030...石の音
鹿は、結局逃げた。
あと少しだった。
でも。
枝を踏んだ。
その瞬間に全部終わった。
「はぁ……」
三人同時にため息。
腹が減る。
だが。
前ほど絶望はなかった。
また探せばいい。
そう思えるくらいには、森での生き方が少し身体へ馴染んできていた。
その時。
男が地面の石を拾った。
そして。
別の石へ叩きつける。
カンッ!!
「っ」
乾いた音。
石が割れた。
鋭い破片が飛ぶ。
「……危な」
「見ろ」
男が破片を渡してくる。
触る。
鋭い。
普通に切れそうだった。
「石って割れると刃になる」
「……」
その発想はなかった。
石は投げるだけだと思ってた。
でも。
割れる。
尖る。
切れる。
その瞬間。
頭の奥で何かが繋がった。
石。
骨。
刃。
加工。
【《旧石器》適応率 95%】
【“割れた石が危ないと理解”】
「理解の仕方が原始人すぎる……」
でも。
妙に納得した。
俺は別の石を拾う。
叩く。
カンッ!!
割れる。
失敗。
変な方向へ飛ぶ。
「むずっ」
男が少し笑った。
何度か試す。
割る。
失敗。
飛ぶ。
指切る。
「痛っ!?」
血。
ミナが吹き出した。
「レクト下手」
「うるせぇ」
だが。
十回くらい繰り返した頃。
少しだけ尖った石ができた。
弱そう。
でも。
枝を削れた。
「……切れた」
その瞬間。
【《旧石器》適応率 97%】
【“石を割ると便利だと理解”】
頭の奥へ感覚が流れ込む。
人類。
石。
刃。
加工。
文明の最初。
めちゃくちゃ地味だった。
魔法じゃない。
奇跡でもない。
ただ。
石を割った。
それだけ。
でも。
それだけで。
昨日より、生き残れる気がした。




