14.愛しの君へ
俺は昔から短気で、すぐ怒る性格だった。
仕事場でもよく部下を叱っていたせいか、部下からは、少し怖がられていた。
それは、家でも同じだった。
妻が食事の準備に時間が掛かっていると怒鳴り、それを見ていた娘からは「嫌な父親」として映っていただろう……。
だが、妻は俺が怒鳴っても、文句の一つ言わずに、家のことをしてくれていた。
時々、この短気な性格を治さないと、離婚を言い渡されるかもしれないと、不安になったこともある。
しかし、持って生まれた性格はなかなか変えられず、些細なことで怒鳴ってしまうことがよくあった。
そんな俺も歳を重ね、85歳になった。
ある日のことだった。
俺は家の階段を踏み外し、転落してしまった。
幸いにも、脳には異常がなかったが、身体を動かす事が出来なくなってしまい、自宅のベッドで、寝たきりを余儀なくされてしまった。
そんな状態になり、俺はベッドの上でふと思った。
『これは、今までの自分の行いが悪かった罰なのかもしれない』
そう思うと、不意に一筋の涙が流れた。
俺がこんな状態になっても、妻は俺を見捨てずに、精一杯介護をしてくれた。
ベッドの上で過ごすようになり、日々が過ぎていく……。
ある日、俺は自分がもう長くないことを、なんとなく感じた。
そして、それと同時に湧き上がる想い……。
こんな身体になっても、精一杯介護してくれる妻……。
俺が短気で怒りやすくても、そばにいてくれた妻……。
次から次へと妻に感謝の想いが込み上げてくる……。
俺は、愛している妻に、ちゃんとお礼を言ったことがなかった。
『最後は、きちんと伝えよう』
俺はそう思い、部屋に食事を運んできた妻に声を掛けた。
「ミサト……」
俺が妻の顔を見ながら、妻の名前を呼ぶ。
「なんですか?」
妻が微笑みながら、柔らかな声で応える。
「今まで、すまなかった……」
俺の発した言葉に、妻はキョトンとした顔をする。
「俺は短気だからな……。今まで些細なことで怒鳴ったりして、本当にすまなかった……」
俺がそう言葉を紡ぐと、妻は俺の手を優しく握ってくれた。
「あなた、覚えていますか?出張で地方に行く度に、私にお土産を買ってきてくれたこと……。その度に、あなたは喜ぶか分からないけどって言いながら、少し顔を赤くしてましたよね……」
「そ……そうだったかな……?」
妻の言葉に俺はその時の事を思い出し、少し恥ずかしい気持ちになる。
「私はその度に、愛されているんだな〜っていう事が伝わって、本当に嬉しかったんですよ……」
妻が微笑みながら、そう言葉を紡ぐ。
「私は、あなたの優しいところも沢山知っています。だから、私はあなたとずっと一緒にいたくて、毎日を頑張れたんですよ」
妻の語る言葉に、俺は涙ぐんだ。
感謝の想いで、心に温かいもので満たされていく。
「ミサト、愛してる……」
「私も愛しています……」
俺と妻はお互いを見つめ合いながら、そう言葉を交わし、微笑み合う。
温かな想いがオレの中で広がっていく……。
それと同時に、俺は、強い眠気に襲われた。
「なんだか……もの凄く眠いな……」
「なら、眠るまで手を握ったままでいますね」
妻が、優しく、優しく、俺の手を握り続ける。
その温もりに俺は安心して、深い眠りに落ちていった……。
(完)




