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08 未来を切り拓く剣

 我が家の家宝の剣は、家族しか立ち入れない祭壇(さいだん)に安置している。

 一応は母上のお許しを得て、家宝の剣の長さを糸で測り、重さは天秤と砂袋を使って測った。これならば正確に長さと重さを伝えることが出来るだろう。

 部屋に戻るとキロ・メトルは湯気の消えた紅茶を目の前に無骨な手を握りしめて(うつむ)いていた。

 

「待たせたな、親方」

「お、御曹司……本当におやりになるので?」

「当たり前だ。まずは基準を作る。この糸の長さが、全ての長さの基準となる。そしてこの砂袋が重さの基準だ。この2つを使って基準原器を作るのだ」

「そ、そのような……そのようなだいそれた、神をも恐れぬ所業を……」

「神が何だ。もし神が実在してこの試みを許さないというなら、そもそも上手くいくまい。この試みが成功したら、それは神が認めたか、そもそも神などいないということの証拠ではないか」

「御曹司……」

「嫌とは言わせんぞ親方。ここまで来たら最後まで付き合ってもらう。……クククク……考えてもみろ親方、貴様が作った原器が世界の基準になるのだぞ? 功績はくれてやる。そうだな……貴様の姓を取って長さの単位を『メトル』に、重さの単位は我が家の宝剣の銘『グロム』としよう。それに、1単位が1000も集まったら数えるのが面倒だな。そうなったら貴様の名を取って1000単位を『キロ』とすれば良い」

「御言葉ですが坊ちゃま、それでは基準に坊ちゃまの名が残りません。『1ダニエル』といった基準にするべきでは」

 

 エルザが不満そうな顔をこちらに向けている。

 あぁ、やはりエルザは美人だ。少し怒ったような顔もキレイじゃないか。

 

「いや、良いんだ。労働時間の実験でも骨を折らせたんだ。せめてもの褒美は必要だろう。喜べキロ・メトル親方、貴様の名は長さと重さの単位として、歴史に刻まれることになるぞ。そうだな、この規格を『キロ・メトル法』と名付けよう。ちょうど4日後には父上がお戻りになる。急ぎ長さと重さの基準原器を作り、父上にお見せするのだ。最優先事項としてあたれ」

「は、はいっ」

 

 キロは大急ぎで館を後にして工房へ向かう。

 実に良いことだ。領内の愚民どもが私たち貴族のために勤勉に汗を流す。ならば名を残すくらいの褒美はくれてやっても痛くも痒くもない。

 

「大切なのは実利。基準を統一することが出来れば、事務方が換算をする必要すらなくなる。二度手間と計算ミスがなくなれば、その分生産に回す力を保てるだろう」

「さすが……さすが坊ちゃまです。そこまでお考えだったとは」

「ふふ、私を誰だと思っている。エルザの主にして未来のダンストン公爵、ダニエル・フォン・ダンストンだ。この程度のことが出来なければ、インダス王国筆頭貴族の家を取り仕切ることなどできないからな」

「あぁ……さすがは坊ちゃま、私の永遠の主……」

 

 先程から長身のエルザが私の後ろから抱きついて、身体に色々押し付けてくる。

 まぁ構わない。ちょうど少し冷え込んできたところだ。エルザの高い体温が心地良く感じられる。

 

 キロ・メトルが長さと重さの基準となる原器、名付けて『キロ・メトル原器』をもって公爵邸を訪れたのは、ちょうど父上がお戻りになった日の午後のことだった。

 

「私に見せたいものがある、とのことだが? ダニエル、その様子だと随分と自信がありそうだな」

「はい父上。公爵領都でも随一の腕を持つ職人、キロ・メトルと私が共同で考案したものです。親方、例のものを父上にお見せしろ」

「はい、御曹司。では公爵閣下、失礼致します」

 

 大柄なキロ・メトルが布に包まれた長い金属の棒を取り出した。正確な四角柱として整形されたその棒の面には溝が彫り込まれており、重さを微妙に調整してある。

 

「……これは何だ? ただの金属の棒ではないか」

「父上、これは基準原器です」

「ほう、基準原器……何だそれは?」

「このインダス王国でも隣国、母上の生国であるグレイスベルグ王国でも、長さの基準も重さの基準も、王の代によって変わります。グレイスベルグ王国においては毎年です。下手をすれば、10年前に作ったものと今年作ったもの、同じ設計で作っても全く違うものが出来てしまうのです」

「ふむ、確かにそうだな」

「美しくない」

「……なに?」

 

 父上が食いついた。よし、計算通りだ。

 

「実に美しくない。非効率極まります。このような無駄な換算や計算は実利を削るもの。このような『王の玉体を基準とする』ことを善とするなど、愚の骨頂としか言いようがありません!」

「ほう……それは、勇者の書にあったものか?」

「はい父上。これは勇者たちの『ギョーコーコー』なる組織のコー派、つまりコー・ギョーコーコーに属した勇者の言葉にもあったものです。統一された規格は、工業生産力とその品質に直結すると。代替わりする王を基準としないこと、これが過去の王家が恐れた『悪』だというならば、私はこの悪徳こそ取り入れたい! このキロ・メトル原器の長さを1メトル、重さを1キログロムとして、長さと重さの規格とするのです!」

「なるほどな……そしてダンストン家がこの規格を支配することは、世界の工業生産を、ひいては世界の経済を定義し、最終的には全てを支配することになる……」


 父上の戦略眼はやはり本物だ。

 ただ目先の利益だけではなく、我々ダンストン家が世界の工業、そして経済を牛耳るところまでを見据えておられる。

 栄光ある公爵家の男子たるもの、こうでなくてはならないのだ。私も励まなければ。

 

「さすがは父上! そこにお気付きになるとは!」

「フフフフ……素晴らしい、素晴らしいぞダニエル! やはりお前は自慢の息子だ! 良いぞ、その基準規格『キロ・メトル法』とやら! 我が公爵領で採用しようではないか!」

「ありがとうございます! クククク……がんじがらめの善と違い、悪は自由! 自由な発想こそが発展を産み、そして実利を産む! ハーッハッハッハ! やはり! やはり悪徳こそが我が覇道!」

「そうだ息子よ! その悪徳の禁書『勇者の書』、さらに理解を深めるのだ! 我が息子ダニエルに、そして我がダンストン家に栄光あれ!」

 

 父上の声に合わせ、キロ・メトル親方を含めた全員がグラスを掲げる。そして声高らかに唱和する。

 

「ダンストン家に栄光あれ!」

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