11 公共事業
冬の間、我がダンストン領では多くの百姓どもが収入を得られずにいる。
先の欲深い愚かな小物極まる村長のように、己の分際も責任も弁えずただ私服を肥やし豚のように肥え太るだけしか能のない男が長を務める村は、実情として他にもまだあるだろう。
なにしろ公爵領は広大だ。だからこそ、その領地の統制や運営は重要だ。
多忙を極める父上に代わり、事実上この公爵領を治めているのは母上だ。領地運営に関して進言するとしたら、相手は母上をおいて他にいない。
「なるほど、農閑期に公爵閣下の名で公共事業を行い、農民達に仕事を与える、ということですわね」
「はい母上。その公共事業で先日定めたキロ・メトル法を採用したいのです。工事となれば専門のギルドが請け負うでしょうし、その下にある小規模の職人を抱える組合が手を動かします。事業への参入には、キロ・メトル法を採用することを条件にすれば、この規格を早く浸透させられると思うのです」
母上は切長の鋭い目で、複製したキロ・メトル原器に目を向けた。
この原器をもとにしたキロ・メトル法の定規に量りは、キロ・メトル工房で量産している。
あとはこの規格を、公爵領内で普遍的なものとする必要がある。誰でもがこのキロ・メトル法の定規をもってものを測り、そしてものを作るようにしなければ。
公共事業はギルドや組合にとって、存続に欠かすことのできない仕事だ。その仕事にありつくためにキロ・メトル法を採用する必要があるとなれば、嫌でもこの新しい規格を取り入れざるを得まい。そうすれば理不尽で不合理極まる『ヤンド・ボンド法』などというクソ極まる基準を駆逐できる。
「良い考えですわね。ギルドも公爵家の公共事業なくしては存続できません。この機会に新たな規格を採用させるのも良いでしょう」
「はい。それに、春までの農閑期に百姓どもを、ただ補助されるままに遊ばせるのはあまりにも無駄が多い。ならば公共事業で手頃な労働力とするのです。さらに加えて、メトル工房で試験運用した1日8時間労働制も受注条件に加えてはどうかと」
実際にメトル工房では、1日14時間毎日働かせるよりも、1日8時間に制限して短時間で成果を出させるよう仕向けた方が、長期的には遥かに高い実績を残している。
公共事業でも同じ結果が得られれば、これはも新たな基準として扱っても良いだろう。
「なるほど……ダニエル」
「はい、母上」
「良くぞその考えに至りました。母はあなたを本当に誇らしく思いますよ」
にこり、と美しい母上が微笑みをたたえ私を見下ろした。それだけではない、温かな胸への抱擁まで。
「は、母上……?」
「ダニエル、あなたは本物の神童です。良くぞ貴族学院入学前に、これほどの考えを身に付けました。このダンストン公爵家のますますの繁栄は約束されたもの同然ですわ」
嗚呼、なんと甘美な抱擁だろう。
聡明で美しい母上に認められるのがこれほどに嬉しいことだとは。
やはり前例だの伝統だの信仰だの権威だのと、何の実利もないしがらみに雁字搦めになってしまった善など、何の役にも立たないのだ。
自由で何者にも縛られず、ただただ利を追い求めることができる悪徳の翼こそ、私をより高みに羽ばたかせてくれる。
「閣下から領内の街道整備事業を立案するよう申しつかっているのです。ダニエル、あなたの考えた方法を採用しましょう。これはあなたの素晴らしい功績の最初のひとつとなるでしょう」
「ありがとうございます、母上」
「キロ・メトル法の採用と労働時間制限の遵守、これをまとめたものに、あなたの名を冠して『ダニエル仕様』と名付けましょう。このダニエル仕様に準拠するものだけが、公爵領の公共事業を受注出来る……素晴らしいですわ」
まるで脊椎に熱い湯でも流し込まれたかと思うほど、全身が震える感覚を覚えた。
自分の名を冠した基準、規格が作られることが、これほどに誇らしいことだとは思わなかった。この名誉を思えば、キロ・メトル親方にもう少し高い要求をしても良いかもしれない。
やはり母上は父上と並ぶ最高の為政者であり指導者だ。
「エルザ」
「はい、奥様」
母上が私のすぐ後ろに控えるエルザに歩み寄ってきた。
そうだ、エルザにも賞賛と抱擁があってもおかしくない。私の日頃の活動をエルザ以上に支えているものなどいないのだから。
「よくダニエルをここまで支えてくれました。あなたにも褒美が必要ですね」
「ありがとうございます奥様。私にご褒美をということでしたら」
エルザが後ろから私に抱きついてきた。いつものように頭にやたら柔らかくて暖かい胸を押し付けてくる。
「これからも命が尽きるまで身も心もカラダも子宮も、坊ちゃまに捧げさせて頂きたいのです」
何か物騒なものが混ざっていた気がするが、エルザのような頼りになる従者は得難いものだ。
私から離れたいと泣いて懇願したところで、離してなどやるものか。望み通り、私が骨の髄までしゃぶり尽くしてやろう。
「良いでしょう。エルザ、今後はダニエルに『女』を教えることを許します」
エルザの腕にぎゅっと力が入る。まるで羽交締めにでもされているようだ。
「ありがとうございます奥様! 全身全霊で坊ちゃまにお仕えいたします!」
何のことかはよくはわからんが、これからもエルザは私のものだ。せいぜいこき使ってやる。




