026...アイリスの旅立ち
馬車は静かに揺れていた。
窓の外には、広い街道。
村では見たこともない石畳。
護衛騎士。
豪華な荷馬車。
全部が、別世界だった。
「聖剣姫様、お寒くありませんか?」
「……その呼び方やめてください」
アイリスは小さく言った。
向かいの騎士が少し困った顔をする。
「しかし」
「アイリスでいいです」
騎士は頭を下げた。
「失礼しました、アイリス様」
結局“様”は消えない。
アイリスは小さく息を吐いた。
膝の上には、暖かい毛布。
隣には食べきれないほどのパン。
村とは違う。
何もかも。
その時。
ふと。
レクトの小屋を思い出した。
寒かった。
狭かった。
でも。
焚き火の前で笑ってた。
パンを半分こして。
くだらない話して。
……あれだけで楽しかった。
「……」
胸が少し痛くなる。
その時だった。
護衛騎士の一人が話しかけてきた。
「しかし、本当に幸運でしたな」
「え?」
「《聖剣姫》です。数百年に一人の逸材」
騎士は続ける。
「村も救われたでしょう」
その言葉に。
アイリスの顔が少し曇る。
「……」
救われなかった人もいる。
レクト。
《時代》。
《石を投げる》。
思い出すだけで胸が苦しい。
その時。
別の騎士が何気なく言った。
「ですが、同行者を切った判断は正しい」
アイリスの肩が止まる。
「冬前にハズレスキルを抱える余裕などありませんからな」
悪意はない。
本当に。
ただの現実として言っている。
それが余計に辛かった。
「……レクトは」
アイリスが小さく言う。
「弱くなんかありません」
騎士たちは少し困った顔をした。
だが。
誰も反論しない。
反論できない。
《石を投げる》。
どう考えても弱いから。
馬車の窓から外を見る。
空は曇っていた。
寒そうな空。
その時。
アイリスはふと思った。
……今頃、寒くないかな。
火、ちゃんとつけられてるかな。
食べれてるかな。
でも。
答えはない。
馬車は進む。
どんどん遠くへ。
村から。
そして。
レクトから。




