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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
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5 神宮博物館 組:④クソみたいな世界を彩って


 馨はラボの一角で詠道(よみち)と向かい合っていた。テーブル上にはアイデアを書き留めておく白紙と、武器のパンフレット、それからまっさらな護符が五枚ほど。


「武器と言ってもパターンがあって――」


 大きな口が緩やかに弧を描いて柔らかく言葉を紡いでいく。ボリュームのある髪によって目は隠されているのだが、妖しさよりも親しみやすさを感じさせた。


 だが、馨は彼の話にイマイチ集中できずにいた。それもそのはず。


「うんうん」

「……いや、なんでお前も一緒なんだよ」


 なぜか、夕柊もいたのだ。馨の保護者よろしく隣で頷いている。馨の視線に気が付くと彼は首をこてんと傾けて、抑揚のない声で言った。


「いいじゃない。友達なんだから」

「とか言って、口出しする気満々だろう」

「うん」


(うん、じゃないよ)

 馨の口から漏れ出るは呆れのため息。


「まあ柊ちゃんは普段から物創りしていると言ってもいいだろうし、アイデアはたくさんあるかもね。馨くんに合うかは別として」


「面白がって碌なもの出しませんよ、こいつ」


「そういうところは吟ちゃんより“げんげん”に似ているよねぇ」


「仕込まれましたので」

 夕柊は弦宥の鼻眼鏡を手で模す。


 彼は吟丸に引き取られてからの幼少期、100期生にも大いに可愛がられていた。温厚・堅実な吟丸の元育ったにしては自由奔放なのだが、ルーツはどうやら100期生にあったようだ。


「いいから、お前はあっち行ってろ!」

「えー」


 馨に追い出された夕柊は不満ながらもラボを後にし、ロビーのカウンターにいる岳斎(がくさい)の元へ近づく。


「追い出されたのか? そうか、かわいそうに」

「まだ何も言ってない」

「顔みりゃわかる」


 頬杖をついて、傷のついた左眉を下げると口角を上げた岳斎。


「次のところ行くのか? 外、すごいことなってんぞ。手伝おうか?」


「いらない。すぐだから。じゃあまたね」


 岳斎に袖に隠れた手を振った夕柊は博物館の外へ出た。途端、一斉に向けられる厭わしい視線。


(やっぱり待ち構えていたね、妖ども)

 夕柊の脳内に語りかける夕。


「うん。でも心配いらないよ。さあ、今日は何を創ろうか」


 僅かに目を細めた夕柊は背中の翼を羽ばたかせ、宙に舞って落ちてくる羽をみっつ取り緩やかに口角を上げる。


「きーめた。あれにしよう」


(一度作ったことあるものにしなよ。でないと――)


 夕柊は夕の忠告を無視し軽快に唱えた。もちろん、初めて創るものを。


「創式妖術『千変万化之烏羽(せんぺんばんかのうば)』変化『ブーメラン』」


 羽は煙を出しブーメランに姿を変えて彼の手の中に納まるが、それはやや歪な形をしていた。左右の翼の比率が偏っている。


「せーのがさん、はいっ」


 自身の掛け声に合わせてブーメランを放った夕柊。それは妖らの中心を射抜き器を次々と破壊していくと、見事一投ですべての妖を退治した。


 が、忘れてはいけない。そのブーメランが歪であることを。奇麗な軌道を描くブーメランは左右の翼のバランスが命なのだ。


「戻ってこい」


 ブーメランを掴むため腕を伸ばした夕柊だったが、当然それは彼を嘲笑うように戻ることなくあらぬ方向へ飛んでいく。


「あー、まってー」


 追いかけるも手は届かず、ブーメランは風を切る速さで衝突した。


――パリンッ

 博物館の窓ガラスに。


(はぁ、言わんこっちゃない……)


 言い訳を考える暇もなく博物館の扉が開き現れた岳斎。顔には笑顔が貼り付けられているが、露になっている額には青筋が浮かんでいた。


「説教だ、この野郎」


 笑顔で爽やかに言った彼は夕柊の襟首を掴み博物館へ引きずっていく。


「あーれー。あ、夕く――」

(おい、変わろうとするな。僕は忠告した。よって助けません!)


「……薄情者」

(どうとでも言え。自業自得だ)


 次の場所で行こうとしていた夕柊の計画は頓挫し、この日は一日説教と後片付けに追われたとさ。




 一方、ラボ。


「創式妖術以外の武器は大きく分けて二つの型があってね。一つは『携帯型』。身近な人だと……うん、橘翁(たちばなおう)とかかな?」


「……あ、刀ですか?」


「そう。あれ僕が作ったんだよ。名は『橘一文字(きついちもんじ)』。小さい頃からお世話になっていた橘翁へお礼にと作った僕の処女作さ」


 馨は橘翁が刀で華麗に妖を退治していた様を思い浮かべ嘆声を漏らした。


「そしてもう一つが『具現型』。厳密に言うと創式妖術とのハイブリッドなんだけどね」


 詠道はテーブル上の護符を一枚掴むと、親指の先を噛み出現させた血で護符に印を描いていく。


「馨くんや僕みたいに器が小さい者にとって創式妖術は簡単にできることじゃない。ところがこの護符を介すことで――」


 詠道が手をかざした護符から小さな石灯籠が現れた。


「このように疑似的に創式妖術が使えるのさ。ただ『携帯型』と違って少量の妖力を使うから、永続的な使用は制限される。それに出すまでに印を刻むという一動作を挟むから、動きながらの使用には慣れが必要だ」


 一部白髪に変わっている前髪を触りながら馨は石灯籠を眺める。


(ただでさえ妖力量が少ないのに俺に『具現型』を選ぶ選択肢はそもそもあるのか? 否応なく『携帯型』に――)


「ただし、メリットもある」


 皺が寄っていた馨の眉間を指先でつついた詠道は歯を見せて笑うと、指先を馨の頭へ移動させた。


「ここにある理想を完璧に再現できる」


 魅惑的な言葉に馨は息を呑んだ。


「君の使いたい物、そして理想に沿って『携帯型』に落とし込めるか、『具現型』で形にするかはよく話し合って決めようか」


「はい」


「最初から諦めないでいいんだよ。馨くんは賢いが故に現実を悟れる。いいことだ。やる気だけで無謀に突っ込むよりは断然に。でもね、たまには羽目を外しちゃおうよ。やりたいこと素直にやっちゃおうよ」


 詠道は馨の頭を無造作に撫で回した。


「お生憎ここにはわるーい大人たちがいっぱいいてね。一人が怖いなら一緒にいくらでも飛び込むさ。ここはそんな覚悟がある奴が集う場だ」


 顔を上げた馨の視界に映ったものは、童心に返って心から仲間と共に楽しんでいるラボのメンバーたち。


 馨の頭から手を下した詠道は、今はまだ白紙だがこれから鮮やかになっていくだろう紙を人差し指で叩く。


「今回、君と飛び込むお役目をいただけたのは僕。ほら、君の理想を聞かせて。一緒にこのクソみたいな世界を彩っていこう」


「……はい!」


 眼鏡の奥で目を瞑った馨は、溢れて止まらないアイデアを詠道と紙に書き綴っていった。


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