15.一日だけの花嫁
「……はい、あなたの好きな魚の煮付けですよ」
私はそう言って、写真の前に料理を置く。
そして、静かに手を合わせる。
私にはかつて、夫がいた。
ただ、夫と過ごした日は一日だけ……。
あれは、まだ日本が戦時中の頃……。
※※※
「君は、明日死んでしまう僕のために、今日、結婚してくれるのか……?」
当時、25歳だった彼が20歳の私に、そう告げる。
「はい……」
私は、その言葉に少し顔を赤くしながら応える。
この時、日本は戦争の最中にあった。
そして、彼は『特攻隊』に任命された。
ーーーー特攻隊……。
それは、戦機ごと敵の所に突っ込むという、命と引き換えの戦略だった。
彼は、その任命を受け入れた。
国のためにと信じて……。
そして、国は、そんな人たちに少しでも幸せを感じて貰うため、『一日花嫁』というものを作った。
そして、私は彼と、一日だけ夫婦として過ごす。
彼は魚の煮付けが好きだと言ったので、私は魚の煮付けを作り、彼に振る舞った。
彼は、「美味しい、美味しい」と、言いながら、涙を流していた。
一日だけ、食卓を一緒に囲み、一緒のお布団で寝る……。
次の日、彼は旅立っていった……。
その日の空は、とても快晴だった。
空を見上げると、特攻隊の戦機が飛び立っていくのが見える……。
きっと、あの一つに彼が乗っているのだろう……。
本当は、無事に帰ってきて欲しい……。
でも、その願いは叶わない……。
やがて、いくつもの爆発音が空に響く……。
特攻隊の戦機が敵に突撃して散っていく音……。
その音を聞いて、私は、その場に泣き崩れた。
一日だけ……。
たった一日だけの夫……。
でも、私にとっては、かけがえのない一日だった……。
※※※
私は写真を手に取り、大切に抱き締める。
あれから、私は彼だけを想い続けて、お婆さんになった。
若い頃は、他の人との結婚を勧められたが、私は全て断った。
私が愛したのは彼だけ……。
今日も、大好きな彼の写真を小さな机に置いて、私は食事を並べる。
「じゃあ、いただきましょうかね……」
私は、写真の彼にそう言葉をかけると、いつものように食事を始めた……。
(完)




