3 神宮博物館 組:②100期生の集い
一度流れた静寂を断ち切るように響いた陸斗の声。
「そんな話聞いたことないっすけど」
「うん、だろうね。きっと隠されている事だから。でも、僕はここの従業員。そしてここには、100期生のうち二人、岳斎さんと詠道さんがいる」
写真に触れようと伸ばした島の手は、ロープパーテーションにより体が阻まれ届くことなく下ろされる。
「……そう。僕は聞いたんだ。本人達の口から『命日』って言葉を」
「100期生の子じゃない可能性は?」
「ないね。命日に100期生が全員揃うって話もしていたから。その死んじゃった子も含めて全員が」
憂いた瞳で俯いた島を見て胸のつかえを覚える馨。
「その隠された一人が100期生六人目ってことか……。名前はわかるんすか?」
「それが、どの文献にも残っていないんだよ。文献に名を残せる者は神威学園を卒業している者だ」
「なるほど。学園を卒業する前に亡くなって――」
「いや、矛盾していませんか? 卒業する前では100期生に数えられないのでは?」
納得を示していた陸斗の声を遮って馨が疑問を呈した。
「うん、僕もその点に違和感があった。でもこの仮説なら全部合致するんだよ。……卒業試験に合格したが卒業するまでの数日の間に亡くなってしまった。この仮説ならね」
「……たしかに、その仮説なら納得がいきます」
馨に続いて他三人も神妙な面持ちで頷く。
「この写真は、文献には残せないけど、100期生にはもうひとり居たんだ、という他の五人からのメッセージだと僕は思っている」
◇
「こんにちは、岳。あれが完成したって言われたから取りに――おや、みなさんお揃いで」
いつの間にやら博物館に颯爽と現れたその者は、ロビーに集っている岳斎以外の者らを見て小首を傾げた。
チェーンが付いた黒いレンズの鼻眼鏡、心の奥を見透かされているような瑠璃色の瞳、白髪を基調とし前髪にだけ混じる黒の髪、甘い顔立ち。
名を『几 弦侑』(36)。
「あ、『げんげん』」
夕柊に振られた手に、微笑んで振り返す弦宥。
「げんげんは何を取りに来たわけ?」
大きく首を傾げた拍子にボサボサな髪の間からやや詠道の目が覗くも、直された首の動きと同時に目は再び隠されてしまう。
「嘘発見器だよ」
「何に使うんだよ」
人差し指を立てて得意げに述べた弦宥に岳斎は片眉を顰めた。
「あ、そういえば『おはぎ』が作っていたかもな、そんなの。まだ出来てなさそうだったけど?」
「あらま。完成したって連絡が入った――」
「完成ネ~!」
弦宥の声は、勢いよく階段を駆け上がってくる音に掻き消される。
「……ん? なんの集まりネ?」
その者は階段を上り終えると両手で抱えている物を頭上に持ち上げて一回転した。のち、集いを見て上半身ごと横に傾く。
小柄ではないが体に合っていない大きめな白衣により手は隠れ、明らか足のサイズとあっていないスリッパは今にも脱げそう。
名を『小尾野 萩』(29)。通称『おはぎ』。
詠道と同じくラボの一員だ。
「そだ。弦侑くん来てるカ?」
「いるよ」
「完成したヨー、嘘発見器!」
紅花と詠道の間から顔を覗かせた弦宥を見つけると顔を輝かせたおはぎは、駆け足で彼に近づくと眼前に手に持っている物を突き出す。
おはぎの見せたそれはドームの形をした銀色の物体で、上部には蛍光色の楕円をしたパーツが二つ付いていた。
「何これ? 宇宙人?」
思わず問うた夕柊。図鑑や本で取り上げられている宇宙人そのものの顔を模していたからだ。
「うん、斬新な見た目。要望通り」
異彩を放つそれに一様に怪訝な顔を浮かべている一方、ひとり満足そうに微笑んでいる弦宥は同じく満足そうに鼻を鳴らすおはぎからそれを受け取った。
「これで? センスを疑うな」
「うんうん。こういうセンスのない注文が一番困るんだよね」
顔を見合わせて容赦なく言い放つ岳斎と詠道に、シュンと肩を落とした弦宥。
ふと、軽快な音が鳴り響き、紅花が懐からスマートフォンを取り出す。どうやら電話がかかってきたようだ。
「……なんだ? ……あぁ、わかった。今から帰る」
「あっちで何かあった?」
「まあな。トラブルほどではないが。なんで俺は帰る」
「じゃあ、ついでに“アレ”なんとかしておいてくれ」
苦笑いで博物館の外を指さした岳斎に頷いた紅花は、踵を返すと声をかける。
「おい、行くぞ――『島』」
「はーい」
紅花の背後にふわりと現れた作業着の人物。地に足は着いていなく宙に浮いている。彼――島は不敵な笑みを浮かべると顔に手を当てた。すると、バチッと音を立てて姿が変わり始める。
はだけた着物の下から覗く筋肉質な体、吊り上がった赤い目。口の端からは鋭い牙が覗き、黒い髪の隙間からは二本の角が生えた。
「お前何してた?」
「えぇ? なにも~」
「余計なことしてねぇだろうな」
「してないよ。少し楽しんじゃったけど!」
牙を覗かせて能天気に笑う島に、紅花は不機嫌さを前面に出した舌打ちを鳴らす。
「ッチ」
「おぉ、こわ~い」
「置いてくぞ」
「待ってよ~ご主人様!」
「その呼び方やめろ、気色悪ぃ」
「ご主人様なのは本当でしょ。……だって、俺は君の神使なんだから」
【鬼・温羅】
紅花の神使。名は『島太郎』。
「大丈夫だよ。あの子のことは何も話してないから」
「当然だ。行くぞ」
「は~い」
空中で軽やかに振り返った島は、まだ館内に残っている初羽の子らへ小さく投げキッスを飛ばした。
(じゃあまたね~、可愛い雛鳥ちゃんたち)
博物館の外へ出ると妖の大軍がお出迎えだ。奇妙な鳴き声を上げ緩慢な動きで博物館の中を覗いている。
「およおよ、すんごい数の妖。もしかして島くんたち人気者?」
「俺たち目当てではない。が、出待ちとは非常識だな」
「がっくんの“アレ”ってこれかぁ。やっちゃうんでしょ? 俺一肌脱ぐよ~」
「必要ない」
「……あっそ」
冷たく突き放された島は不満げに口をへの字に曲げる。
そんな彼を意に介さず片足を後ろに下げて構えた紅花は小さく唱えた。
「創式妖術『紅雨』」
腰に現れた刀を手に無数の妖怪たちの間を一瞬で通り抜ける紅花。上空では、宙で頬杖をつきながら寝そべって観覧している島。
通り抜けた後足を止めた彼が片手で刀印を結び小さく唱えた瞬間、そこにいたすべての妖は音を立てて砕けた。
「ひゅ~、おみごと~」
寝そべった状態のまま下降してきた島は口に手を当て盛大に紅花を称える。
「これを素通りできる弦さんは、どこかネジがぶっ飛んでんだろうな」
「そうだね(ま、紅ちゃんも大概だけどね〜)」
そして、二人は博物館前にある祠へと乗り込んだ。
◇
夜更け、黒い着物を身に着けに二つの花束を持った吟丸は夕柊が寝ていることを確認したのち動き出した。
「玖」
黒い羽織に腕を通し下駄を履いた彼は玖を呼ぶ。呼ばれた玖は八咫烏の姿で飛んでくると吟丸の肩にとまった。
「柊を頼むよ」
玖の黒い羽で覆われた顔を指で撫でると屋敷を後にする。
「待たせてごめんね」
先に待っていた四人に声をかけた吟丸。
談笑していた彼らはゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「いいよ、先に兄さんのところへ行ってきたんだろうから」
代表して声をかけた弦宥に「ありがとう」と微笑んだ吟丸は彼らに並んだ。
彼らも吟丸同様黒の着物を身につけていた。線香や酒、菓子など思い思いのものを手に。
ここは、神恵子の墓地。
その一角に彼ら――100期生は集っていた。
墓石に書かれている名前は、
『島 小太郎』。




