表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/24

09 賢母の課題

「ダニエル、あなたにひとつ課題を与えましょう。ついてきなさい」

「はい、母上」

 

 冬の始まったばかりの寒い朝のことだった。

 朝食を終えて母上に連れられて行ったのは我が家の裏門。そこには薄汚い格好の娘が一人うずくまっていた。

 門衛の騎士たちが機敏に敬礼をして、薄汚い百姓娘を立たせる。

 この汚らしい小娘が、この美しい公爵邸に何をしに来たというのだ。金でもせびりに来たのならば、小銭でも握らせて追い返せば良いものを。

 

「ダニエル、この娘の話を聞いて、公爵家としてどう対応するか、それをあなたが決めなさい」

「私がですか?」

「そうですわ。民をどう遇するのか、それを決めるのは貴い身分にある私たちの負うべき責務。ちょうど良い機会ですわ。あなたが決めるのです。そして決めた結果について生じる責任を負う覚悟をもつ、その訓練と思いなさい」

 

 やはり母上は素晴らしいお方だ。第六王女という序列でもなければ、今頃グレイスベルグ王国の女王であったかもしれない。

 その教えを直接受けることが出来るこの私は、なんと幸運であることか。

 これは母上の期待を裏切るわけには行かないだろう。

 

「おい娘、話があるそうだな」

「は、はい……アタシを買って頂けないでしょうか」

 

 寒い中に薄い衣服一枚という粗末な格好。

 痩せてみすぼらしい身体は、娼館に行ったところで買い手はつくまい。食うにも困っての身売りというわけか。

 

「ふん、なぜ我が栄光ある公爵家が、貴様のような貧相な田舎娘を買わねばならん」

「か、買っていただけないと、家族が生きていけません」

「……ほう? 家族が、だと? ……母上、この娘の話を詳しく聞こうと思います。家に入れても構いませんか?」

「えぇ。賓客用の応接室は使えませんが、部屋を手配させましょう。誰か、用意なさい」

 

 数名の使用人が駆け寄ってきて、母上の指示をうけ、館へと駆け込んでいく。

 すぐに一人が戻り母上に『部屋の準備が出来ました』と告げてきた。

 

「おい、入れ」

「え? あ、あの、アタシを買ってくださるんですか……?」

「買わん。だが話を聞こう。さっさと来い。いつまで母上をこのような寒い屋外に立たせるつもりだ」

「は、はい、すいません」

 

 部屋に入って温かい紅茶を淹れさせる。エルザの紅茶は一級品だ。母上が淹れてくださったものと比べても遜色ない。

 そんなエルザは母上と私にはそっとティーカップを起き、みすぼらしい百姓娘には木を削って出来た粗末なコップで紅茶を雑に出す。

 

「あ、アタシがこんな、貴族様のお茶を——」

「良いからさっさと飲め。それで? 身売りをしないと家族が生きていけないというのはどういう事だ」

「へぇ……あ、あの、アタシの村は今年の大雨と土砂崩れで、畑が埋もれてしまって、作物が全部ダメになりまして……」

「あぁ、お前土砂崩れの村の娘だったのか。秋頃に村長に話を聞いたら復興途中と話していたな。復興予算として十分な額を渡したはずだ。」

「……それで、村長様の畑は無事だったんですけども、アタシらの畑は全部埋もれてしまって……アタシの他にも大勢、畑もない、家もない、食べるものも着るものもどんどん少なくなって……身を寄せ合ってたんですけども、このままじゃ全員冬を越せない、ジジババは口減らしで死んで、アタシみたいな若い女は娼館にって……」

「なんだと」

 

 確か、やたらと身なりの良いあの村の村長の話しでは、自力での復興を続けるから資金援助だけを頼みたいという話だったではないか。

 グレイスベルグから買い付けた乳牛はまだ輸送中だが、麦はすでに届いて貯蔵している。

 あの村長が新しい作物は不要と、そう話していたからこそ、次の試験農家を探す算段を考えていたというのに、まるで話が違う。

 

「エルザ」

「はい」

「この娘の村の村長を呼べ。すぐにだ」

「はい坊ちゃま」

「母上、この者への処遇ですが……まずは救貧院で保護させましょう。それから、村長が公爵家からの資金援助を横領した疑いがあります。取り調べをしなければなりません。それからこの娘の話が事実であれば、百姓どもは口減らしをしなければ冬を越せない惨状にあります。来年の農業生産力が落ちてさらに貧しくなり、また来年はより多くのものが口減らしで死んでいく。……フザケた話だ。公爵領民はすべて公爵家の所有物。それが勝手に増えるならば良し、減っていくなど断じて許されるものではありません。公爵家で備蓄している食料を、緊急救援物資として出しましょう。死んで楽になるなど許してはなりません。百姓は百姓らしく、生きて食料を作る役目を全うさせねばなりません」

「えぇ、さすがですわダニエル。素晴らしい差配です。備蓄食料の供出はこの母にお任せなさい。ダニエルには村長への裁きも任せましょう。責任はこの母が負います。あなたの思うようにおやりなさい」

 

 さすがは母上だ。そこらの貴族の夫人どもとは器が違う。

 私にとっては初めてとなる裁き。だが、もう方針は決まっている。

 小悪党など断じて許されてはならない。悪とは、雄大であるべきなのだ。

 

 見ているが良い。

 私の目の届く場所で、私の影響力が及ぶ土地で援助資金横領など、小賢しい悪が存在を許されることは、断じて無いのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ