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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
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8 神宮城 組:③惨く。悔い。笑う。


「……それも、『聖神使』の中にね」


 その一言は幸い囁き声だったことで三人以外の者には聞こえていない。


「ひとまず、その話は後にしようか」


 今すぐに問い質したい気持ちを抑えてにこやかに微笑んだ侠真(きょうま)に頷いた飛真(あすま)は、背後へ振り返り迅速に指示を出した。


「波呉(はぐれ)、壱爽(いっさ)。君らは初羽の子らを連れて岐神(ふなどのかみ)病院へ避難しなさい」


「「了」」


 示し合わせていたように開かれた近くの喫茶店の扉。だが、その先は岐神病院へ繋がっている。


「こちらに来い」


 扉から一匹のカモシカが覗き、彼らを扉の中へ通した。

 岐神病院の“扉の番人”、聖神使の神獣・カモシカだ。名は『天環(あめのわ)』。病院と外の扉を繋げているのは彼の能力『奥城之地(おくつきのち)』である。


 ゆのの体を支えた波呉は、「あとは頼みます」と二人の頭領に託し、扉の中へ消えた。


「柊ちゃんは残って良かったの? 外界と繋がっていない病院なら妖も追ってこないでしょう?」


 電動乗用車を巧みに動かしながら夕柊と向かい合った侠真が尋ねる。


「うん。俺がいなくて損することはあっても、俺がいて損することはないからね」


「あはは、そうだねぇ」

「ふふ、間違いない」


 侠真と飛真は顔を見合わせると声を上げて笑った。

 夕柊が生まれた時に既に神宮城に勤務していた二人は、彼の成長を幼い頃から見守ってきた者らのひとりだ。



 ふと、背後から甲高いヒールの音と投げやりな下駄の音が聞こえ機敏に振り返った三人。


「あーあ、凪(なぎ)が渋ったから逃げられちゃったじゃない」

「えー、そんな先のこと知らないし」


 派手な装いにピンクの髪を靡かせている者と、気だるそうにあくびを零した小柄な者が現れた。

 以前、芽吹きプロジェクトで野分(のわき)学園にてエンブレムを巡り夕柊らと敵対した者らだ。


「お出ましだね」


 すぐさま戦闘態勢を取った三人と反して、二人はやけに脱力をしている。


「り、り、り」

「ひょひょ、ひょ、ひょ」


 すると、二人の背後から一文字だけ話す妖が二体姿を見せた。


 「ひょ」を連呼する妖の頭からは左右で長さの異なるうさぎの耳が生えており、「り」と連呼する妖の背には亀の甲羅を思わせる硬い物体が付いている。

 二頭身なのだが頭からは僅かに髪が生え、手足にも指が残っていた。


 そんな二体の妖の姿を見て咄嗟に口を押さえた飛真。込み上げてくる胃のものを飲み込み、荒く息を吐き出す。


「……なんて、惨いことを……」


「り、りり、り」

「ひょ、ひょ、ひょ」


 妖は歪んだ口で再び一文字を繰り返すと、一歩一歩と夕柊らに近づいてきた。


「健気よねぇ。最後に発した一文字が、互いの名前の頭文字だなんて。我ながら傑作ね」


「……『豹紋(ひょうもん)』くんに、『リラ』くん……?」


 夕柊は目を開き袖の中で拳を強く握ると、ゆっくり妖へ目を向ける。原型はないが滲み出る面影。


 豹紋とリラは神威学園を襲撃した反逆者だ。何者かによって、捕らえられていた神宮城から脱獄させられていたのだが……。


「……じゃあ、今まで僕らが倒してきた一部の妖は、“元人間”……?」


 弟と同じく口元を手で覆った侠真は、美匠たちから距離を取るように電動乗用車を後退させた。


「正確には、『元空蝉人』だけど。現世の人間より幾分か成功しやすいから打ってつけでね」


「でも美匠(びしょう)ちゃん、しょっちゅう失敗しているじゃん」

「黙らっしゃい」


 軽口を叩いている二人に怒りを迸らせた飛真は美匠に飛びかかり胸倉を掴み上げる。


「なぜ、そんなことをした!? この仕打ちがどれほど残酷かわからないのか!? 苦痛を――」


「あらヤダ、言っていなかったかしら? アタシ、元神使よ。凪が神との縁を断ってくれたから今もこうして自由にできているけど」


「いやいや、それほどでもー」


「褒めてねぇわよ。だから、もうここには人間の心なんて残ってないわ。苦痛? そんなのとっくに忘れた」


 胸倉を掴む飛真の手を跳ねのけた美匠は、二体の妖に近づくと「ねー」と愛おしそうに頭を撫でる。


 行き場を失った腕は垂れ下がり、絶望に染まった顔で項垂れている飛真の腰に優しく置かれる手。


「……許せない。飛真、僕は許せないよ」

「……兄さん?」


 彼へ顔を向けた飛真の目はゆっくりと開かれていく。穏やかで怒ったところを見たことがない兄が目を吊り上げていたからだ。


 侠真は電動乗用車に乗ったままそっと唱えた。


「創式妖術『閑かなる空間(アクアリウム)』」


 彼を中心に表れた水は美匠と凪を取り込むと球体へ姿を変えて宙に浮く。突然水中に引き込まれ咄嗟に息を止めた二人。


「ここの水は自由に息ができるよ」


 同じく球体の水中にいる侠真の言葉通り、この中では息も会話も普通にできるようだ。


 浮力で浮かぶ電動乗用車から泳いで降りた侠真は朗らかに告げる。


「そして、この中でなら僕は自由に動くことができる」


 ひっくり返る電動乗用車の底に隠されていたトライデントを取った彼は不敵に笑い、水中で思うように体を動かせない二人にトライデントを投げつけた。


 トライデントは美匠の首をかすって背後の水壁に刺さる。


「次は外さない」


 冷たく言い放った侠真が手のひらを広げると、吸い寄せられるようにトライデントが彼の手の中へ戻った。


「……凪、これ、まずいかも」


 青ざめている美匠に頷いた凪は胸元からどんぐりのような木のみを取り出すと片手で握りしめる。すると、二人は水中から一瞬で姿を消した。


「……逃げたか」


 創式妖術を解除すると水球ははじけ飛ぶように消え、重力がかかった侠真は電動乗用車と共に地に落ちていく。


「兄さん!」

 飛真が腕を伸ばすが届かない。


「『乖離一地(かいりいっち)』」


 瞬時に夕柊が彼の重力を軽くしたため間に合い、侠真は弟の手にゆっくりと収まっていった。


「もう、いつもいつも無茶ばかりしないでよ」

「……うん。ごめんね、飛真。柊ちゃんもありがとう」

「お安い御用よ」


 宙に浮いている電動乗用車を両手で抱えた夕柊は重力操作を解除し侠真の隣に置く。兄を抱えた飛真は電動乗用車に彼を乗せると、自身の胸を握り締める。


(……また、私は出遅れた。これじゃあ一年前の二の前ではないか!)



――――――

「――伝令! 現世で大量の朽篭(くろう)が発生! 直ちに急行せよ! 繰り返す――」


 そんな梟からの伝令が届いたのは、私が竜宮城へ赴いていた時だった。竜宮城の現頭領から次の頭領へ推薦されたことで顔を出していたのだ。


 兄が数年前から神宮城の頭領を勤めており頭領の忙しさは知っていた。だが、竜宮城は驚くほどにほのぼのとしており、頭領の仕事も腑抜けてしまうほど少ない。


 やりがいを求めていた私にとっては物足りない。でも、断ることはできなかった。神の――御影(みかげ)様の決定に神恵子(かみえのこ)は逆らうことなどできないのだから。


 その場はなんとかやり過ごし、伝令通り一足遅れて現世へ向かった。


(まあ、兄さんが向かったから大丈夫だろう)

 兄の高邁(こうまい)さを誰よりも知っていた私はさして大事に捉えていなかった。


――そう。あの惨劇を見るまでは……


「……なに、これ……」


 倒壊したビル、遠くから鳴り響くサイレン、カメラを向け群がる野次馬に報道陣。


――胸騒ぎがする。

 私は自身に閉鎖領域を張って現場に飛び込んだ。


「兄さん! どこにいるんだ、兄さん!」

「……あすま、さん……」


 ふと聞こえてきた声に耳を踏まし近づくと、瓦礫の下敷きになっている書記官の一人がいた。


「今たすけ――」

「俺はいいです。だから、侠真さんをっ……」


 書記官が指を向けた先にうつ伏せた兄がいた。幸い瓦礫の下敷きにはなっていない。だが、背に二本の鉄筋が刺さっていた。


「兄さん!!」

「……あすま?」

「兄さん、私はここ――」

「僕は、とんでもないことをしてしまった……」


 引きつった笑みを浮かべた兄は両目から涙を流すと告げる。


「預かっていた初羽の子二人を、『神隠し』に遭わせてしまったっ……」


「……え?」



 その後、兄は駆けつけた救急隊によって現世の病院へ運ばれ、兄の居場所を教えてくれた書記官はその場で静かに息を引き取った。


 兄の鉄筋は引き抜かれ手術は無事終えるも、残った後遺症。


「……神経損傷による、膝下麻痺……」


 三日後目を覚ました兄は、その日から車いす生活を強いられた。

 それなのに兄が私に真っ先に向かいたいと言った場所は、神隠しに遭った初羽の家族の元。


 兄には断られたが車いすを引く係として私も同行した。


 家族は酷く怒り、酷く悲しんでいた。兄は車いすの上で非難を一身に浴び、喉がかれるまで何度も謝罪の言葉を口にして頭を下げ続けた。


 自分も辛いはずなのにおくびにも出さず、向き合っていたんだ。


 帰り道、兄は悲観することなく二度とこんな事態が起こらないよう対策を練っていた。


「……兄さんは、どうしてそんなに――」


『明るくいられるの?』咄嗟に飲み込んだ言葉。明るいわけじゃない、明るく振舞っているだけだ。私が一番わかっているはずなのに。


「ねぇ、飛真。僕、こんなになっちゃったでしょう? もう前線にはいられない。でも、まだできることがあると思うんだ」


 振り返った兄さんは優しく微笑むと、手を伸ばして俯いている僕の頭を撫でる。


「だから、自分を責めないで」


 頬に伝う冷たいものは止まることを知らない。


「……でも、私がもっと早く駆けつけていたらっ、兄さんは、兄さんは……」


「おいで」


 手招かれ車いすの前へ移動すると私を抱きしめてくれた兄。懐かしい温もりに抑えていたものが一気に溢れた。


「……あ、あ、あああ!!」

――――――



(今日だって、兄より先に私が動けていたら……)


「こら。お前はまた自分を責めて」


 自分の隣で俯き唇を噛んでいる飛真の額にデコピンを飛ばした侠真。


「……だって兄さんが無茶ばかりするから」

「あ、僕のせいにするんだ。生意気な弟め~」


 兄弟は消えることのない後悔を胸に、不安に塗れた明日を生きるため今日も笑うのだ。


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