006...1人
朝は、驚くほど静かだった。
冬前の空。
白い息。
冷たい風。
村人たちは誰も見送りに来なかった。
いや。
来れなかったんだと思う。
気まずいから。
俺だって逆ならそうする。
小さな袋を背負う。
中には、
パン二つ
干し肉少し
水
火打石
それだけ。
武器はない。
当然だ。
石投げるだけの奴に、剣なんて回ってこない。
村の門の前。
アイリスだけがいた。
目が赤い。
たぶん昨日ずっと泣いてた。
「……ほんとに行くの?」
「追い出されたしな」
「そんな言い方しないでよ」
困ったように笑う。
でも。
俺はちょっとだけ安心してた。
最後にアイリスがいてくれて。
完全に一人じゃなかったから。
「王都、行くんだろ」
「……うん」
「頑張れよ、聖剣姫」
「レクト」
アイリスは少し黙ってから言った。
「絶対、生きてて」
その言葉だけは。
妙に胸へ残った。
俺は笑う。
「まぁ、石投げればなんとかなるだろ」
「ならないよ……!」
泣きそうな顔。
俺は視線を逸らした。
……そうだな。
ならない。
普通に死ぬと思う。
でも。
怖いって言ったら、もっと泣きそうだった。
だから言わなかった。
「じゃあな」
背を向ける。
雪の残る山道。
森。
冷たい風。
歩く。
一歩ずつ。
そして。
村が見えなくなった瞬間。
急に静かになった。
「……」
誰もいない。
本当に。
一人。
その事実が、急に重くなる。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
魔物。
寒さ。
飢え。
全部が現実だった。
昼頃。
森へ入る。
木々が風で揺れている。
暗い。
寒い。
音が怖い。
枝が鳴るだけで心臓が跳ねた。
「……どこで寝るんだよ」
口に出した瞬間、少し笑いそうになる。
終わってる。
知識もない。
経験もない。
あるのは石だけ。
その時。
グゥゥ……
腹が鳴った。
干し肉を少し食べる。
……少ない。
これじゃ数日。
いや。
下手したら明日には終わる。
夕方になる。
気温が一気に下がる。
寒い。
やばい。
その時だった。
【《旧石器》適応率 5%】
【危険感知 微上昇】
青白い文字。
次の瞬間。
ゾワッ。
背筋が震えた。
「……っ!」
振り向く。
何もいない。
でも。
なんかいる。
木の奥。
視線。
気配。
心臓がバクバク鳴る。
怖い。
本能が叫んでる。
“逃げろ”って。
その時。
茂みが揺れた。
ガサッ。
「っ!!」
反射的に石を掴む。
投げる。
ビュッ。
ガサッ!!
外れた。
普通に外れた。
でも。
茂みの奥の何かが逃げていく音がした。
「はぁ……っ」
膝が震える。
今の、何だった。
狼か。
魔物か。
分からない。
でも。
石は弱かった。
全然強くない。
ただ。
“近づかれる前に投げられる”。
それだけだった。




