7 神宮城 組:②人生15年分の自信
「……やっと落ち着いたか?」
外れかけている襷を治しながらゆのが周囲を見渡す。
「第二陣が送られてくるまでに多少の休息時間はあると見た」
妖の大軍が襲い掛かってくる元凶である夕柊はあっけらかんと述べると、各々息を切らしている初羽へ「大丈夫?」と尋ねた。
が、口を開きかけた彼らを一方的に手で制す夕柊。
「うんうん、言わんとしていることはわかる。俺が来なければこんなことにはならないからね。でも天秤にかけた時、俺がいる方が生存率は高くなるのよ」
言ってのけた彼は、腰に手を当てると鼻を鳴らす。
「……なんか、かっこいいな」
そんな彼を見て体を立ち直らせた綴は片方の口角を上げて、辛そうな來の背に手を置いた。
「いやいや、その自信はどこからくんねん」
「俺の人生15年分」
目を開いた市露は思わず口を噤む。そして、彼の境遇を思い出した。
「……ゆうひ、ずっとたたかってる?」
「まあね。けどもう慣れたし、むしろ楽しい。今日は何を創ろうかなって、毎日楽しいよ」
この言葉は彼の本心なのか、やせ我慢なのか、四人には計り知ることはできない。ただ、夕柊への尊敬の念は募っていく。
「本題に戻りますが、昨年の事件があったことを踏まえて今年からは形態が変わります」
奏鈴の説明に示し合わせたように聞こえる下駄の音。
「どーもー」
「よろしく」
現れたのは、側頭部に口の尖ったやや間抜け顔の能面を付けた快活な男性と、触角のように頭頂部から二つ緩やかに膨らんだ赤の髪が目を惹く穏やかそうな女性。
「『竜宮城』との合同視察です」
奏鈴に手で促され前へ歩み出た二人。まずは男性が名乗った。
「初めましてー、竜宮城で記録係をしている『阿座上 壱爽』だよん」
「同じく『安穏原 波呉』だ。よろしく」
続いて女性も名乗る。
「では現世視察へ行きましょうか」
奏鈴とゆのが先頭、壱爽と波呉を殿に歩き始めた一行。
特に異常はなく油断が生じ始める頃、夕柊の脳内で夕が囁いた。
(……来る)
瞬時に反応を示した夕柊が振り返ると、遠くの空から黒い斑点が複数見え始めた。それは次第に大きくなり、あっという間に形がはっきりと見える位置にまで近づいた。
「インターバル終了か?」
呆れが含まれたゆのの呟きに頷いた夕柊が翼をはためかせようとした時、その肩に優しく手が置かれた。
「ちょっとは俺たちに良いところ見させてよ。夕柊ちゃん?」
首を軽く傾けた壱爽が述べた途端、辺り一面の景色が湖畔へ変わる。彼らが立っていたのは湖の上だが沈む気配はない。
突然変わった景色に初羽は警戒を強める。
「妖の能力か……?」
「いんや、うちの能力だ。事後報告ですまんね」
「……ああ、せやったな。宝生一族の契約神使は『蜃』。能力は『幻園』や」
『蜃』
【幻園:幻を見せる】
くゆりとした気を纏わせているゆの。蜃が憑依している状態だ。
「ほら。舞台は整えてやったぞ」
「うん。ゆのくんは、本当に粋だよ。よくわかっている」
彼女の隣に歩み出た波呉は微笑んだ。
「たりめーだろ。同期兼元弐対なめんな」
「ふふ」と笑い声を零した波呉は「おいで『ミュウ』」と神使を呼んだ。地面の湖から飛び出すように現れたのはクリオネ。人の顔程の大きさがある。
維持型の神生物・クリオネはそのまま彼女の触角のような赤い髪にしがみつくと、頭を開き勢いよく伸ばした六本の触手で妖らをまとめて捕まえた。
『クリオネ』
【バッカルコーン:六本の触手で捕獲】
「最後頼むよ」
波呉が背後へ声をかけると能面を付けた壱爽が飛び出す。
「あいよー。いくぜー『道化』ちゃん」
「チッ。クソみたいな名前だぜ」
元々尖っている口を更に尖らせ言い捨てる能面。
湖を蹴って波呉が捕まえている妖に近づくと、彼の姿は強靭なゴリラへと変わった。
『面霊気・嘯吹』
【降霊:動物、昆虫、魚の精霊を自身に降霊できる】
初羽を守るように立ちはだかっていた奏鈴は、伸ばした人差し指と中指を付けて右手で刀印を作ると器破壊の詠唱をする。
「『破邪顕清』」
「ふんっ」と、奏鈴の唱えに合わせてゴリラとなった壱爽が妖らの胸元を殴ると器が割れ、妖らは為すすべなく黒い煙となって姿を消した。
「うわーお、圧巻」
手を隠す長い袖ごと「ブラボー」と拍手をしている夕柊に、「だっしょ?」と爽やかな笑顔を向けるゆの。
「……すごい。これが弐対の連携」
感銘を受けた來が彼ら彼女らに羨望の眼差しを向けていると、幻園は解かれ再び町中へ戻っていた。
「心配ご無用。俺たちもいることだし、昨年と同じことにはならないよ。つか、させない」
近くにいた焚の編み込みに差してある簪の折り鶴を揺らした壱爽。が、もちろん彼が黙っていない。市露はすぐさま焚を壱爽から離し、間に割って入り威嚇をする。
「さあ、次の場所へ向かいましょうか」
奏鈴に促され動き出した一行。
だが、突然夕柊が感情を前面に出し叫んだ。
「ダメだ! 行くな!」
彼ではない。体の操作権を強制的に奪い取った夕が叫んだのだ。
「……え?」
と、振り返った奏鈴の体が目の前で霧のように消えた。
跡形なく、頭に乗せていた丸帽を残して……。
「遅かったか。柊、奴が近くにいる。警戒を怠るな」
操作権を夕柊に戻し引き下がった夕。
「わかった」
戻ってきた夕柊はすぐさま辺り一帯に結界を張りながら答える。
「……奏鈴? おい、返事しろ、奏鈴! ……そんな……」
崩れ落ちたゆのを支えた波呉の顔からも動揺が滲み出ていた。
「……おい、どうなっている。今まで黎明に所属している者は一人も『神隠し』に遭ったことなかっただろうが!」
叫んだ壱爽の声は街ゆく人々の耳には届かず虚しく消えていく。
――ピー
瞬時の判断で指笛を鳴らした壱爽の元に飛んでくる白い梟。
「緊急事態が起こった。侠真さんと飛真さんに伝令を頼む――」
伝令を聞き終えた梟は「ピィ」と答えると飛び立ち、瞬き一つの間に姿を消した。
「……どうしよう、波呉。奏鈴が……、かりんが、神隠しに……」
滅多に見せない涙を流しているゆのに何も言葉がかけられず、波呉はただ強く唇を噛みしめる。
「……頭領、助けて――」
「ああ」
項垂れているゆのの肩に置かれる褐色の手。
「あとは私らに任せなさい」
「……とう、りょう」
深緑色の目を優しく細めた飛真は、ゆのの頭に手を置き立ち上がった。
――プップー
クラクションと共にやってきたこども用の電動乗用車に乗っている男性――竜宮城の頭領・侠真は、壱爽の隣に流れるように駐車すると状況を尋ねる。
「異例がこうも続くと、なにか思惑がありそうだねぇ」
怪しく深青色の瞳を細めた彼は姿の見えない敵を見据えた。
「キョンキョン、アーズー」
二人の頭領に声をかけたのは夕柊。彼は結界に維持の印を刻んだ護符を貼り付けると、歩み出て告げる。
「これで確定した。まだいるよ、内通者」
「ああ、だろうね」
「やっぱりか~」
二人も予想はついていたようで動揺の色は見えない。
だが次の夕柊の言葉を聞いて、彼らの顔から血の気が引いたのだった。
息を呑み、表情一つ変えない夕柊を見つめる。
「……それも、『聖神使』の中にね」




