009...当たっても弱い
鹿を追った。
もちろん無理だった。
速い。
森に慣れてる。
こっちは息切れ。
「はぁ……っ」
木へ手をつく。
終わってる。
あんなの捕まえられるわけない。
だが。
腹は減る。
食わないと死ぬ。
その時。
また鹿を見つけた。
少し遠い。
草を食べている。
俺はしゃがみ込んだ。
石を握る。
……投げる?
意味あるか?
でも。
他に何もない。
俺は息を止めて石を投げた。
ビュッ。
ゴッ。
「!?」
当たった。
鹿の脚。
だが。
それだけ。
鹿は驚いて逃げた。
終わり。
「弱っ……」
思わず口から漏れた。
石だ。
当然だ。
漫画みたいに一撃で倒れたりしない。
ただ痛いだけ。
でも。
その時。
【《旧石器》適応率 13%】
【投擲距離 微上昇】
「だから微妙なんだよ全部……!」
森で一人ツッコむ。
だが。
現実として。
さっきの石、ちょっと飛んだ。
ほんの少しだけ。
前より真っ直ぐ。
でも。
弱い。
結局それが全てだった。
腹が鳴る。
寒い。
疲れた。
村にいた頃は、少なくとも飯はあった。
火も。
屋根も。
人の声も。
今は何もない。
その時。
ふと。
森の奥から臭いがした。
「……?」
鼻をひくつかせる。
肉。
血。
獣。
嫌な臭い。
身体が勝手に強張った。
【危険感知 微上昇】
「っ……!」
本能的に隠れる。
木の陰。
息を止める。
その数秒後。
茂みの奥を、巨大な狼が通った。
黒い毛。
赤い目。
ブラックウルフ。
昨日、村で話していた奴。
「……」
心臓がうるさい。
やばい。
あんなのに見つかったら死ぬ。
ブラックウルフは、しばらく辺りを嗅いでいた。
俺は動けない。
石を握ってる。
でも。
分かる。
投げても意味ない。
石は石だ。
当たっても。
たぶん怒らせるだけ。
数分後。
ブラックウルフは森の奥へ消えていった。
「はぁ……っ」
全身の力が抜ける。
生きてる。
ただ隠れてただけなのに。
でも。
その瞬間。
俺は理解した。
《旧石器》。
これは。
“戦う力”じゃない。
“死なないため”の力なんだ。




