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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
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6 神宮城 組:①不穏な現世視察


――神宮城にて


 トライアルウィークの二箇所目である神宮城へ来ていたのは、綴・來、市露・焚の二組の弐対。


「昨日までは空蝉物怪録の記録管理を体験してもらったけれど、書記官にはもうひとつ大きな仕事があるんだ。それが、『現世視察』」


 彼らににこやかに声をかけるのは、神宮城頭領『斑鳩(いかるが) 飛真(あすま)』。褐色肌に深緑色の瞳と陸斗と似通った容姿をしているが、これこそ斑鳩一族の特徴である。


「引き続き『ゆの』と『奏鈴(かりん)』、よろしくね」

「「了」」


 飛真に促され四人の前に現れた書記官二人は、初羽を引き連れて神宮城の外へ出た。城を出た先は雲の上。焚は楽しそうに弾力のある雲を跳びはねる。


「とりあえず現世降りんぞー」


 男勝りな女性――宝生ゆのは雲の上に聳え立つ巨大な扉の前へ彼らを案内した。


「用途不明やったこのでっかい扉は現世に行くためのものやったわけか」

「正確には、『現世人をこちらに送るための扉』ですが」


 腕を組んで扉を見上げていた市露に答えた書生服の男性――奏鈴。


「現世人をこちらに?」

 首を傾げ反芻する綴に、奏鈴は頷くと説明していく。


「僕たち器のある者は行き来に『社(やしろ)さん』が使えますが、妖であるあの方が見えない現世人は使用することができません。ですので、この扉を使用しこちらへ来ていただくのです」


「えっと、こっちに来る用って現世人にはあるんですか?」

 尋ねたのは來。


「あるよ」

 だが、答えたのは奏鈴でもゆのでもなかった。


「ゆうひ!」

「夕柊くん!?」


「みなさん、やっほー」

 神出鬼没と化している夕柊だ。


「あるとはどういうことだ?」


 彼の突然の登場にひとり動揺を見せなかった綴が來に代わって問う。


「現世にいられなくなった時だよ」

「それって……」

「『神隠し』」


 彼の淡々とした声はより空気を冷たくさせる。歩み出て手をかざした夕柊により、扉は重量感のある音をたてて開いていった。


「俺ら半(・)魂(・)は、現世では生活できないからね」


 空気を重くさせるために声に抑揚がないのではない。彼にとってはこれがいつも通り。


「半魂……、神使……」


 俯き呟いた綴が思い浮かべたのは自身の神使である『田々(でんでん)』。どこか、神隠しに遭った弟を彷彿とさせる彼に綴は小さく笑みを零す。


 『半魂』とは、ある状況下において例外的に魂が欠け、妖の魂で補っている存在だ。ある状況下というのが『神隠し』なのである。

 そして、一度壊れた魂はゆっくりと崩壊に向かっていき、半魂となった者はいずれ魂と共に記憶を失い“妖”となる。

 神使は皆、元半魂なのだ。それは逆も然り。



 扉を使って現世へ降りた一行。扉は人気のない山奥と繋がっていた。


「幻術によって人間の目には見えないようになっていますのでご心配なく」


 微笑んだ奏鈴の大きな丸眼鏡は、上がった頬によってわずかに持ち上がる。


 一行はゆの先導の元、扉の近くに備え付けられてある社さんに乗り込み、本日の視察場所へと向かった。


「ずっと気になっててんけど、夕柊くんってなんで学園に入学してへんの? ええやん、おっても。初羽に収まる器やないけど、俺たち気にせぇへんよ?」


 市露の言葉に頷く綴と來。焚はよくわかっておらず首を傾げていたが、合わせるように後から頷いた。


「なんだ、お前ら知らないのか。半魂は学園に入学できない決まりだぜ。いつ妖に変わるか予測がつけられねぇから」


 たすき掛けにより肘まで露になっている腕を組んだゆのが答える。


「ん? はんこん、“しんば”にも“ゆうば”にもいる」

「せやんなぁ。おるわ」


 述べた焚に優しく相槌を打った市露は、隣で口を開いた綴を見やった。


「つまり、入学してから半魂になったということか。それも三人」


「雄榮(ゆうえい)くんは俺と同じで付き添いで入っただけだよ。俺は妹の綸の、雄榮くんはもう退学しちゃったけど、同じ蘭(あららぎ)一族の人の」


 雄榮は彼の退学が決まった後も残ることを決意し、今は優羽の一員として彼らのサポートに尽力している。


「なら、真羽クラスの尽(つくし)さんと冴花(さえか)さんは……」


 沈んだ來の声を打ち消すように響く明るい声。


「いやぁ、行く前にこんな話したくねぇけど、裾広げたのはうちだからなぁ」

「本当ですよ。毎度ゆのさんは碌なこと喋らない」

「あ? なんだ? 生意気な口ききやがって」


 言い合いをしていた二人だったが生徒たちの前とあって自ら引き際を決めると咳払いをして、まずはゆのが口を開いた。


「悪く思うなよ。彼らが半魂になったのは丁度この時期なんだよ」


 奏鈴も続く。

「ええ。あなた方と同じトライアルウィーク、それも『現世視察』で」


 空気が張り詰め静まり、誰かしらの唾を飲み込んだ音が耳に入る。


「言いたかねぇけど、言う。お前らは今、まったく同じ状況に晒されているってわけだ」


 ひとたびの沈黙後、奏鈴が重い口を開いた。


「……昨年でした、事件が起きたのは。神宮城にトライアルウィークに来ていたのは、尽さんと冴花さん、もう一組の弐対です。現世視察は書記官が月に一度行っていることでして、特に危険が伴うものでもないので生徒さんには必ず体験していただいています。ただ、あの日だけは違った」


 乾いた喉を飲み込んだ唾で潤した奏鈴は再び話始める。


「視察途中で『朽篭(くろう)』と遭遇したのです。書記官たちは迅速に対応し、町や人々に被害が出る前に無事沈静化できました。ですが……」


 『朽篭』とは、妖に精神を蝕まれ自我を失い暴走状態となっている人間のことである。


 言葉を詰まらせた奏鈴に代わって続きを補っていくゆの。


「だがな、朽篭は一人だけじゃなかった。十人越えだぜ? そんなん予想できるかよ。意図的に朽篭にさせられていたとしか考えられねぇ。書記官らはすぐさま神宮城に応援を呼んださ。が、抑えきれなかった」


 俯き気味に考え込んでいた來は、思い至ったようで顔を上げると呟く。


「もしかして、廃墟ビルが半壊したって言う」

「ああ、それだ。代々的にテレビにも取り上げられていたから現世人も知っているだろう」


「でもテレビでは爆発物によると報じられていました」

「馬鹿正直に『妖に操られた人間の仕業』だって垂れ流せるかよ。そいつらの人生、妖に壊されてたまるか」


 吐き捨てたゆのは隣の奏鈴に顎をしゃくった。続きを話せと言いたげに。


「朽篭はなんとか浄化できたものの、こちらの被害は甚大でした。倒壊したビルの下敷きになって書記官二名死亡。一名、神経損傷により膝下麻痺。そして、二名が神隠しの被害に……。混乱に乗じる形で、尽さんと冴花さんは神隠しに遭ってしまった。いえ、むしろこちらが本命だったのかもしれません」


 静寂の中、初羽は一様に息を呑んだ。


「じゃ、じゃあ――」

 皆の気持ちを代弁するように震えた声を零す市露。


「今回も――」

「大丈夫。俺がいる」


 市露の声を遮って響く、淡泊でいて透明感のある声。


「俺がいるからそんなことにはならない」


 夕柊に淀みない瞳を向けられ、市露はたちまち破顔した。


「……そりゃあ、頼もしいなぁ」




「でも、俺がいると大量の妖が寄ってくる」


 打って変わり、大群で追ってくる妖共から逃げる一行。


「はあ!? それもうプラマイゼロ……いやマイナスやろ!」


 現在彼らのいる場所は現世人に溢れた町中。よって、あくまで自然的に急いでいる風を装って逃げる必要があった。


「あははー」


 呑気に棒読みで笑っている夕柊はつと振り返り自身に閉鎖領域を展開させる。そして、翼をはためかせ飛び上がると翼から羽を左右五枚ずつ抜き取り唱えた。


「変化『鎖鎌』」


 羽が煙を出して変わった鎖鎌を持ち、「これ、一回使ってみたかったんだよね」と意気揚々と分銅を振り回している彼。


「せーのがさん、はいっ」


 と、投げた鎖で妖を捕まえて引き寄せ、鎌で次々に器を壊していく。その場にいた大群の妖はものの数秒で片付けられ、妖の影が消えた平和な町並みへと戻った。


 閉鎖領域を解いて地面に降り立った夕柊の手から翼と共に消える鎖鎌。振り返って初羽へ視線を送った彼は、僅かに口角を上げると告げる。


「まあ、俺が全部返り討ちにするけどね」


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