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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
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4 神宮博物館 組:③意思の尊重


 墓石に吟丸が手をかざすと、『島 小太郎』とかかれた墓石の名前が消え、現れた名前は――『艸楽(さがら) 玲於(れお)』。

 墓石には本当の名前を隠す幻術がかけられていた。


「よぉ、元気か?」

 初めに岳斎(がくさい)が墓の前にしゃがみ、線香に火をつけ置く。


「玲於さん、久しぶり」

「ほら、玲於くんの大好きな酒だよ」


 続く形で吟丸が白菊を基調とした花束を置き、詠道(よみち)は墓石に酒をかけた。紅花(べにばな)は花束の隣に色とりどりな落雁を置く。


「俺のお手製だ。文句なしの絶品」


 最後に弦侑(げんゆう)が墓の前にしゃがみ、猫柄の可愛い風呂敷から何かを取り出した。


「はい、新作だよ」

「おいおい初めて見たぞ、供え物で嘘発見器置く奴」

「一風変わっていて良いでしょう?」


 さらりと言う弦宥に肩をすくめる岳斎。苦笑いで顔を見合わせる吟丸と詠道、紅花は腕を組み呆れの含んだため息を零した。


「はぁ。悪趣味極まりないが、玲於さんだけは喜んでいそうだ」

「でしょう?」


 宇宙人の顔を模した噓発見器は夜光を吸い込み、蛍光色の瞳を爛々と輝かせていた。



 玲於の墓の前に腰を下ろし談笑をしている100期生。傍らには酒の入ったお猪口が六つと、大量の落雁がある。


「ねぇ、落雁って酒のつまみにならないじゃんかー」


 ガリッと音を鳴らして落雁を噛み砕いた詠道に、酒を煽った岳斎が豪快に笑った。


「しゃーない、誰かさんはつまみとして食うのが好きだったからな。今日くらいは付き合ってやらねぇと」


 一方、渋々お猪口に口をつけた紅花は「うっ……酒まず……」とすぐさま自作の落雁で口直しをし、「お酒苦手なのに、紅は命日には必ず一口飲むよね」と吟丸に笑われる始末。

 桟一族は代々温泉宿を経営しているために自ら落雁を作ることも少なくない。


「えぇ~こんなに美味しいのに。いくらでも飲めるよ~」

「お前は飲み過ぎだ。明日に響くから没収」

「がっくんのバーカバーカ!」


 赤ら顔で呂律が回らなくなってきている詠道の手からお猪口を取り上げる岳斎。


「ふふ、変わらないね。神威にいた時と。きっと玲於も喜んでいる」


 突然笑い出した弦宥に皆は押し黙る。


「……もう、十五年経ったんだね。兄さんと玲於さんが亡くなってから」


 お猪口を置き、首に巻かれた柊の実のように赤い組紐に触れて俯いた吟丸の肩に岳斎の手が置かれた。


「そうだな。でも、お前は生きている。生かされた。その理由がわかるな?」

「うん。あの子を――柊を守るために僕は二人に生かされた」


 反対の肩に置かれたのは紅花の手。


「心配するな。お前はひとりじゃない。そのために俺らは集められたんだから」

「『伝説』とかむず痒いけど、ま、僕らならなんとかなるっしょ」


 腹が座っている紅花と楽観的な詠道に、吟丸の肩からは自然と力が抜けていた。


「そういうことだ。どんな些細なことでもいい。俺らを頼れ」

「とか言いつつ、この前の襲撃の時助けてくれなかったくせに」


「「「あれぐらいお前(君)ひとりで対処できる」」」

「一貫性がないなぁ」


 苦笑いを浮かべる吟丸の空になったお猪口にゆっくりと注がれていく酒。


「なんだか感慨深いね。あんなに小さかった吟が今はお酒が飲めるって」

「げんげん、それ毎年言ってるんだけど。もう聞き飽きたって」


 自分にも入れてもらおうとお猪口を差し出しながら詠道は口を尖らせた。もちろん、酒は注いでもらえず彼の口は更にとんがっていく。


「卒業した時の吟は11歳だったからね。それより、詠は顔を見せたら? せっかく可愛い顔をしているんだから」


「いやだね。僕の目色素が薄いから太陽の光が眩しいんだよ。前髪で隠れるとこれがまた丁度いいんだよな~。神威にいた時からの僕のトレードマークよ」


 詠道のボサボサ髪にも理由があったらしい。


 岳斎はひとり落雁を齧っている紅花に視線を送る。


「紅なんか、とんでもなく綺麗になりやがって。あん時から整ってはいたけど、こうも綺麗になると周りが黙ってねぇだろ」


「周りなんか黙らせればいいだろ」

「暴君の言い分だな。うんうん、変わってない、変わってない」

「チッ」


 鋭く飛ばされた舌打ちに笑い声が上がり、日が昇りかけた頃解散となった。




「……は!? 吟丸先生が100期生!?」

 翌日の始まりは陸斗の叫び声から始まった。


 その元凶を作った張本人――夕柊は「うるさいー」と耳を塞いで翼をはためかせ低い天井に飛びあがる。視線に入り込むのは、額縁に入った100期生の写真。中央には不自然な空間がある。


 騒ぎを聞きつけたのか、館内に姿を見せた岳斎と詠道に初羽の子らは集い詰め寄った。


「それ本当なんすか!?」

「ありゃ、柊ちゃん暴露しちゃったの?」

「まあいずれ明かされることだし問題ないだろう」


 岳斎に手招きされゆっくりと降り立った夕柊は「モーマンタイ」と、あっけらかんとサムズアップを掲げた。手は袖で隠れていて見えていないが。


【驚き桃の木山椒の木】

「吟丸先生が……。言われてみれば、黎明ツアーの時弦宥さんと妙に親しげだったな」

「島さん、そんなん言うてはらへんかったのに」


「え? 島さん? そんな人ここにはいないよ?」

 澪の小さな呟きを拾った詠道は首を傾げる。


「え? でも昨日ここの従業員だって……」

 馨は昨日の『島』の姿を思い起こし、彼の容姿を軽く伝えた。


「そもそもここに従業員はいないよ。館長のがっくんとラボの数名しかいないし、ラボ面は基本館内に入らないからね。いったい誰だろう?」


 その言葉に初羽の子らの背筋に震えが走る。


(島……。ああ、たしか紅の神使が『島太郎』って名前だったな。柊並みの自由さだと以前嘆いていたから悪戯でもしたんだろうな)


 あらかた察した岳斎は笑うと、

「よし、今日はラボの見学でも行って来い」と困惑から解放されていない彼らを送り出した。



「ラボへようこそ」


 詠道に迎え入れられ踏み入れたラボに思わず初羽の子らから漏れる感嘆の声。


 小気味よく打ち鳴らされる大槌の音、何かを削っているような鋭い音、ホワイトボードを前に何やら話し込んでいる数名、不気味な笑い声を漏らしながらフラスコと向き合っている者、など様々な分野が隔たりなく会しているラボであった。


「あ、『おはぎ』くん、俺作って欲しいものがあってね」


 ラボに飛び込むなり保護メガネをかけて研磨機を見つめている者に近づいた夕柊。


「ん~? いいヨ。ナニがほしい?」

「えっとー……」


 すぐさま馴染んだ夕柊に「さすが」と感心している馨の肩に手が置かれた。


「君が馨だよね?」

「あ、はい!」

「君の武器をこしらえてくれって吟ちゃんに頼まれていてね。だから一緒に構想を練ろうか」


 意味が分からず首を傾げた馨に微笑んだ詠道は一から丁寧に説明をしていった。


「……なるほど。新しく神使契約をしない俺に残された道は武器で戦うこと」


「そう。ぶっちゃけ新しく神使契約を結べたら手っ取り早いんだけど、吟ちゃんは君の意思を尊重したいらしいから」


「吟丸先生……」


 吟丸の配慮に胸がじわりと暖かくなった馨だったが、黄泉送りとなってしまった木歳(ことせ)を思い浮かべ一転して胸が締め付けられた。同時に込み上げてくる申し訳なさ。


「……すみません、お手間をかけて」


「いいの、いいの。むしろ、そこまで神使を大切にしてくれる君にはぜひとも僕の作る武器を使ってほしいくらいだ」


 俯きかけていた馨の顔は自ずと上がっていく。


「君は、君が思っているほど弱くないよ。特にここが」

 詠道は自分の脳を指さし、口で大きく弧を描いた。


「立派な一つの武器だ。そんな君が思い描く武器は何だろう。創作意欲が掻き立てられてたまらないね」


 傾けられた顔によって靡いた前髪の隙間から、柔らかく細められたオパールのような瞳が覗いた。


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