6 黎明祈祷祭
「あぁ、俺のせいで……」
「馨くん……!」
再び負のオーラに満たされそうになる馨に駆け付けようと手を伸ばした綸を制した新。綸は抗議しようと振り返ったが、彼の泣きそうな顔に押し黙る。そんな綸の視界を横切る一つの影。
その者は蹲る馨に近づくと淡々と言い放った。
「立って」
顔を上げた馨の視界に映るブロンドの髪と瞳。
「……お前にはわからないよな」
「うん、わからないよ。俺は馨じゃない。木歳との思い出も少ない。その辛さはわかってやれない」
夕柊の言い草に乾いた笑いを零した馨はやおら立ち上がり、小柄な彼の胸倉を両手で掴むと声の限り叫ぶ。
「なにも知らないんだろ!? だったら――」
「知っている!」
夕柊も負けまいと馨の胸倉を掴み返した。彼に珍しく感情が前面に出ている表情と声だ。
「知らないわけないじゃん! 俺はいつか神使になる。お前が何も知らず過ごしていた時からずっと覚悟はできているんだよ!」
荒げた声を落ち着かせるようにゆっくり呼吸した夕柊は、打って変わって慈しむような表情を浮かべる。
「……それなのに、なにも知ろうとせず生きていたと思う?」
自分とは比べ物にならないような経験を生まれた瞬間から耐え凌いでいる彼に、馨は何も言い返すことができず胸倉から手を離した。
反してまだ馨の胸倉を掴んでいた夕柊は、腕を引き自身の顔に彼の顔を近づける。
「馨、方法はある。大丈夫、必ず俺が木歳を連れ戻すから」
「……できるの?」
「やる。俺が神使になってからだからもう少し時間はかかるかもだけど」
「……なんだよ、それ。神使になったら記憶も俺との約束も何もかも忘れるくせに」
「だったら馨が思い出させて。殴ってでも何をしてでも俺に思い出させてよ」
胸倉を掴まれていた手が離され力なくその場に崩れ落ちた馨。次々と自分に降りかかってくる重い現実に彼は打ちひしがれていた。
「……できない」
「できる。馨はできる。ほら、面倒くさくなって俺が殴る前に自分で立ち直ってよ」
馨に視線を合わせるようにしゃがみこんだ夕柊は彼に微笑みかける。
「……なんでお前はそんな前向きでいられるんだ」
「今までだってなんとかなってきたからだよ。俺が神使にならない方法だってあるかもしれない」
袖に隠れた手を口元に持ってきた夕柊は口角を上げて馨に告げた。
「ねぇ、知ってる? この世界は神が作ったんだよ? そしてその神はここにいる」
上空に指を伸ばした夕柊に促され空へと視線を向けた馨。視界に映る『空蝉物怪録』。だが、夕柊はそのさらにある『神宮城』を示していた。
「そんな神はなんと俺に目がなくてね。神が味方にいる俺にできないことってあると思う?」
悪戯っ子然として笑った彼に馨の口は無意識に言葉を紡いでいた。
「……思わない」
「でしょう?」
立ち上がった夕柊に差し伸べられた手に自分の手を乗せて立ち上がった馨は、唇を強く噛んだ。今の自分があまりにも情けなかったからだ。
「君の今やるべきことはなに?」
「……黎明祈祷祭の、祈祷師」
「うん。君の事情なんて知らずに、みんな願いが神に届けられることを待っている。だから、悟らせちゃならない」
深く頷いた馨は夕柊にぎこちなく微笑み返した。
(……ああ、君が言うと説得力があるよ。そうだね、これは俺が持っている責任だ。辛かった、なんて言い訳で蔑ろにしていいものじゃない。そんなの他人には知ったこっちゃない)
一人で歩き出した馨は吟丸の元まで進むと深く頭を下げた。
「今からでもまだ間にい合いますか?」
「……ああ、もちろんだ。よし、みんな祈祷祭の準備の再開だ。時間がない、気合を入れるよ」
馨に優しく微笑んだ吟丸は二度手を叩くと初羽に告げていく。
「よ、よし来た! 任せて!」
「腕の見せ所やなぁ」
「あたしたちがサポートするわ」
「馨くんの顔に泥を塗るわけにはいかねぇよ」
【ケセラセラ】
呆然と様子を伺っていた初羽の子らだったが吟丸の促しによって我に返り、馨の元に集うと各々声をかけていった。
「みんな、ありがとう」
状況を知りたいはずなのに詮索せずただ自分を慮ってくれるクラスメイトに改めて感謝が募っていった馨。
(……本当、俺は助けられてばかりだ。せめて祈祷で返そう)
決意を胸に両頬を強く叩いた馨は強い一歩を踏み出した。
(聞き間違えなんかじゃない……)
一歩引くように初羽を見ていた夕柊の腕を掴んだ綸は、顔を俯かせたままたどたどしく言葉を発していく。
「……ね、夕柊、くん。神使になる、って、なに? 記憶もなにもかも、忘れるって……」
「ごめんね。あとでちゃんと話すから」
眉を下げて微笑んだ夕柊は彼女の頭に軽く手を置いて、手招きしている吟丸の元へと駆けていった。
「……知らない、そんなの」
泣きそうな綸の背を押して歩くよう促した新。
「そうだな。知らないな。不安だよな。怖いよな。……でも、立ち止まるわけにもいかないんだよな」
涙を袖で拭いながら頷いた綸も自身の両頬を手で叩き、先を歩く初羽の背を追っていった。自分が今すべきことは悲観することでもなく馨を支えることだから。
満月が淡く輝く夜、斎服を纏い神楽鈴を持った馨は学園に設けられている舞殿の上で座して時を待っていた。
黎明に属する者らが神威学園に一堂に会する『黎明祈祷祭』。一人一人和紙で作られた灯籠を抱えており、これに願いを込めて中のろうそくに火を灯すのだ。
祈祷師の役目は、灯籠に込められた願いを届けるため神に舞を捧ぐこと。馨が立ち上がったことにより微かに神楽鈴が音を鳴らす。
まずひとつ灯籠が空へと飛ばされる。舞を始める合図だ。
「……よし」
深呼吸後、馨は神楽鈴を打ち鳴らして舞を始めた。
「さあ、願いを」
ひとつ、またひとつと空に飛ばされていく灯籠。ろうそくに灯った火により灯籠は淡く橙に色付き、暗い空を彩っていく。
ひとり学び舎の屋根の上で空を見上げていた夕柊の瞳に映る無数の灯籠たち。夕柊の隣には一匹の梟がおり、空をただ眺めていた。
「いつ見ても奇麗だね。ねぇ、見えている?」
梟に手を伸ばし自身の膝の上に乗せた夕柊へと背後からかけられた声。
「夕柊くん!」
振り返れば、灯籠をふたつ手にした綸がおぼつかない足取りで彼に近づこうと屋根の上を歩いていた。
「……あ」
案の定バランスを崩し傾いていく綸の体。咄嗟に翼を生やした夕柊は落ちていく綸を宙で抱きかかえ地面へとゆっくり降り立っていく。
「危ないことしないでよ」
「ごめんなさい。でも――」
「あ! いた夕柊くん!」
綸の声を遮るように恒心が叫ぶ。彼の隣にいた陸斗も二人の姿を見つけると学び舎の中へ声をかけた。
「おーい、夕柊くんいたぞー!」
「もう、探したんやから」
「ひとり、さびしい」
学び舎の中から姿を現した初羽の子らは、夕柊と綸の元にたちまち集っていく。綸は夕柊に下ろされるとその手に灯籠を渡し微笑んだ。
「――でも、一緒にいたかったから。みんなで願いを飛ばしましょう」
「……うん」
わちゃわちゃしながらもろうそくに火を灯し終わった彼らは、
「「「せーの」」」
と、一斉に空に灯籠を飛ばした。ゆったりと空へ向かっていく橙色に色付いた無数の灯籠は見惚れてしまうほどに美しい光景だ。
「これが、みんなの願いがこもった灯籠なんですね」
「うん。そんな願いを神に届けているのが――」
「馨くん」
顔を見合わせて微笑み合った夕柊と綸は手を繋いで、舞殿で舞っている馨の元へと駆けていく。二人の背後に続く初羽の子ら。彼らは誰も決して一人にはしない。
◇
神宮城の神室の窓から神威学園での灯籠流しを見ている御影。
「いつ見ても奇麗だな。……だが、おぬしらは観に行けばよかろうに」
振り返り苦笑いを浮かべた御影に、鼻に皺を寄せた天戯とため息をつき雑面を揺らした天司。彼らは顔を見合わせると、天司は御影の肩に、天戯は御影の頭に手を乗せて告げる。
「「あなたの傍にいるに決まっているでしょう」」
「……そうか、ありがとう」
窓に映っていた灯籠流しの風景は動くように消えていき、ほどなくして窓は何も映さない暗い空間へと戻っていた。
この窓には、学園に駐在している梟が瞳のカメラで捉えた映像が映されていたのだった。
「……わしがここから出られないばかりにのう。すまんのう」
天を仰いだ御影は金に輝く瞳をおもむろに閉じる。
黎明祈祷祭 篇 ――完――
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
100話で第八章が終幕し、次回から第九章の幕開けです。




