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第7話 最高の復讐は、幸福になること

第7話 最高の復讐は、幸福になること


東京ビッグサイトの巨大ホールは、熱気に満ちていた。


無数のライト。


飛び交う外国語。


フラッシュの嵐。


《TOKYO COLLECTION》


世界中のメディアが集まる、日本最大級のファッションイベント。


その最前列には、世界的俳優、海外VOGUE編集長、財界人、インフルエンサーたちが並び、会場全体が興奮に包まれていた。


だが。


その空気の中心にいるのは、モデルではない。


一人の女だった。


「次、ラストです」


スタッフが緊張した声で告げる。


バックステージは戦場のようだった。


ヘアメイクが飛び回り、モデルたちが慌ただしく着替えていく。甘いヘアスプレーの匂い。熱を持った照明。張り詰めた空気。


その中央で、神代麗華は静かに立っていた。


純白のドレス姿で。


誰もが息を呑む。


それは“花嫁衣装”だった。


けれど、普通のウェディングドレスではない。


胸元は潔いほどシンプル。


余計なレースも、甘い装飾もない。


滑らかなシルクが、麗華の身体を流れるように包み込んでいる。


背中は大胆に開き、腰から裾へ落ちるラインは鋭く美しい。


まるで、白い刃だった。


「……完璧だ」


低い声。


振り返ると、アレクが立っていた。


黒のタキシード姿。


その灰色の瞳が、麗華を静かに見つめる。


「このドレスを着こなせる女は、世界中を探しても君だけだ」


麗華は少し笑った。


「光栄ですわ」


アレクが近づく。


白い手袋越しに、そっと麗華の肩へ触れる。


「緊張しているか?」


「いいえ」


「嘘だな」


麗華は小さく息を吐いた。


「……少しだけ」


アレクは優しく笑った。


「怖いか?」


その問いに、麗華は少し考える。


怖い。


確かに怖かった。


これまでの人生。


ずっと“誰かの隣”として生きてきた。


神代家の娘。


氷室瑛太の妻。


誰かを支え、誰かを立てることばかり求められてきた。


だが今夜は違う。


世界中の視線が、自分だけへ向けられる。


逃げ場はない。


「昔のわたくしなら」


麗華は静かに言った。


「こんな場所、立つ資格がないと思っていました」


「今は?」


「……少しだけ、自分を信じてみたいと思っています」


アレクは目を細めた。


「それでいい」


そして低く囁く。


「君はもう、“誰かに選ばれる女”じゃない」


その声は、不思議なほど優しかった。


「自分で人生を選ぶ女だ」


胸の奥が熱くなる。


泣きそうになるほど。


けれど麗華は涙を堪えた。


泣かない。


もう、誰かに傷つけられて泣く女ではないから。


「神代さん、スタンバイお願いします!」


スタッフの声が飛ぶ。


ランウェイの向こうでは歓声が響いていた。


アレクが一歩下がる。


「行ってこい、Reika」


麗華は頷いた。


そして、一歩踏み出す。


◇


会場が暗転する。


ざわめきが走る。


静かなピアノの旋律。


そこへ、スポットライトが落ちた。


白い光の中へ、麗華が現れる。


——息を呑む音がした。


観客席の空気が変わる。


純白のドレス。


長い黒髪。


真っ直ぐ前を見つめる瞳。


美しい。


だがそれ以上に、強かった。


まるで。


誰にも屈しなかった女の、生き様そのもの。


フラッシュが弾ける。


一歩。


また一歩。


ヒールの音が静かに響く。


カツ、カツ、と。


その歩き方には迷いがなかった。


堂々としている。


媚びない。


視線を欲しがらない。


なのに、誰も目を逸らせない。


観客席の最前列。


氷室瑛太は呆然と立ち尽くしていた。


「……麗華」


掠れた声が漏れる。


隣では萌々香が顔を引き攣らせていた。


「なんで……」


萌々香は今日、自分も白いドレスを着てきた。


だが今、自分がまるで安物のコピー品みたいに感じる。


違う。


全部違う。


立ち方。


視線。


呼吸。


空気。


麗華は“選ばれた女”ではない。


“自分で立っている女”だった。


だから誰より美しい。


その時だった。


スクリーンへ巨大な文字が映し出される。


《Maison de L'Aube》

《The Dawn of Intelligent Women》


知性ある女性たちの夜明け。


会場が沸いた。


歓声。


拍手。


フラッシュ。


世界中のカメラが麗華を追う。


瑛太は、目を離せなかった。


脳裏に蘇る。


結婚して間もない頃。


麗華は笑っていた。


瑛太が成功すれば、自分も嬉しいと。


夜中まで資料を作り、投資家対応をし、それでも「あなたの夢を応援したい」と言っていた。


なのに。


自分は何をした。


後回しにした。


傷つけた。


利用した。


そして捨てた。


瑛太の胸が痛む。


今さらだった。


あまりにも遅かった。


ランウェイの先端で、麗華が止まる。


スポットライトが降り注ぐ。


純白のドレスが光を受けて輝く。


それは、“捨てられた花嫁”の白ではない。


喪失の白でもない。


再生の白。


自分の人生を取り戻した女の白だった。


麗華は静かに微笑む。


その笑みは美しかった。


そして残酷だった。


もう。


彼女は二度と、自分を見ていない。


瑛太はそれを、嫌というほど理解してしまった。



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