほう、ええところ気付くわ。ほんなら明日ちょうど登校日やから、自分の目で確かめてきぃや」




――翌日


「――と、いうわけで頼むわ」

『断る』


 こどもたちの支度を補助しながら、肩でスマートフォンを挟み電話を掛けている麦。相手は、野分学園に中等部の教師として潜入調査中の玄葉(くろば)だ。


「楽しみにしとるんやわ、これが」


 目を輝かせ心躍らせている恒心を微笑ましく見守りながら麦は告げる。


『知らん。それに安全の保障もできない。だから来るな』


「かまへん、かまへん。うちの“しっきー”差し出すさかい」

「いやいや、勝手に差し出さんといてくださいよ。拒否権を行使します」


 胡坐をかいて赤子にミルクを飲ませている識が苦言を呈すが、麦は一方的に電話を切ると腰に手を当て、準備を終えている恒心・乃々子、それから夕柊を指さした。


「おっまえぇ、預かっとる子やろうが! 責任持つのが大人の役目やないんか?」

「言い出しっぺは麦さんやないですか。なんで俺が説教されなあかんのです」


 ちなみに、綸とトトは千日草でお留守番である。


「伝わらんやっちゃなあ。お前を信用しとるから付き添いを頼んどんねん。素直に『はい、よろこんで』言うときゃええ」


「……はい、よろこんでー」

「そうや、そうや。ええ子やなぁ、識は」


 項垂れた彼からは、ゆらりと魂が抜けていたとさ。

 



――野分学園にて


「案外“からくり”は単純だったわね」

「うんうん。僕たちがよく知っているものだったわ」



――――――


「あれ? 今日はお兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒に来るんだ?」

「うん、よろしくね。ところで、学校まではどうやって行くの?」


 恒心が尋ねた時、後ろから楽しそうに駆けてきたこどもたちが彼を追い抜かし、ある場所で止まった。


「ほら、あの扉から行くんだ。すぐにつくんだよ」


 そう。岐神病院へ入る際に使用する“あの扉”を使うのだった。


「麦さんもお人が悪い。口頭で充分説明できることやのに。まあ、“扉の番人”・聖神使の天環(あめのわ)さんが千日草の子ら限定に扉を繋げはってくれる。これが答えや」


――――――



「……はぁ」


 正面から聞こえてきたため息に、見合わせていた顔を正面に送る恒心と乃々子。


 着物ではなくシャツの袖を捲り、額に手を当て明らかに不機嫌な玄葉を見て、恒心は思わず苦笑いを零す。

 元々距離は開いていたものの、乃々子は無意識に一歩下がってしまった。


「麦のやろう、勝手に電話を切りやがって――」


 と愚痴をこぼしていたが小さく息を吐き出すと、冷静さを取り戻した模様。

 だが、邪魔に入るのがこの夕柊という少年。


「玄葉も大変だね」

「お前がいると倍にな」

「まあ、ひどい」


 そんな二人に声を上げて笑う、ジャージ姿が様になっている槐(えんじゅ)。玄葉同様、潜入調査中の一人だ。

 彼は、最初から嫌味のない爽やかな笑顔で一行を出迎えてくれた。


「よろしくな。好きなだけ見学していってくれ。あ、もちろん生徒にはバレずにな?」


「生徒にバレないようにって――」

「『閉鎖領域』」


 言いかけた乃々子を遮って結界を展開させた識。


「いきなりすまんね。どうやら校長先生がお見えにならはったようや」


 識の指さす先には、車いすに乗った温厚そうな人物と、その車いすを押す眼鏡をかけた秘書らしき人物がこちらに歩いてきていた。

 二人は玄葉と槐を見つけると簡単に声をかけ、校舎に向かっていく。


「……車いすの方が校長ですか?」

「うん。かれこれ十年以上はここの校長を勤めてはるわ」


 校長が完全に校舎内に入ったことを確認し、識は閉鎖領域を解除した。


「お前ら、あの校長をどう見る?」

「車いすに乗っている点では珍しいけど、とても良い人そうです」


 槐に問われ答えたのは恒心。


「まあそうだな。他の元現世人に聞いても大抵同じように答える」


 頭の後ろで手を組み苦笑いを浮かべた槐を玄葉は一瞥すると、腕を組み校舎を見上げて呟いた。


「だが調査が入る。不可解な点があるからだ。野分学園は一切穢れが発生しない。これは、どんな奇跡があってもありえないこと」


 一呼吸後、視線を二人に戻した彼は重々しく告げる。


「故に上層部はこう考えている。……あの校長こそ、『神隠し』を行っている“ぬらりひょん”ではないか、と」


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