10 裁かれるべき悪
エルザが村長をしょっぴいてきたのは翌々日の事だ。
口減らしで老人が自ら死を選び、娘は身売りをするという寒村の村長にしては、随分と肥え太っている。それに随分と良い生地の服を着ているではないか。
「貴様が村長だな」
「は、はい、あの、我が村のものが何か無礼なことでも……?」
「村長。私は確か、秋に貴様に話を聞いたな? 大雨と土砂崩れで畑に被害が出ていたはず。新しい作物の栽培に協力する気は無いか、と」
「確かに、ですがその、被害はごく一部でして、公爵閣下からの慈悲深い資金援助で無事に復興を——」
「ほう、復興を果たしたと。もう村は何の問題もなく冬を越せるように成ったと、そういうのだな?」
「はい! これも全て慈悲深い公爵閣下と、神童と名高いダニエル様のおかげであります!」
「ならばなぜ貴様の村では公然と口減らしが行われているのだ? 貴様の村の娘が、先日我が家に身売りに来た。買われなければ家族が生きていけない。老人は自ら死を選び、若い娘は口減らしと現金収入のために身体を売っているという。エルザに調べさせたが、全て事実だったぞ」
村長の顔が引きつり、じわりと汗が浮かんできた。
「で、何故だ? 復興とやらが完遂された村で、なぜそのようなことをする必要がある? 貴様に預けた援助金は、畑を失った百姓共に配ったのだろうな?」
村長の顔色が一気に青白くなる。
随分とわかりやすい男だ。
このようなザマでは、間違っても貴族社会では生きていけまい。己の表情ひとつ操作できんとは、嘆かわしいものだ。
「村長、貴様随分と良いものを食っているようだな? 身売りに来た娘は、それこそ骨と皮ばかりに痩せさらばえていたというのにな」
「だ、ダニエル様、違う、違うのです、それは勘違いというものです!」
「今、我が公爵家のものが改めて貴様の家を調べている。出来れば私の邪推か勘違いであってほしいものだな。貴様が公爵家からの援助金を横領し、懐に入れて一人肥え太っているなど、断じてあってはならんことだ」
「……そ、そのようなことは! そのようなこと、どこの村でもやっているではありませんか! 村長が多く取って何が悪いのです! 村長とはそういうものではありませんか! 村長の家は! そうあるべきなのです! これは必要悪というものです!」
「くだらんな……何が『必要悪』だこの小悪党め。貴様のような小物が悪を名乗るなど片腹痛い。真の悪とは、この私のことをいうのだ! 様式美や伝統、前例にがんじがらめに縛られた善を踏み越えて、己の思うままに大望を果たす! これこそが『悪』! 貴様がやっていることは、ただのこそ泥と何も変わらん。もはや自白したも同じだな。衛兵!」
ドアが開き、数名の騎士がなだれ込んでくる。
実に見事な手際で肥満体の村長の腕をねじりあげて床に押し付けた。
「この者には、慈悲深い我が父上が払い出した援助金を横領した、合理的な疑いがある。ただちに地下牢に拘束せよ!」
「ははっ!」
「見事です、ダニエル」
騎士たちと入れ替わるように母上が部屋に入ってきた。
嬉しそうな微笑みをたたえた美しい母上が歩み寄り、エルザの前で優しく私の髪を撫でてくる。
「よくぞあの娘の訴えからここまでたどり着きました。村長の帳簿の調べはこちらにお任せなさい。緊急援助はすでに村に届けています。あの娘も、家族のもとに返しましたよ」
「さすが母上です……母上は全てお見通しだったのですか?」
「もちろん。公爵家が援助した村があのように貧しくなるということは、援助が何処かで滞ったということにほかなりませんわ。閣下も仰っていたでしょう、金の流れは血の流れ、滞れば滞ったところから腐って落ちる、と。ダニエル、学びなさい。あの村長の姿こそ、金を滞らせて腐った小物の姿ですわよ」
「はい母上」
やはり実地で学ぶことは座学よりも密度が濃い。
エリザベータも最近は母上に語学や領地経営について学んでいるというではないか。素晴らしいことだ。
あの村長のように無知蒙昧な小物を御するには、やはり私が学ばなければならないのだ。
知においても力においても、そして魔法においても、いずれでもあのような小悪党に劣っていてはいけない。
悪を名乗るのならば、怠惰な善などねじ伏せるだけの力が必要だ。
「私も……まだまだ学ばなければ」
「そうです、その意気ですよダニエル。あなたも先月11歳になりました。再来年には王都の貴族学院へ行くのです。そこで居並ぶ貴族の子弟達をねじ伏せられるだけの知力を、胆力を、魔力を、そして膂力をも身に着けねばなりません。そう、お父様のようになるのです」
「はい! 母上!」
結局、あの村長がどうなったのかはエルザから伝え聞いただけにとどまった。
鞭打ちの末に、公爵領内の鉱山で強制労働が課せられた、と嬉しそうに語るエルザの顔は実に美しかった。
加えて、あの寒村では新しい村長として公爵家の若い使用人の一人が派遣された。今年の冬は公爵家からの援助物資で越せる見通しが立ったそうだ。
さらに、来年の春から新しい麦の栽培と、新種の乳牛の飼育に携わりたいと手を挙げる者も少なからずいたというではないか。
素晴らしい。やはりあの小悪党が私の邪魔をしていたのだろう。
小物の分際で、勇者の知恵を手に入れたこの私に抗おうなど、身の程知らずもいいところだ。
この結果については、父上からも大いにお褒めの御言葉を頂いた。
母上の生国、グレイスベルグ王国の国王、つまり私の祖父からも新たな品種の栽培拡大に寄与したとして小遣いを下さったそうだ。
これは私の次なる悪徳の野望実現のため、準備資金とするべきだろう。そう祖父に手紙をしたためたところ、さらにお喜びになられたとのこと。
重畳、実に重畳だ。
「やはりダニエル様は器が違います。エルザは子宮が疼いてしまいます」
「何だ、腹でも痛いのか?」
「あぁダニエル様、エルザを気遣ってくださるとは、なんてお優しい……」
最近眠るときに、一緒にベッドに入るエルザがやたら私の下腹部をさすろうとするが、あれは何なのだろうか。
「あぁダニエル様……私の永遠の御主人様……早くエルザは孕みたいです」
「うん、まぁ何のことかは分からんが、そのうちにな」
エルザの目が見開かれ、やたらと鼻息が荒くなる。
私はなにか変なことを言ってしまったかもしれないが、まぁ些細なことだ。
「さぁエルザ、遊んでいるヒマはないぞ。これからもやるべきことは山のようにある! 私のために働け!」
「はい、ダニエル様!」




