004...生き残れない数
ブラックウルフ。
その名前が出た瞬間、村の空気が変わった。
笑い声が消える。
子供たちまで静かになる。
それくらい危険な魔物だった。
「数は」
村長が低く聞く。
「30……いや、40かもしれねぇ」
狩人が答える。
顔色が悪い。
腕には浅い裂傷。
逃げながら戻ってきたのが分かった。
「クソ……」
村長が頭を抱える。
ブラックウルフは普通の狼じゃない。
速い。
賢い。
そして。
群れる。
村人だけでは勝てない。
だが。
冒険者を呼ぶ金も、この村にはなかった。
「門を閉じるしかねぇ」 「冬前に畑捨てるのか……」 「家畜も終わりだぞ」
重い空気。
皆、生きるので必死だった。
……40匹。
村の戦力を頭の中で数える。
終わってる。
その時。
後ろから声。
「レクト」
アイリスだった。
不安そうな顔。
「大丈夫かな」
「無理じゃね」
正直に答えた。
すると彼女は少し困ったように笑う。
「そういうとこ正直だよね」
「嘘ついても仕方ない」
ブラックウルフは強い。
村人が何人か死ぬかもしれない。
たぶん。
俺も。
その時。
村長が重い声で言った。
「……狩りができない」
空気がさらに冷える。
皆、意味が分かっていた。
冬前。
魔物。
不作。
つまり。
“全員は生き残れない”。
誰も口にはしない。
でも。
皆、頭では理解していた。
その夜。
小屋へ戻る。
寒い。
静か。
火をつける。
パチッ。
小さな火。
その前へ座る。
不思議だった。
火を見ると、少し安心する。
外は怖いのに。
ここだけ、生きてていい気がする。
【《旧石器》適応率 2%】
【火への依存 微上昇】
「依存ってなんだよ……」
誰もいない小屋で呟く。
その時。
コンコン。
扉が鳴った。
開ける。
アイリスだった。
今日は笑っていない。
「……村長たちの話、聞いちゃった」
嫌な予感がした。
「レクト」
「ん?」
「もし食料足りなくなったら……」
そこで言葉が止まる。
でも、続きは分かった。
俺は戦えない。
役に立たない。
だったら。
一番最初に切られる。
俺は少し黙ってから笑った。
「まぁ、そうなるだろうな」
「そんな顔で言わないでよ……!」
アイリスの目に涙が浮かぶ。
俺は視線を火へ落とした。
怒る気にはなれなかった。
だって。
この世界は、そういう世界だ。
弱い奴から死ぬ。
ただそれだけ。
火が、静かに揺れていた。




