9 神宮城 組:④追想の手のひらに辿り着いて……
――プップー
電動乗用車の動作を確かめながら侠真は問うた。
「柊ちゃん、どうして『聖神使』に内通者がいると思ったの?」
クラクションに手を伸ばしかけていた手を引っ込めた夕柊は淡々と答える。
「今まで神恵子が神隠しに遭っていなかったのは、神の恵みによって保護されていたからだよ。妖が干渉できないようにね」
「なるほど。“神との契約”を卒業後から入学後に時期を引き上げたのは、あの事件を繰り返さないようにするためでもあったわけか」
乱れた羽織を直して髪をかきあげた飛真は、数度頷きながら納得を示した。
「改正されたあと、当時の初羽・真羽・優羽が一斉に契約しにきたもんねぇ。みかちゃん、『骨が折れるわい』って言っていたっけ?」
首を傾けて懐かしんだ侠真。
「人材早期育成のためと天司さんからは聞いていたが、退学する可能性がある子へ神と契約させることに正直疑問ではあったんだ。これで合点がいった」
「うん。ちなみに進言したの、俺」
「また私らの知らないところで暗躍しているね、君は」
「まあね」
腰に手を当て控えめに胸を張った夕柊に二人は微笑む。
「話を戻しまして~、みかちゃんの他に神恵子と接触できる存在が聖神使ということだね?」
「うん。神隠しをしているあの『ぬらりひょん』と接触して、あれこれして干渉したんだと思う。詳しいことはわからないけど、凪くんが神との契約を断てるようだし」
「神との契約を断てる妖なんていただろうか」
「彼が契約していた神使は『髪切り』。ぬらりひょんの洗脳と合わせて『カミキリ』→『神切り』にしたとか、ね? あくまで俺の予想だけど」
訪れた沈黙を破るように吐き出されたため息。
「う~ん、質が悪いね」
電動乗用車の上で腕を組んだ侠真が、彼には珍しく険しい顔をしていた。
「あともうひとつ聖神使に内通者がいる根拠がある」
「ああ、神宮城に投獄されていた『豹紋』と『リラ』が脱獄していたことだね?」
飛真の見解に頷いた夕柊は続く。
「神恵子じゃあの牢獄には近づけないし、ましてや逃がすなんて無理なこと。聖神使が一枚噛んでいるとしか考えられない」
弟も腕を組んで険しい顔つきになると、深いため息を零した。
「いよいよ本格的に動き出したってことか」
「うむ。あと少しで封印も解かれるし」
「封印? なんのこと?」
「こっちの話」
自分らそっちのけで思案している夕柊に顔を見合わせた侠真と飛真だったが、彼が腹に一物を抱えているのはいつものこと。よって苦笑いだ。
「ひょ、ひょ、ひょ」
「りり、り、りり」
背後から聞こえてくるねっとりとした奇怪な声に思考を止めた夕柊は、眉を顰めそれに近づく。
人の原形をとどめていない妖となった豹紋とリラ。指示する者に置いて行かれたばかりに動くこともできず、虚ろな瞳が世界を写し取っているだけ。
「……『豹紋』くん、『リラ』くん、お疲れ様。どうか、最期は幸せな夢を」
記憶を失ってもなお隣り合っている彼らの額に手を当てた夕柊はそっと唱える。
「『玉響』」
額に手を当てたまま意識を失い崩れ落ちた夕柊を支えた飛真は、彼の頬を滑り落ちる汗を羽織りの袖で拭った。
――――――
「夕柊、“たかい、たかい”してやろうか?」
「えー、豹紋くんよりリラくんがいい。だってリラくんの方が大きいもん」
「なんだと? くらえっ!」
「くすぐるのやめて。リラくん助けてよー」
「え~、仕方ないなぁ。ほいっ」
「わあ、たかーい」
「でっしょ~?」
「そんなのろま亀より俺のほうが早く動けるってのに」
「ちっちゃいウサちゃんってば、負け惜しみかなぁ?」
「ちげぇよ!」
――――――
開かれたブロンドの瞳から静かに流れる涙。
「……二人が俺のこと忘れちゃっても、俺は覚えているから」
二人の胸に手を当てた夕柊は、小さく息を吐き出し器を壊した。
最中聞こえた、「ありがとう」と「ごめんな」。
「……豹紋くん、リラくん……」
止まらない涙を拭っている夕柊の頭に置かれた二つの暖かな手に、彼の瞳から涙の勢いが増していく。
が、頭に響いた声で、彼は現実に引き戻された。
(柊!!)
「……夕、くん?」
(あの時、芽吹きプロジェクトの時に嗅いだ魂と同じ匂いがする!)
(大量に神隠しが発生した時と同じ?)
(うん。近くにいる)
その一言に咄嗟に体の操作権を夕に渡した夕柊。渡された夕は滲む視界を袖で強く拭うと魂の匂いを追った。
「……見つけた」
何もない空間に伸ばした手は、冷たく柔らかな肌に触れる。夕は体を夕柊に戻しそっと消えた。
閉鎖領域が解かれ、あの日見た彼が姿を現し夕柊に微笑みかける。
「また会ったね」
再び潤み始めたブロンドの瞳。
「……思い出した。俺は……、俺らは、この人に魂を――」
「それ以上はまだ言ってはいけないよ」
腰を屈めた彼は夕柊の唇に人差し指を当て閉じさせると、冷たいが温もりが伝わってくる優しい手付きで夕柊の頭を撫でた。
「大丈夫。先に神隠しにあった彼はもう神宮城に送ったから。数日もすれば目覚めると思うよ」
そう言い残し彼は姿を消した。魂の匂いも残さずに。
放心状態でその場に佇んでいる夕柊にいつもより優しめに声をかける夕。
(……柊、もしかしてあの人って)
(うん。魂が欠けた俺らを『半魂』にして助けてくれた人だ)
唇を噛みしめて俯き、二つ分の人生を背負っている胸を両手で強く握りしめた夕柊は、
「ありがとう」
と、何度も感謝を口にし続けた。




