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空蝉物怪録 ―うつせみもっけろく―  作者: 暮色 ―Boshoku―
第九章:トライアルウィーク 篇
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2 神宮博物館 組:①はじめまして島さん


「神宮博物館、久しぶりだな」

「黎明ツアーぶりだもんね」


 馨、澪、陸斗、丈の弐対はトライアルウィークの職場体験場所『神宮博物館』へとやってきていた。


「今日はラボ行けるかな?」


 そう呟くのは夕柊。まずは馨たちについてきたようだが、今回はしっかりと吟丸の許可を得てから来たとのこと。


「待っていたよ」


 博物館の入り口が開き出迎えてくれたのは、顔が見えるように分けられた長めの前髪、白髪の割合が多い赤みを帯びた黒い髪は後頭部で軽く結われている。

 足元には天狗下駄、縦に傷の入った左眉毛、目鼻立ちがはっきりした顔立ちに凛々しさが全身から醸し出されている男性だ。


 名を『門廻(せど) 岳斎(がくさい)』(33)。

 神宮博物館の館長である。


「ひさしぶり、『がっくん』」

 夕柊は袖に隠れた右手を彼へ緩やかに振った。


「ひとまず館内をじっくり見ておいで」と岳斎に促され馨らは再び足を踏み入れていく。


 だが、ひとりロビーに残っていた夕柊。


「お前は行かないの?」

「うん、相棒がね、奴が来るって言っているから」


(“奴”なんて、そんな言い方していないから! “あの人”が来るって言ったの!)


 すかさず彼の脳内に響く相棒からの苦言。


(まあ同じようなものでしょう?)


 夕柊の適当さに相棒――彼の中にあるもう一つの魂・烏天狗の『夕』は盛大にため息を零した。


「奴……? ああ、『紅(べに)』のことか」


 首を傾げた岳斎だったが“奴”の正体に思い至ると声を上げて笑い始める。


「はは、確かにあいつには“奴”呼びがぴったりだ。相棒もよくわかってんじゃん」


(いや、僕は“奴”呼びしていませんから! ちょっと訂正してよ、柊)


 夕の訴えを聞き流した夕柊は、ロビーから地下へと続く一つの階段へ視線を送った。


 徐々に聞こえてくる微かな声。


「……あーはいはい。どうも」

「適当だな~、紅ちゃんは。ちゃんと使い方聞いとかないとすぐ壊れっかんね? なんなら説明書付けとくけど?」


「要らん、そんな辞書みたいな説明書」

「事細かに書かれていてじっくり読めんのに」

「簡単にわかるから需要あんだろ」


 言い合いをしながら姿を現した二人。


 一人は白い長髪に一束混じる赤髪が目を惹く、端正でいて中性的な顔立ちの人物。もう一人は、目を隠すほどボリューミーなボサボサの髪に猫背の人物。


「『紅花(べにばな)』に『詠(よみ)』くんも一緒だ」

「あ? ……なんだ柊か。何してんだこんなところで」


 不機嫌な声を漏らした長髪の人物は、夕柊に気が付くとすぐさま言い合いをやめて足早に近づいてきた。

 名を『桟(かけはし) 紅花』(29)。


 以前、学園に襲撃があった際、陸斗らが言っていた言葉を覚えているだろうか。



――――――

「その心配はないさ。黎明最強の男がここにはいるから」


「……ということは、まさか伝説の100期生が来てくれる展開なのでは!?」


「黎明最強の男といえば、100期生の一人『桟 紅花』さんだもんな!」

――――――



 彼こそが巷で謳われているその“最強の男”なのである。


「今トライアルウィーク中なのよ」

「へぇー」


 と、周囲に視線を送った紅花に館内へと顎をしゃくった岳斎。夕柊以外の生徒が現在いる場所だ。


「柊ちゃん、元気してる?」


 紅花に続き夕柊へと近づいてきたボサボサ髪の男は、腰を屈めて夕柊に視線を合わせた。横に広げられた大きな口から覗く八重歯は猫を彷彿とさせる。

 名を『橘(たちばな) 詠道(よみち)』(33)


「元気。なんだか久しぶり」

「前もここ来たみたいだけど、ラボには寄っていかなかったもんね」


 彼は博物館の地下にあるラボで様々な発明を行っている者の一人だ。


 容姿と反し柔らかな声を零した詠道は、夕柊の金色に変わった左目と背から出されたままの烏の翼に視線を送った。

 視線に気が付き夕柊は翼を仕舞おうとしたものの上手くいかず、虚しく数枚の羽を床に落としてしまう。


「ごめんね」


 落ちた羽をしゃがんで拾った夕柊の頭に乗せられる大きな手。


「気にすんな」


 隣にしゃがんだ岳斎に勢いよく撫でられた髪によって夕柊の顔は隠された。



   ◇



「……こんな写真って、あったっけ?」


 最後尾を歩いていた馨は、壁に掛けられている額縁入りの写真の前でつと足を止めた。神威学園の制服を着た年齢の異なる五人が映っている。


「どうした、馨くん」


 先頭を歩いていた陸斗も振り返り写真の前にやってきた。続いて澪、やや距離をあけて丈もやってくる。


(こんなに目立つ写真なのに、以前来た時に気付かないことなんてあるんだろうか。……うん、あるな。だって勝手に資料が消える博物館なのだから。というより、ここ『空蝉』だし)


 顎に手を当てて思考していた馨だったが、黎明ツアーの際勝手に開いたり消えたりした資料を思い出しひとり納得に至った。


「この写真が気になる?」

「……うぎゃっ!」


 突如右側から顔を覗かれ悲鳴を上げた馨。あとずさったことで澪、丈と雪崩的にぶつかってしまう。


「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ。僕はここの従業員『島(しま)』だよ」


 早鐘を打つ胸を押さえながら澪と丈に支えられていた体を置き直らせた馨は、彼を頭からつま先まで見やるが至って普通の作業服、と怪しい点はなく胸を撫で下ろした。


(いや、むしろ作業服は着物が主流のこの世界では浮いているのか? でも博物館の従業員の制服の可能性もあるのか)


 周囲へ視線を彷徨わせた馨だったが、この階には彼以外の従業員は見当たらなかった。


 一歩前に歩み出た陸斗が島に問う。


「ってことは、この写真のこともわかるんすか?」

「もちろん。これは『100期生』の写真さ」


 朗らかな笑顔を携えて頷いた島は、写真に視線を送ると語り始めた。


「“不死鳥”を神使にするという、今まで誰も成し遂げられなかった偉業を成した元現世人。

『几(おしまずき) 弦侑(げんゆう)』


一人の妖怪に操られ傀儡と化した一族を、僅か八つの時に自らの発明で救った天才発明家。

『橘 詠道』


高い戦闘能力と優れた妖術のセンスを持ち合わせ、一瞬にして妖を淘汰する佳人。

『桟 紅花』


誰と組んでも、相方のその能力を最大限に引き出すことができる陰の立役者。

『門廻 岳斎』


ただそこにいるだけで、あらゆる天才を纏めあげたリーダーシップの塊。

『艸楽(さがら) 玲於(れお)』」


 左端にいる人物から順繰りに指を差していった島。終わると手は後ろで組まれた。


「一世紀に一人現れると儲けもの、と言われるような人たちが一挙に五人現れた奇跡のような世代。それが彼ら『100期生』さ」


 島の端的な説明は馨らの耳に吸い込むように届く。


「同時に入学し同時に100期生として卒業した五人なんて言われているけど、ここだけの話、僕は伝説の100期生は六人だと思っていてね」


「六人?」


「この卒業写真。岳斎さんと紅花さんの間に少しスペースがあるでしょう? 卒業証書を持っているしちょうど真ん中だから違和感がないけどね。あと、見切れているけどここの端にひとつ椅子が畳まれているんだよ。……まるで、誰かが座る為にあったかのように」


「……ほんまや」


 写真に釘付けになっている彼らの視線。だが、次の一言でそれは島へと集中することになる。


「それで、僕の中ではこれが決定打なんだけど、死んでいるみたいなんだ。100期生のうち一人が、ね」


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