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追放された貧乏伯爵家の在庫係、余り物に触れると『次の持ち主』が見えるので倉庫から領地を救います  作者: 花守りつ


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18/19

帰る前の帰着印を押した部署

四七番車の帰着印は、ノエルの月印より二時間早かった。


その一行だけを、ミラは青札の上に大きく書いた。


帰着印、昨日夕刻。


月印、昨日夜半。


リオ本人帰着、夜明け後。


「順番が、生活の順番と合っていません」


白霧港の検疫所には、雨の匂いがまだ残っている。


机の上には、売却図面控え、賃金帳、四七番車の帰着控え、ノエルの月印の写し。


きれいな紙ほど、人の帰り道を早く閉じようとしていた。


港役人は腕を組んだ。


「部署間の処理だ。現場が口を出すことじゃない」


「部署間の処理なら、なおさら分けます」


ミラは青札を三枚に切り分けた。


一枚目。


生活到着口を書き換えた部署。


二枚目。


帰着印を先に押した部署。


三枚目。


未到着を帰着済みとして報告した部署。


「同じ部署かもしれません。違う部署かもしれません。でも、一つに丸めると、リオさんの賃金も、ノエルさんの帰着札も、返還倉庫予定地の雨避け板も、全部“処理済み”で消えます」


「だから、荷車一台の話を広げるなと言っている」


「荷車一台ではありません」


ミラは四七番車の控えに指を置いた。


指先に、短い景色が流れ込む。


濡れた板束。


まだ脚のついていない賃金受取机。


夜番灯を掛ける柱。


その下で、リオが自分の名を書き、半日賃金を受け取るはずだった未来。


雨避け板の端に、ノエルが月印ではなく帰着札の紐を結ぶはずだった未来。


そして、薬瓶を置く棚の前で、セナが「ここなら冷えすぎない」とうなずく未来。


その三つの未来の上に、同じ黒い文字がかぶさる。


帰着済み。


「この帰着印が閉じたのは、車輪ではありません」


ミラは目を開けた。


「リオさんの賃金受取机と、ノエルさんの帰着札と、救護瓶の棚です」


リオが、濡れた帽子を握りしめた。


「俺の賃金は、まだ……」


「はい。まだ受け取っていません」


「でも、港金庫では処理済みって」


「だから、本人未受領へ戻します」


ミラは賃金帳を開いた。


リオの名前はなかった。


あるのは、四七番車臨時荷押し、半日分、処理済み、という無名の行だけだ。


「名前がない仕事は、支払い済みにされやすい。支払い済みになった仕事は、帰ったことにされやすい。帰ったことにされた人は、次の仕事を断れません」


リオの顔が白くなった。


「今朝、また商会保管庫へ行けと言われました。昨日の分は終わってるから、今日の分だけ名前を書けって」


「それが、四つ目の生活到着条件です」


ミラは新しい青札を書いた。


次仕事同意、本人確認未完了。


「物が戻る。人が帰る。賃金を受け取る。次の仕事を本人が選ぶ。四つそろうまで、帰着済みではありません」


港役人が苛立った声を上げる。


「港ではそんな細かい条件で帳簿を止めない!」


「止めるための札ではありません。閉じないための札です」


セナが薬箱を机に置いた。


「救護瓶も同じです。受領済みと書かれても、棚に届いて、夜に使える温度で、薬師が名前を読めるまで完了ではありません」


カイが売却図面を広げる。


「返還倉庫予定地も同じだ。土地が商会保管庫へ用途変更済みでも、ここに戻るはずだった机と板と灯りがあるなら、まだ空き地じゃない」


三つの声が並ぶと、港役人の「部署間処理」は少しだけ薄くなった。


リオは震える指で、青札の下へ自分の名を書いた。


荷車押しリオ。


四七番車帰着未確認。


半日賃金本人未受領。


次仕事同意、まだしていません。


小さな字だった。


だが、そこに名前が入った瞬間、港金庫の処理済みは、ただのきれいな言葉ではいられなくなった。


「仮払いはできません」


港役人が最後の抵抗のように言う。


「部署名がない。どこへ請求する」


「部署名がないなら、部署名未記載のまま保留します。人の賃金を、部署名の空白に沈めません」


ミラは三枚の青札を、賃金帳の空白行へ重ねた。


「港金庫から半日分を切り分けてください。支払いではなく、本人未受領保全です。リオさんが今日の次仕事に同意するかどうかは、そのあとで本人が決めます」


「そんな前例はない」


「今日、作ります」


セナが証人欄に名前を書いた。


カイも続く。


港の夜勤者が一人、戸口で小さく手を挙げた。


「俺も……昨日、四七番の板を見ました。商会保管庫じゃなく、返還倉庫予定地とノエルが言ってた」


もう一人が言う。


「帰着印を持ってきたのは、港の帰着係じゃない。白い封筒の人だ。王都救済準備室の、返送……なんとか係」


「返送係?」


カイが聞き返す。


夜勤者は首を振った。


「正式名は見えなかった。封筒には霧みたいな白い印だけ。部署名のところが、白く抜けてた」


ミラは息を止めた。


部署名のない部署。


それは、犯人名より悪い。


誰の薬棚を閉じたのか。


誰の賃金を処理済みにしたのか。


誰の帰着札を結ばせなかったのか。


それを、どこにも戻せない形で処理できるからだ。


ミラは四枚目の青札を取り出した。


白霧印部署、正式名未確認。


四七番車帰着先押し処理に関与。


生活影響明細、未添付。


「部署名を探します」


港役人が笑った。


「王都の部署一覧に載っていなければ、どうする」


「載っていないなら、載っていないまま閉じません」


ミラはリオの青札を、彼の前へ戻した。


「今日の報酬は、犯人名ではありません。リオさんが、昨日の仕事を自分の名前で未完了に戻せたことです」


リオは、札を両手で受け取った。


「じゃあ……俺、今日の商会保管庫、断っていいんですか」


「断る、ではありません」


ミラは炭筆を渡す。


「帰着条件がそろうまで、本人同意を保留する、と書けます」


リオは、今度は少し強い字で書いた。


本人同意、保留。


その一行を見た夜勤者たちの背中が、ほんの少し伸びた。


返還倉庫予定地は、まだ奪い返せていない。


四七番車も、ノエルも、まだ戻っていない。


けれど、帰る前に押された印で、人を次の仕事へ押し出すことだけは、今日ここで止まった。


ミラは白い霧印の写しを見つめる。


印の縁には、部署名ではなく、細い数字が残っていた。


七二の三。


王都救済準備室の部署番号なら、一覧にあるはずだ。


だがカイが持っていた古い部署表では、七二番は空欄だった。


「空欄の部署が、帰着印を押している」


セナがつぶやく。


ミラは最後の青札を書いた。


七二の三、部署名空白。


次回照合。誰の帰着を閉じたか、生活側から読む。


白霧港の雨は上がった。


けれど、空欄の部署だけが、まだ濡れたまま残っていた。

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